第7話 悪役聖女の策略

 

『本日より配属となりました、元聖女のローズ・スノウです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!』

『あぁ。話は聞いている。まぁせいぜい頑張れ。遺書は忘れないように』


 わたしの計画ではこんな感じの出会いになるはずでした。

 なんだかんだいってもギルティア様も軍人の一人です。


 どれだけ強くても上層部の命令には従わなければいけないはず。

 最初は拒絶されてもだんだん仲良くなり、ついには心を許し合う仲になる……。

 そんな想定をしていました。


 結果はどうでしょう。

 わたし、締め出されちゃいました。


 …………

 ………………。

 …………………………。


 えぇい、諦めませんよ! 推しと二人きりの甘い生活を!


「ギルティア様、開けてくださいませんか?」

「……」


 無視ですか。そうですか。


「仕方ありませんね。では一旦出直します」


 よっこいしょ。とわたしはその場に座り込みました。

 どの道、帰る場所がない身空です。

 ここで寝ていたら、任務に出たギル様と出くわすことでしょう。


「……おい、何をしている」


 一向にわたしが去る気配を感じなかったのでしょう。

 勘の鋭いギル様は扉をちょこっと開けてわたしを見下ろしました。

 わたしは振り返って言います。


「ギルティア様が入れてくれないので野宿をしようかと」

「馬鹿者! そんなところで寝ていたら風邪を引くだろうが!」

「だって他に泊まるところないですし」

「来客用の宿があるだろう」

「お金がありません」

「……そもそも、ここは軍の敷地内だぞ。荒っぽい奴が多いなかで貴様のような女が居たら……」


 わたしは口元に手を当て、目元を潤ませて悲壮感を漂わせます。


「ギルティア様が宿舎に入れてくれないので、仕方ありません。わたしは悲しくも女の身で軍の敷地内に放り出され、寒空の下、誰とも知れない男に攫われ、むさくるしい男たちの性欲のはけ口になるしかないのです……よよよ」


 ちら、ちら、とギルティア様を見上げます。

 はぁ~~~~! 尊い! ご尊顔が直視できない~~~!


「…………わかった。入るだけだぞ」

Siシー。ありがとう存じます!」


 やったぁ! ギルティア様の家に入れるぅ!

 荷物を持って家に入ると、暖かいリビングがわたしを迎えてくれました。

 迎えてくれた、のですけれど……。


「少し散らかっているが、気にするな」


 き、汚い……!

 少しってレベルじゃないですよ、これ!

 洗い場にはお皿が溜まっていますし鍋に汚れがこびりついてますし!


 戸棚なんて何ヶ月も拭いてなさそうな埃の溜まり具合です。

 部屋の隅には蜘蛛の巣が張っていました。いや、さすがにこれは……


「汚いですね……」

「……少し・・散らかっているだけだ」

「少しじゃないですよね」

「……」


 言いたいことは我慢せずに言ってしまうわたしです。

 推し相手といえど、嘘をつくことは『二度目』のわたしが許しません。


「それより用件を話せ」


 心なしか不機嫌になった推しが言います。

 わたしは埃まみれの椅子にハンカチを敷いて座りました。

 ちなみに推しは座ろうとせず、扉に背を預けています。


「先ほど話した通りです。ギルティア様の小隊に入隊を」

「断る。俺に仲間は必要ない。足手まといだ」

「軍の異動命令を無視するんですか?」

「元帥には了承を得た。上層部が現場の意志を無視して君を寄こしただけだ」

「では、元帥は上層部の部下なので命令には従わないとですね」


 むすぅう。と不機嫌極まりない顔です。

 絶対零度もかくやという冷え切った温度で推しが言います。


「俺は聖女が嫌いだ。それも、噂の悪女となれば尚のこと」

「……」


 なるほど。既にこんなところにも噂は回っているのですね。

 出来るだけ早くここに来たつもりですが……いえ、今はいいでしょう。

 重要なのは、この推しは意外なほど頑固だということです。


 わたしがここでどれだけ駄々をこねても推しは入隊を許可しないでしょう。

 実際、その我儘を許すだけの強さがギルティア様にはあります。


「こちらの言い分は以上だ。話は通しておくから、教会にお帰り願おうか」


 ギルティア様は扉をあけて帰るよう促しました。

 エスコートする紳士のごとき尊さですが、わたしを見る目は冷たいです。


「ふぅ……」


 まぁ、仕方ありませんね。

『一度目』の時だって、単にわたしがギル様に命を助けられただけですし。

 あの時のことを知らないギルティア様がわたしを疎まれるのも無理はありません。


 ……なんて、『一度目』のわたしならそうやって諦めていたんでしょう。


 ですがもう違います。

 わたしはもう、我慢しないって決めたんです。


 このままここで帰れば、この人は二年後に死にます。

 太陽教会の卑劣な罠にかかり、味方に裏切られて凄惨な最期を迎えます。

 この気高き英雄がそんな風に死ぬなんて、わたしは許せません。


 ……絶対に、あなたを救ってみせます。


 計画変更。軌道修正。未来予測。修正、修正、修正。

 頭のなかでいくつものパーツを組み合わせたわたしは深く息を吐きました。

 かなり頑張って考えましたけれど、残念ながら推しとの甘い生活は諦めざるを得ません。


 まぁ、いいでしょう。元より過ぎた望みです。

 推しとは適切な距離を取るべきと、恩人に教えられましたからね。


 その代わりこのローズ・スノウ、本気を出します。

『悪女』の名にふさわしき振る舞いを見せてあげましょうとも。


「どうした、帰らないなら転移魔術で強制的に……」

「──ギルティア様。わたしと勝負をしませんか?」



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