第2話:転生
西暦2100年。機械だらけになって電子機器が支配するネオン街。
アタシは死にかけていた。アイリスと名乗る女から追いかけ回され銃で撃たれてしまい瀕死の状態。
走馬燈でどこかの違う場所でアタシとアイリスがいた。その時はナイフでアイリスがアタシを刺したらしい。
今度は銃で撃たれて死ぬみたい。右肩と左膝を撃たれて動かなくなってるし起き上がることが困難だ。青い石が付いたブレスレットが光る。多分後少しでアタシは死ぬだろう。
「カリン、今度は逃さないよ。私に抱かれて死ぬんだよ」
ならもっと加減して欲しかった。せめて生きたかった。
「じゃあ死んで逃げるわ」
最後の力を振り絞って、左手に持っていた銃で自分の頭を撃ち抜いた。
◆◆◆
アタシはハッとなって起きる。暗がりの中、アタシは夜の静けさに恐怖する。さっきのはなんだったのだろう。アタシと同じ名前の女の人が別の女の人に襲われる夢。知らない場所で知らない人に襲われるなんて怖いとしか言えない。
しかし、そんなことはこの荒廃した世界からすれば小さいことなのかもしれない。廃墟となった高層ビル群や壊れた自動車。瓦礫の下敷きになっている人達がいる。アタシ達、生存者達はなんとか生きているのだ。
そして、今いる場所は地下にあるシェルターである。
ここは日本という国があった場所。今はもうない。
西暦2050年頃、地球環境の悪化により人類は滅亡の危機を迎えた。原因は二酸化炭素の増加によるオゾン層の破壊。それにより、地上では太陽からの紫外線を浴びるようになり皮膚ガンになる人や病気にかかる人も出てきた。
そして、人々は地下に都市を作った。それが今のアタシ達の住む場所である。
そして、このシェルターには様々な事情がある人が集まっていた。家族を失った者、恋人を亡くした者、子供だけ生き残った親など様々だ。アタシは両親共に健在だけど、アタシが10歳の時に両親は事故で亡くなってしまった。それ以来ずっと一人で生きてきた。だから友達と呼べる存在はいない。
そして今日もいつも通り、朝ご飯を食べてから仕事場へ向かう。アタシの仕事はこの地下街にある病院で働く看護師だ。毎日怪我をした患者さんのお世話をしている。
「おはようございます」
そう言ってアタシは病室に入る。そこには大柄の男性がいた。名前は佐藤隆司。見た目は30代後半くらいだろうか。彼は両足を失っており車椅子に乗っている。彼は元々自衛隊に所属していたらしく戦闘技術は高いそうだ。でも、今は足を無くしてしまい車椅子生活を送っている。
「おう、カリンちゃん。おはよう」
「今日も元気ですね」
「そりゃそうさ! 俺の足は無くなったけど心は若いままなんだぜ!」
「ふふっ、何ですかそれ?」
アタシは彼の冗談に笑ってしまう。
「おっ、カリンちゃん笑ってくれたね。嬉しいねぇ。」
「ちょっとからかわないでくださいよ」
「ごめんごめん。ところで今日の夜空いてるかい?」
「特に予定はないですけど……」
「じゃあ今夜一緒に飯食いに行かないか?奢るぞ」
「本当ですか!? 行きます!!」
アタシは思わずガッツポーズをする。今までこんな事なかったからとても嬉しかった。
「よっしゃ! じゃあ7時に待ち合わせな」
「はい!」
その日の夜、アタシは約束の時間より早く着いていた。すると後ろから声をかけられた。
「おーい、カリンちゃーん」
「あっ、隆司さん。こんばんわ」
「おう、待たせたかな?」
「いえ、私もついさっき来たところですよ」
「そっか。じゃあ行こうか」
「はい」
アタシ達は夜の街を歩く。ネオンは消え、明かりは月と星のみ。しかし、アタシ達にとってはこれこそが当たり前なのだ。
「どこに行くんですか?」
「うーん、考えてなかったんだよね」
「えぇ……どうするんですかぁ……」
「まあまあ落ち着いてくれや。ほら、あそこのカフェに入ろう」
彼が指差す先には小さな喫茶店があった。
店内に入るとジャズが流れており落ち着いた雰囲気だった。
「マスター、コーヒー二つとサンドイッチ一つ頼むわ」
「かしこまりました」
アタシ達はカウンター席に座る。
「それでこれから何をするのでしょうか?」
「カリンちゃんにこれを渡そうと思ってさ」
隆司さんがポケットから青い石を取り出す。アタシはそれに見覚えがある。
「これは、あの時夢で見た物と同じ……」
「ああ、これは君が持っていた方がいいと思ったんだよ」
「どうしてアタシに?」
「それは俺にも分からない。ただ直感的に思っただけだ」
「分かりました。ありがとうございます」
アタシはブレスレットに石を嵌める。
「これでいいのかしら」
「多分大丈夫だと思うよ」
それから少しの間沈黙が続く。
「俺はな、カリンちゃんの事が好きなんだ」
「……えっ!?」
いきなりの告白にアタシの顔は真っ赤になる。
「だから付き合ってくれ」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてアタシは隆司さんの彼女になった。アタシにとって初めての彼氏だ。
アタシは幸せな日々を送っていた。隆司さんと一緒に過ごして楽しい毎日だった。でもそんな日常は長く続かなかった。
ある日、アタシ達が住んでいる地下街に大きな地震が起こったのだ。
アタシ達はすぐに避難したが、揺れが強く立ってられないほどだった。そして次の瞬間、地面が大きく割れた。地下にある都市の一部が崩落したのだ。そして、そこから出てきたものは巨大な怪物だった。その姿は一言で言うならキメラだ。ライオンのような頭と山羊の胴体と毒蛇の尻尾を持っている。
そして、その怪物は街を破壊し始めた。逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、必死に抵抗する自衛隊の人々。
「カリンちゃん、危ない!!」
瓦礫の下敷きになっていた人を助けようとしたその時、アタシは突き飛ばされてしまった。
「痛っ……隆司さん?」
振り返るとそこには血塗れで倒れている彼の姿があった。
「良かった、無事で。早く逃げるんだ」
「嫌です! 一緒に逃げましょう!」
「もう無理だ……。足がない俺にはもう生きる意味なんて無い。だから俺を置いて君は行くんだ。そして俺の分まで生きて幸せになってくれ」
「ダメ! 諦めちゃだめ!」
アタシは彼を抱きしめる。
「カリンちゃん、愛してる」
「アタシも! アタシも大好き!」
「ありがとな。じゃあまたいつか会おう」
そう言って彼は息を引き取った。
「隆司さん? ねえ、起きてください。目を覚ましてください」
いくら呼びかけても彼は返事をしてくれない。
「どうして? どうしてアタシなんかの為に死んだんですか? 教えてくれないと分かりませんよぉ……」
アタシはふと隆司さんに着いていた赤い血を見つめた。その鮮血に何かが引っかかる。そう思っていると誰かの声がした。
「やっと見つけた、カリンさん」
アタシはその声の主を見る。その声は聞き覚えのある声だった。
「貴女は……」
「私はアイリスと言います。あなたを探していたんですよ」
「どうしてアタシを?」
「それはですね、私があなたを殺したいからですよ」
アタシは彼女の言葉を聞いて戦慄する。彼女は今何て言った? 殺したいと確かに言ったはずだ。
「どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。私、実はずっとあなたの事が好きだったんです。でも、あなたが世界を超えて逃げるから追いかけてきたんです」
「……えっ?」
「まぁそういう訳なので死んでくれませんかね?」
そう言うとアイリスはナイフを取り出し、アタシに向かって投げてくる。
「嫌っ……!!」
咄嵯に避けたが肩に掠ってしまった。
「ぐぅ……」
「あら、避けられてしまいましたね。まあいいでしょう。次こそは確実に殺せるはずです」
そう言いながら彼女は次々とアタシを殺そうとしてくる。アタシはそれをなんとか避ける。しかし、少しずつ傷が増えていく。
このままだとやられる……。
アタシは隙を見て逃げ出す。
「逃げても無駄ですわ。私の赤い石があなたの青い石に反応します。そしては運命共同体なんですよ! 逃げられるものなら逃げてみなさい!」
アタシが逃げた先には大きな壁があり行き止まりになっていた。
「さようなら」
彼女がそう呟くとアタシの目の前に突然大きな鎌が現れた。まるで死神が持つ大鎌のように。
「ひっ……!!」
「これで終わりです」
アタシの首目掛けて鎌を振り下ろす。
「嫌だ! 死にたくない!」
アタシは死への恐怖で思わず目を瞑ってしまう。
…………。
いつまで経っても首が落ちることはなかった。不思議に思いゆっくりと瞼を開く。アイリスは鎌をアタシの首を寸前で止めていたようだ。
「なっ、なんで……?」
「せっかくなのでもう少しだけお話ししますね」
アイリスは鎌を外す。
「まずは自己紹介をしましょう。私の本当の名前は大橋愛莉。青い石を持っているカリンさんを愛したかった哀れな女の子です」
「アタシは……」
「知っていますよ。カリンさん。本当の名前は足立凛花さん。青い石を持つ少女」
「いやそんな名前じゃ」
アタシはそんなこと知らない。……知らないはずなのに違和感を感じられなかった。まるで最初からその名前があったような……。
「この世界のあなたは24回目に転生した足立凛花。いえ、それぞれ別の世界に24回も転生した後の存在なんです」
「えっ?」
アタシは頭が混乱していた。だって、今までの人生の記憶はあるし、家族も友達もいる。それならアタシは一体誰なんだ……?
「あなたは私、アイリスによって殺された。そして魂を理の外へと逃された。その後、別世界で新たな肉体を得て産まれたのが今のカリンさん。つまりあなたというわけです」
「ちょっと待って。理解できない……」
「大丈夫ですよ。すぐに慣れます。そして、ここからが本題です。私も同様に24回も転生しました、それもあなたを追うように。それはなぜでしょう?」
アイリスはアタシの手を取る。
アタシは彼女の手を払う。
そして、距離をとる。
彼女はアタシを追いかけるようにここまで来たと言っていた。つまり何か原因があるはず。
「それはあなたの青い石と私の赤い石が引き寄せあっているからよ!」
アイリスがアタシの両肩を掴む。痛い。怖い。アタシはその手を払い除けようとするが力が強すぎて振りほどけない。
「やめて……」
アイリスはもう片方の手でアタシの顔を掴み、無理矢理目を合わせてくる。
「私達はそれぞれの石によって導かれる運命にあるのよ! だから、こうして惹かれ合うの!」
アイリスはアタシの目を見ながら話し続ける。
「ねぇ、カリンさん。あなたはどうしたい?」
「アタシは……」
「あなたは本当は気づいているんでしょう?あなたは足立凛花の転生体の一つなんだって」
「それは……わからない」
「いいえ、あなたは知っているわ。私はあなたが欲しくて仕方がない。あなたが欲しいの。私と一緒に来てくれる?」
「嫌だ! アタシはここで生きるんだ!」
「そうですか……残念です。でも、私達は必ず出会える。必ずね」
彼女はいつのまにか鎌でアタシの胸を貫いていた。
「えっ……? なん……で……?」
視界が暗くなっていく。何も見えない。ただ意識だけが消えていく感覚だけが残る。
「この世界のカリンさんにさようなら。そして別の世界でまた会いましょう。いえ、あなたが逃げられなくなる時まで私は会いに行きますね」
最後に聞こえたのはそんな言葉だった。
◆◆◆
目が覚めるとそこは薄暗い部屋だった。いや、そこは牢屋である。アタシはアルバニスタ王国の騎士団長を務めていたはずなのに、アイリス姫に謀反の疑いをかけられて投獄されてしまった。
確か投獄される前にした会話はこんな感じだった。
『アイリス姫、今日もお元気ですね』
『カリン騎士団長も元気そうじゃない』
『姫、先日嬉しいことがありましてですね』
『へぇ何かしら?』
『実は商人からこの青い宝石を貰ったのですよ。今度見せますのでどうでしょうか』
『それはいいね』
その後、アタシは牢屋に閉じ込められてしまった。
どうしてこうなった?
アタシはアイリス姫に疑われるようなことをしたのか? そもそもそんなものはない。ただ話してただけなのになぜ牢屋に閉じ込められなくてはならないのか。
原因を考えていると誰かが来た。アイリス姫だ。見張りの者をわざわざ帰らせて、自分から来るとはどういうわけなの?
「あら、自殺はしなかったんですね」
どうやら自決用にナイフを置かれていたようだ。アタシは見た時から嫌な予感はしてたが。
「アイリス姫、それよりもこれはどういうことでしょうか」
鎖に繋がれた体で主張してみる。冷たい金属音が部屋に響く。アイリスは少し考え込んだ後、アタシの方に歩いてきた。
彼女はアタシの前に立つとしゃがみ込み、アタシに目線を合わせる。
アタシは彼女の瞳を見つめ返す。
すると姫はアタシにキスをした。
アタシは驚き、抵抗しようとするが手足が動かない。まるで金縛りにあったように動けないのだ。
しばらくした後アイリス姫の唇が離れると、今度は舌を入れてきた。アタシの口の中を蹂躙していく。
ようやく解放されると、アタシは咳き込む。
「何をするんですか!? おふざけも大概にしてくだ……」
言い切る前に口を手で塞がれる。
「分からないですか? 私があなたに恋愛感情を持っているんですよ」
「むぐぐ……」
「それにこれに見覚えがありませんか?」
姫が見せてきたのは赤い宝石だった。アタシの青い宝石とよく似ていた。アタシの青い宝石と。初めて見るはずなのに何故か何十回も見てきた感覚に陥る。散々見飽きてきたようなそれは鮮やかに輝いている。姫がやっと手を離してくれたのでようやく喋れる。
「アタシの青い宝石と同じ形……。なんで……」
アタシは思わず青い宝石を取り出した。赤い宝石とは対照的に弱々しく光出す。何故だろう。行き詰まった感じがする。もう逃げられないと頭がよぎる。謀反で殺されるとかそういう話ではない。もっと大きなことだ。
「面倒なんで全部お話ししますね。あなたは足立凛花。今のあなたは49人目の転生体よ。私は大橋愛莉。あなたと同じように49人目の転生体。つまり私はあなたを世界毎に追いかけてきたの。……ええ、聞かなくてもいいわ。青い石の力は次で最後なの」
最後というのは文字通りの意味だ。アタシはアイリスから逃げてきたのだ、世界を飛び越えて。それでもアイリスは追ってきた。その度に死んで世界を変えて逃げた。それでもアイリスは追ってきたしそれももう最後。
次でアタシは逃げられなくなる。多分死ねないと思う。そんな予感がした。それでも逃げたかった。彼女が怖かった。彼女の愛が受け入れられない。だから……。
喉元をナイフで掻き切って逃げた。事実から逃避するように。
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