第5話 舞台裏で笑う悪役聖女
「──なんてことを、今頃考えているんでしょうね」
執務室を出たわたしは自室でほくそ笑みました。
愚妹の考えていることなんて手に取るように分かります。
『神聖術がなくても経験があるだろう。『長老』としての威厳を見せてみろ』
『そうそう。お姉さまったらすっごく頼りになるんだから! 自信持たないと!』
笑いをこらえるのに必死で震えが止まりませんでした。
ちゃんと怖がっているように見えていたでしょうか?
『お願いします。わたし、ここでなんでもしますから……!』
わたしは全身全霊で演技をしてしました。
哀れな子羊のように、理不尽に虐げられる姉を演じていました。
『聞けば貴様は、ここにいる大聖女にすべての仕事を押し付け、自室で悠々自適に読書をしているそうではないか。神聖術も使えなくなった役立たずを処分せず生かしているのはなぜだと思う? 雑務をやらせるためだ。仕事を放棄する聖女など、我が教会には要らん!』
枢機卿猊下にも困ったものですね。
教皇様が聞いたら卒倒しそうな言葉ですね。
まぁわたしからしたら好都合なんですけど。
自分からボロを出してくれるんですから。
「ふふ。わたしがただで罵倒されていると思っているんでしょうか?」
わたしは手の中にある水晶玉を転がしながら呟きました。
『一度目』と違い、もう嫌なことをされて我慢している『いい子ちゃん』ではありません。
なので、
懐に入れられるくらいの大きさですし、失くしたらもったいないので。
「枢機卿猊下。あなたもわたしを殺してくれましたよね」
考えてみれば哀れな人です。
大聖堂の事務仕事の九割はわたしが決裁しているとは知らずに……。
ユースティアの甘言に騙されているんですね。お尻でも触らせてもらったのでしょう。
『わたしが妹に仕事を押し付けるだなんて、嘘です。わたしは一生懸命』
『えぇい黙れ! 役立たずが言う言葉はいつも同じだ! 自分は悪くない。あいつのせいで、あいつがやってるのにと、言い訳ばかり! もううんざりだ! 貴様の言葉など聞く価値もない!』
ふふ。役立たず、ねぇ。
残念ながら、わたしは自分の能力を自覚できないポンコツではありません。
現在、神殿の事務仕事の九割はわたしが回している状況です。
本来は大聖女であるユースティアの仕事ですからね。
わたしが居なくなったら仕事のしわ寄せは全部彼女にいきます。
でも仕方ありませんよね?
わたしを追い出したのは彼女自身の意志なんですから。
もちろん、それだけで終わらせる気なんてさらさらありませんけどね。
今は笑ってる枢機卿も、そのうち真実を知るでしょう。
その時になって戻って来いと言われても、もう遅いですから。
『わ、分かり、ました……最前線に、行きます』
『うふふ。最初からそう言えばいいのよ』
いちおう弁解はしましたからね?
聞かなかったのはあなたですよ、枢機卿猊下。
そしてユースティア。
あなたはわたしを追い落としたつもりなのでしょうけど。
さっきのやり取り、一から十までわたしの思い通りですよ。
そう、わたしは最初から最前線に行きたかった。
そして、配属先も──
『あそこなんていいじゃないかしら! ほら、『死神』様の部隊!』
あぁ、本当に笑いを堪えるのが大変でした!
こんなにも思い通りに行くなんて、神様も粋なことをしてくれますね。
みっともなく縋りつけば、ユースティアは絶対に食いついてくると思いました。
『お姉さまは、死神様の部隊に配属、はい、決定!』
──『死神』ギルティア・ハークレイ様。
ユースティアが悪しざまに罵ったお方こそ、わたしの推し。
一度目の人生でわたしを救ってくれた恩人なのです。
わたしは『二度目』になってからずっと考えていました。
わたしがこの人生でやりたいことは何なのか。
嫌なことはしない。言いたいことは言う。
やりたいことを、好きなようにやる。
そして──推しを救う。
つまり、推し活です。
色々と悪評が囁かれていますが……。
本当のギルティア様は誰よりも強く、誰よりも優しい。
あの人は孤独に苦しんでいるただの男の子なのです。
悪口を言われても気にせず、むしろ悪役になって人々を守っている。
わたしはそんなあの人が大好きで、愛おしくて、ずっと応援してあげたい。
あの人を推すためなら、どんな苦労も厭いません。
『一度目』の時、あの人は教会に裏切られて死んでしまいました。
もうあんな絶望は嫌です。あの人だけはなんとしても救ってみせます。
そのためにはどんな手段だって使います。
悪女と呼ばれようがなんだろうが、むしろ上等ってなもんですよ。
さようなら、太陽教会。
破滅の時が近いとは知らず、せいぜい呑気に吼えてるがいいですよ。
「許可も貰ったことですし、早速行きましょうか」
ふふ。楽しいセカンドライフの始まりです!
《あとがき》
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