アイリス〜世界を超えても追いかけてくる彼女〜

天宮ユウキ

第1話:始まり

 アタシ、カリン!本名は『足立凛花』です。今日はオフ会の日です。SNSで知り合ったお友達と会います。危ない人が多いって言われますが、もしそうなら適当な理由をつけて逃げたらいいですよね。

 約束の場所に着いて少し待ちます。相手はアタシと同じ女の子なので安心できるはず。でもボイチェンとかで誤魔化してる可能性はあるかもしれません。


「あのぉ、もしかして『カリン』さんですか?」


 可愛らしい声で話してくる少女はもしかして。


「はい。あの、『アイリス』さんですか?」


 アイリスとは彼女のアカウント名であり、本名は『大橋愛莉』らしい。


「そうです。ああ、思ってた通りやっぱりかわいい子だ。えへへ」


 あなたもかわいいよ。オフ会が楽しみだよ。


「ところで今日はどうしますか?何か予定とかありますか」

「日並神社なんてどうですか?」


 ああ、日並神社ね。確か縁結びで有名な神社だ。彼氏でもつくりたいのだろうか。

 神社に行くと人はあまりいなかったが巫女や神主らしき人はちらほら見かけた。お参りしてお守りが売られてる場所に行く。安全祈願やら病気、合格、金運、恋愛なんかがある見た感じもどこの神社でもありそうなものばかり。アイリスは私と離れてお守りを見ていた。私も見ていると巫女装束を着た女の人に声をかけられた。


「あなたから嫌な気配がするね。それも悪い力が迫ってくる感じ」

「はぁ」

「だからこれ、あげる」


 そう言って女の人が渡したのは青い石だった。


「これは何なんですか?」

「それはあなたを災いから守ってくれる物。持っていれば大丈夫だと思うよ」

「ありがとうございます」


 私は石をポケットに入れてその場を去った。アイリスに話しかけると彼女はまだ悩んでいた。何を悩んでいるのか聞くと彼女はこう言った。


「実は私、恋愛祈願のお守りを持っているから悩んでいるんですけど、ここのお店のお守りもいいなぁと思うんです」

「そうですか?」


 アタシには普通の神社によくあるお守りだと思う。特に普通のお守りであまり特徴もない。悩む必要ないと思うけど。

 それからアイリスは少し悩んで成功祈願のお守りを選んだ。会計にさっきの女の人の所に行く。アイリスが来ると彼女は顔をしかめだした。アイリスは何も気にすることなくお金を払っていたが、彼女の様子がずっとおかしかった。アイリスが気に入らないのだろうか。会計を済ましてアイリスと少し歩いてからアタシは思いついたように口を開く。


「ごめん、やっぱり買いたいものがあったから戻るね」

「うっうん、分かった。待ってるよ」


 アタシは急いで女の人の所に戻る。戻ると女の人はアタシを見て拍子抜けた様な顔になる。アタシは少し息を切らして彼女に問いかける。


「あの、どうしてさっき不機嫌そうな顔をしていたのですか?」

「ああ、それね」


 女の人は全てを悟ったような表情になった。少し考えた後、口を開く。


「あの子、誰なの。友達か知り合い?」

「違いますよ。ただSNS上で知り合っただけです」


 そう聞くと彼女は「はぁ」とため息をついた。


「じゃあ、あなたはあの子の事をどう思っているの」

「かわいいし、優しい子だと思いました」

「そう、ならもう関わらない方がいいかもね。彼女、あなたの事を狙っているみたいだし」


 狙っている?まさかそんなことあるわけがない。だって彼女とはまだ出会って間もない。

 彼女が言うにはあの青い石と相反する力、それも禍々しい力をアイリスから感じ取ったということだ。恐らくアイリスはそれが滲み出るくらいの何かをずっと所持しているとのこと。その物と力を感じ取った為、不快な表情になったらしい。

 アタシにはアイリスが気に入らない口上にしか聞こえなかった。そんな霊的な話なんて信じられる筈がない。そんな空想じみた話信じるわけないじゃない。気になって戻ったアタシがバカみたいだ。


「そうなんですね」


 アタシは適当に返事をして安全祈願のお守りを買ってアイリスの所に戻ることにした。アイリスの元に戻ると彼女は笑顔で出迎えてくれた。彼女の手を見ると先ほど買ったお守りを持っていた。アタシも買っていたんだ。アイリスがお守りを見せてきながら話しかけてきた。


「カリンさん、買いたい物は買えた?」

「えっ、ええ……」

「じゃあ行きましょうか」


 アタシ達は日並神社から出ていった。神社を出てからアイリスはスマホを取り出して何か調べ始めた。


「どうしたんですか?」

「えっと、この近くに美味しいケーキ屋さんがあるんですよ。そこに行こうと思って」

「いいですね。行きましょ」


 アタシ達が行ったのは小さな喫茶店。店に入ると若い女の店員が出迎えた。席に座ってメニューを見る。コーヒーや紅茶、パンケーキなど色々あった。どれにしようか迷ってしまう。


「どうします?」

「アタシはこれにします。あとこれも」


 アタシはショートケーキとチーズタルト、それとアイスティーにした。するとアイリスは「私は……どうしようかなぁ」と悩み出した。


「えーと、じゃあこれとこれとこれください」


 アイリスが注文したのはフルーツパフェとレモンティーだった。アイリスが頼んだものが来て、それを堪能する。おいしい。ケーキの味もさることながらアイリスが食べている姿も可愛かった。そして何より女の子と一緒にいることが楽しい。今までは一人が好きだったけど、誰かと一緒に食べるご飯も悪くはないと思った。


「ふぅ、おいしかった」

「そうね。また来ましょうか」

「うん!」


 アタシ達は喫茶店を出る。さっきまで晴れていた空が急に曇りだした。嫌な予感がしたアタシはすぐに帰ろうと提案する。アイリスは渋っていたが、すぐに承諾してくれた。それからアタシ達が駅に向かって歩いていると突然、目の前に大きな黒い雲が現れて雷鳴が鳴り響く。そして雨が降りだした。アタシは鞄の中に入っていた折り畳み傘を取り出す。それを見てアイリスも同じように取り出して広げる。


「アイリスさん、アタシの傘に入って下さい」

「でも、それだとカリンさんの肩濡れちゃうよ」

「大丈夫ですよ。ほら早く」


 アタシはアイリスの手を引いてアタシの傘に入れる。


「ありがとう。優しいね」

「いえいえ」


 アタシは照れ臭くなって視線を逸らす。


「あっ、そうだ。私、お礼したいから家に来てくれない?」

「いや、それはちょっと……。それにもうすぐ電車が来るので」

「そっか、残念」


 アイリスはそう言うとポケットから何かを取り出す。それは赤い石だった。


「なにそれ?」


 アタシが不思議そうに見るとアイリスはその石を頬に撫でる。その表情は恍惚に満ちていて私に対して赤らめているようだ。


「これは私の想いを叶えてくれるものだよ」

「どういうこと?」

「こういう事よ」


 アイリスは赤い石をしまうと鞄から刃物を取り出す。その刃先は真っ直ぐとアタシの腹部に向かっていた。

 アイリスが手に持っているものは果物ナイフ。それでアタシを刺し殺そうとしていた。

 アタシはそれを間一髪避ける。そのせいでバランスを崩して尻餅をつく。

 アイリスはアタシを見下ろしながら言った。


「避けない方が良かったのに」

「どうしてこんなことを……」


 アタシがそう言うと彼女は笑い始めた。


「アハハッ!決まってるじゃない。あなたが欲しいのよ」

「そんな理由で人を刺すんですか!?」

「えぇ、そうよ。だってこれから愛し合う二人なら当然の事でしょう?私とカリンさんが結ばれる為に必要なこと」

「意味が分からないです」


 アタシは立ち上がってアイリスから離れるように後ずさる。彼女はアタシを追いかけるように近づいてくる。


「逃げないで。大人しくすれば痛いことはしないわ。ただ気持ち良くなるだけ」

「アタシはそんな関係望んでません!」

「私は望むの、カリンさんが好きなの」


 アイリスはアタシの言葉を無視して話を続ける。


「ねぇ、カリンさん。一緒に死にましょ」

「嫌です。死にたくない!」


 アタシはそう言って走り出す。しかしアイリスの方が足が速く、あっさりと追いつかれてしまった。


「捕まえた」

「離して」

「駄目、もう逃さない」


 アイリスはナイフをアタシの喉元に突き刺した。アタシは思わず声にならない悲鳴を上げる。


「ごめんなさいね。でもこうしないとずっと側に居られないから」


 アタシは痛みに耐えてなんとか言葉を紡ぐ。


「なん……で?」

「私はね、カリンさん。あなたの事が大好きだったの。SNSで声を聞いた時ドキドキしたの。こんなにかわいい女の子がいるんだって。それで願いを叶えたいから赤い石を貰ってカリンさんに会って一緒に死に遂げたい。そう思って今日来たの」

「おかし……いよ」


 アイリスの行動があまりにも常軌を逸している。アタシが彼女の立場だったら絶対殺したりはしない。

 アイリスはアタシの身体を抱き締める。そして自分の顔をアタシの顔に近づけてきた。

 アタシは抵抗するが力が入らない。このままだとキスされてしまうと思ったその時意識がなくなった。きっと息を引き取ったのだ。最後は青い石が光っていた。そんな気がしていた。

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