第8話 煽り聖女、降臨

 


「なに?」


 わたしは推しの言葉を遮って言いました。

 見るだけで凍えそうなほど冷たい目を真っ向から見つめます。


「ギルティア様は先ほど、足手まといは要らないと言いましたね?」

「…………あぁ、そうだ」


 魔術という点でこの人に比肩する仲間は世界を探しても居ませんからね。

 それ以外の分野なら有望株がいるのですが、そこは後々連れてくるとして。


「なら、あなたに匹敵する実力があれば入隊を許可していただけますか?」

「貴様が俺に勝つというのか」


 推しの言葉が一段低くなりました。

 千年に一人の天才という言葉がわたしの頭をよぎります。

 それに対して、わたしはどこにでもいる、年をとっただけの聖女です。


「はい。勝ちます」


 ですが、諦める理由にはなりません。


「予言してあげましょう」


 悪女のように、にっこりと笑顔を浮かべて見せます。


「ギルティア様はわたしに指一本触れることが出来ません」

「ほぉ……」


 ふふ。食いつきましたね。


「俺が貴様の戯言を信じる愚か者だと思っているのか?」


 口ではそう言っていますが、前のめりになっていますよ、ギルティア様。

 額に青筋が浮かんでいますし、怒っているのは丸わかりです。


 わたしはクス……と笑って、口元に手を当てました。


「あら。もしかして怖いんですか?」

「……」

「そうですよね。どことも知れない聖女に負けるのは怖いですよね。ま、天才だなんだと言われていても所詮ギルティア様は一人の男。負けるのが怖くて逃げだすこともあるでしょう。仕方ありません。なら、こちらから願い下げというものです」


 わたしは立ち上がり、推しの横を通り過ぎました。


「ごきげんよう。せいぜい猿山の頂点でふんぞり返ってくださいませ。英雄・・様」


 ばたん、と扉が閉まります。



 …………。



 ………………。



 ………………………あれ? 食いつきませんね?



 わたしの予想ではすぐに食いつくと思ったのですが。

 まずいです。計算違いです。さすがにこの場を去るわけにはいきません。

 ふぅむ。これでだめなら別の角度から──











「待て」















 来た、来ました!

 なんだもー! 来てくれないかと思って心配したじゃないですか!

 わたしは玄関口でこちらを睨んでいるギル様に振り返ります。


「あら。意気地なしさん。まだ何か?」

「…………いいだろう」

「はい?」

「貴様との勝負、受け入れると言ったんだ」

「あら、そうですか?」


 ふぁぁぁあ~~~……安心したら力が抜けそうです。

 でもまだですよローズ。まだ、油断してはいけません。

 最後まで気を張って、悪女のごとく振舞わねば。


「なら、条件を決めましょうか」

「俺が勝ったら二度と軍に近付かないでもらおう。辺境で隠居して暮らすんだ」

「いいですよ。では、わたしが勝ったら小隊入りを認めてくれますね?」

「あぁ。そんなことは天地がひっくり返ってもありえないがな」


 ギル様は口元を歪めて笑います。

 ……まぁ、この方からしたらそうでしょうね。


 というかぶっちゃけ、わたしにも勝てるか分からないです。

 いちおう秘策はありますが、この人、本当に天才ですから。


「では早速訓練場に向かいましょうか」

「いや、あそこは人目が多すぎる。悪いが勝負の場は俺が指定させてもらう」

「それは構いませんが、一体どこに──」


 パチン、と推しが指を鳴らしました。

 次の瞬間、目の前の景色が歪み、ふわりと浮遊感を覚えます。

 気付けば、わたしは見知らぬ大草原に着地してしました。


「転移魔術……!」

「知っていたか」

「知っています。知っていますが……」


 通常、転移魔術は精緻な魔術陣を描いた上で転移先とパスを作り、じっくりとゲートを作ってから転移するものです。ベテランの魔術師でも発動に半刻はかかりますし、普通の魔術師なら転移するだけで魔力を使い果たして倒れます。


 それをこの推しは、無詠唱、かつ、指を鳴らすだけで再現した。

 しかも汗一つかいていない涼しい顔です。

 今、目の前で行われたことがどれだけ伝説的な所業か、分からないわたしではありません。


「すごい……」


 これが千年に一人の天才。第三魔王を討ち取った稀代の英雄。

 国家級戦力にしてたった一人で軍隊にも匹敵すると言われる冷血なる豪傑!

 きゃ~~~~~~~~~~~~~~~! わたしの推しかっこよすぎでは!?


「力の差が理解できたか?」


 戦慄するわたしにギルティア様が挑発するように言いました。


「あれだけ煽ってくれたんだ。女だからといって容赦すると思うなよ」

「──えぇ、むしろそうではなくては困りますね」


 わたしは笑います。


「『本気を出していなかった』と言い訳されても困りますから」

「……言ってくれるな」


 こんなに推しを怒らせてしまうなんて、斬鬼の念に堪えません。

 何より罪深いのは、怒った顔もかっこいいな、なんて思ってしまう推しの尊さ!

 負けず嫌いなところも好き~~~~~! 無限に推せる~~~~!


「では始めましょう。わたしとあなたの勝負を。小隊入りをかけた運命の戦いを!」


 はっちゃけて変なことを言っていないか心配です。

 あとで枕に顔を埋めることがないようにしたいですが……

 ここは推しと二人きりの大草原! 

 それだけでわたしの気分は絶好調。負ける気がしません!


「『水神の息吹ゲートオブ・リヴァイアサン』」


 ……………………と思っていた時期がわたしにもありました。


 え、なんですかこれ。

 直径五十メルト以上の水玉が宙に浮いてるんですけど!?


「一撃で終わらせてやる」


 にやり。と推しが笑い──


 凄まじい津波が、わたしを呑み込んでいきました。


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