第4話 残酷なる異動命令 ※ユースティア視点
「聖女ローズ・スノウ。貴様を最前線に配置換えとする」
執務室に呼び出したお姉さまに枢機卿猊下はそうおっしゃった。
私はその横に立っていて、呆気にとられるお姉さまを見ていた。
あぁ、だめ。抑えないといけないのに、ニヤニヤが止まらない。
「最前線、ですか?」
「そうだ」
「でも、わたしはもう神聖術が……」
お姉さまの表情が絶望に染まっていく。
「神聖術がなくても経験があるだろう。『長老』としての威厳を見せてみろ」
「そうそう。お姉さまったらすっごく頼りになるんだから! 自信持たないと!」
ふふ。あぁ、みっともなく震えちゃって馬鹿みたい!
ドレスの裾をきゅっと掴んで震えるなんて、可愛いとでも思ってるのかしら?
お姉さまは上目遣いで目の縁に涙をためて、枢機卿猊下に懇願した。
「お願いします。わたし、ここでなんでもしますから……」
「ならん。これは命令だ」
「そんなっ、おかしいです。どうして急に!?」
「貴様が役立たずだからだ」
枢機卿猊下はきっぱりおっしゃった。
「聞けば貴様は、ここにいる大聖女にすべての仕事を押し付け、自室で悠々自適に読書をしているそうではないか。神聖術も使えなくなった役立たずを処分せず生かしているのはなぜだと思う? 雑務をやらせるためだ。仕事を放棄する聖女など、我が教会には要らん!」
枢機卿猊下は真実を知らない。
普段は舞踏会や政治の場にこもりっきりで大聖堂に足を運ばないからね。
大聖女である私がちょっとしだれかかって、耳元で囁けば、ほらこの通り。
ほんと男って扱いやすいから大好きだわ。
本当は私がお姉さまに仕事を押し付けてるだけなんだけどね。
「わたしが妹に仕事を押し付けるだなんて、嘘です。わたしは一生懸命」
「えぇい黙れ! 役立たずが言う言葉はいつも同じだ! 自分は悪くない。あいつのせいで、あいつがやってるのにと、言い訳ばかり! もううんざりだ! 貴様の言葉など聞く価値もない!」
本当のことを言ってるのに信じてくれる人がいないお姉さま、可哀そう♪
仕方ないわよね。この私に盾突いちゃったんだもんね。
実際、ドレスの件は本当にしてやられた。
母親の形見だというドレスを汚して嫌がらせしようと思ったのに、まさか形見に細工をして破れるようにしていただなんて思わなかった。
あの気弱で根暗なお姉さまが私に逆らうなんてね。
おかげで私は赤っ恥をかいたのだ。
狙っていた王太子殿下に哀れな目で見られるし、周囲からくすくす笑われる始末。大聖女として社交界に幅を利かせるための大事な舞踏会だったのに……!
「お姉さま、嘘だというなら神官の皆さんに聞いてみてはどうかしら?」
「……ユースティア」
「きっとみんな言うわよ。お姉さまが仕事もせずに遊んでる悪女だって!」
既にわたしはお姉さまが『悪女』だという噂を舞踏会で流している。
ドレスのことだって全部お姉さまのせいにして傷を最小限におさえた。
ざまぁみろ。私に逆らったことを後悔させてやる。
「それとも、枢機卿猊下に逆らうの?」
「……っ」
ふふ、そうよね。逆らえないわよね?
あんたの性格なんて分かってるんだから。
お姉さまは怯えたように、諦めたように、震える声で言う。
「わ、分かり、ました……最前線に、行きます」
「うふふ。最初からそう言えばいいのよ」
あぁ、スッキリ! 最高! 私の勝ちよ!
でもまだ。まだ終わらせてなんてあげないんだから。
「ねぇ猊下? お姉さまの配属先はどこになるんですか?」
「あぁ。それは──」
「あそこなんていいじゃないかしら! ほら、『死神』様の部隊!」
さらなる絶望に叩き落としてあげるわ、お姉さま。
「最前線でも一番きつい場所を受け持ってるあの方の小隊ならお姉さまの力を遺憾なく発揮できると思いますわ」
「……確かにな」
「ま、待って、それだけは、それだけはやめてください!!」
お姉さまがみっともなく私に縋りついてくる。
無様に膝をつき、服を引っ張って懇願してくる。
最っっっっっ高の気分だわ!
この口うるさくて経験だけ積んでるクソババアがこんな姿を見せてくれるなんて!
「お、お願い。ユースティア。ね? それだけは、おねがい、だから」
「ふふ。だーめ♪」
とびっきりの笑顔で私は言った。
「お姉さまは、死神様の部隊に配属、はい、決定!」
「あ、あぁぁ……!」
お姉さまは私から手を離し、絶望したように床に手をついた。
まぁ、この人が絶望するのも無理はない。
私が選んだ配属先はそれほどに過酷だ。
──『死神』ギルティア・ハークレイ様。
稀代の魔術師にして冷血なる豪傑、千年に一度の大天才。
八大魔王の一角『暴食』の第三魔王すら討ち取り、世界にその名を轟かせた男。
ひとたび任務に赴けば、出逢ったすべての魔族を皆殺しにするという。
でも、彼が『死神』と呼ばれている理由はそれだけじゃない。
なんと、新入りの死亡率100%!
彼の小隊に入った人は例外なく死んでいるのよ!
しかも、天才だけあって変態性も人並み以上と聞く。
女をとっかえひっかえする好色家で、今まで婚約した女は十人を超えるらしいわ。
きっと天才の子種を貰おうと貴族たちが躍起になったのね。
魔術師の力は家系に依存するって聞くから。
「頑張ってね、お姉さま♪」
昔から鬱陶しかったのよ。
生まれながらにして大聖女としてちやほやされてきたわたしに、先代だかなんだか知らないけど、口うるさく口出ししてきて。お姉さまが私の地位を狙っていることは知ってるんだから。
早く大聖女に返り咲きたいんでしょうけど、おあいにく様。
あなたの戻る場所なんて、完膚なきまでに潰してあげるわ。
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