第5話 ホレツァの町(1)

 洞窟を出て、ホレツァの町までの道中です。

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 村人は既に春小麦の収穫を終えて、次の農作業を始めているようで、環濠の外にある畑で牛や馬を使って犂で畑を耕している。

 「ホィヤー、ホヤー」2頭の牛に曳かせた犂の上に乗った男が鞭の音と共に声で牛を急きたてる。


 鍬が鉄製なのを見るとこの国は意外と裕福なのかもしれない。

 闇の森ダンジョン近くの農民が鉄製の犂で畑を耕せるのは鉄が安くて流通量も多いからだろう。


 ダキエだったらゴーレムを使った耕作が一般的だったと思ってしまう。

 『ダキエは滅んだわ』牛を見ながら感傷に浸って居たらマーヤが言って来る。


 『ええ、滅んだのは聖樹の在ったジュヘイモスだけよ、それ以外の場所は流通が途絶えた後どうしているかと思って』

 聖樹島は魔術都市と歌われたジュヘイモス以外は長閑な農村だったわ。


 『ダキエ国は良くも悪くもジュヘイモスに集中した国だったの』

 ジュヘイモスは全てが聖樹が生み出す魔力を基に魔術で運営された都市だった。


 『ジュヘイモスに農業以外の全てが在って、他の場所はジュヘイモスに農業に必要な道具から日用品まで依存していたの』

 ラーファは逃げ出した祖国を思い起こしながらマーヤに説明した。


 『聖樹が燃えた今は、農業は衰退するかもしれないけど、農家って意外と何とかなる物よ』

 マーヤが農家の強さを言うけど、流通が無くなれば農業は衰退するわね。


 『食べ物を作る場所が在れば食べて行けるのが農家の良いところよ』

 マーヤが農家は心配ないよと不安に感じていた事を安心させてくれる。


 ふと思う、何故逃げ出したのだろう?

 『どうしたの?』ラーファが疑問に思った事を察してマーヤが聞いてくる。


 『聖樹が燃えた日、誰かに大陸へ行けと言われた気がして、夫かもしれないけど違う気もするの』

 夫の名前も覚えていないから本当にそんな事言われたのかも分からないけど。


 『聖樹島に残って居たらジュヘイモスの復興や農村への流通の為に働いていたのになって思ってね』

 とダキエ国の指導者の一族だったのに国に残らなかった事を悔やんでしまう。


 『イスラーファはほら、宇宙樹の実を3個もってたでしょう』

 マーヤがラーファと分けて捉えているのかイスラーファと愛称では無く名前を使った。


 『お父さんか誰かに宇宙樹の実を持って、新しい場所へ植える様に頼まれたんじゃないかしら』

 マーヤが意外と明るい調子でラーファの懸念を解消してくれた。


 そうかもしれない、でもラーファはマーヤを育てる事だけで、宇宙樹の実までは面倒見切れないわ。

 そうだ、マーヤに宇宙樹の実は託そう。

 『うん、いいよ』マーヤが簡単に引き受けてくれた、マーヤ頼もしいわ。


 畑を耕す事で忙しくしている村人を見ていると、大丈夫だろうと思えて来る。


 村の方を見ると堀の向こうに門が見えて来た。

 ただ闇の森ダンジョン近くの村なので警戒は厳しい、今も門の番人がこちらを見張っている。

 幸い道は村の中を通る事無く、村の前を通って更に南へと続いている。


 ラーファは道をゆっくり歩いて村から遠ざかると、危険察知を使い敵が周りに潜んでいない事を確認した。

 『誰かラーファを見張って居る人が居た?』とマーヤが心配そうに聞いてくる。


 『分からないけど、たぶん居ないと思う』とマーヤに返答する。

 今の所ラーファを見張るような人はいないようだ。


 『前は見張ってる人が居たの?』とマーヤ。

 『ええそうよ、闇の森ダンジョンを抜ける前は、見張ってる奴が居て鬱陶しかった』

 不意に2ヶ月前の事が思い出された、その時の鬱陶しさもがぶり返したので厭な気分になった。


 『どこから見張ってるのか最初は判らなくてね、繰り返し襲われてその都度追い払うことが出来たけど、寝る暇もなくて疲れてしまったのよ』


 『見張りを見つけたの?』とマーヤ。


 『いや、眠り込んでしまった所を襲われてね、危険察知で跳ね起きて追い払ったけど、眠気と疲労で気が変になっていたんだと思う』

 『危なかったね』マーヤが心配してくれる。


 『ホント、危なかったよ、それで何が何でも見つけてやっつけてやると思ったんだ』

 『見張りを探そうと思って、危機察知では見つけられない遠くに居ると見当をつけて、何となくこっちかなと思う方の高い場所を虱潰しに探して行ったんだ』


 『危機察知に敵対的なオレンジ色の表示が出たのは、2ワーク(3㎞)は眠り込んだ場所から離れた所だったよ、見張に違いないと思ったら途端に怒りが爆発して氷槍を撃ってたんだ』

 あの時のイライラした気持ちを思い出した、寝不足で攻撃的に成っていて最悪の状態だと今ならわかる。


 『どうやって見張って居たの?』マーヤは見張りの能力が気になる様だね。


 『恐らく鷹の目のスキル持ちだと思うよ、それでやっと追手から逃れて寝る事が出来たんだ』

 油断はしなかったが、5日ぶりぐらいの気絶するような睡眠だった。


 起きた後は森や川岸を野宿する日々が続いたけど、限界は直ぐに訪れた、食べる物が無くなったのだ。

 兵糧(レーション)は50箱位ダキエから持ち込んでいたけど、本当に食べ物が手に入らなくなった時用に手を付けたくなかった。

 『しばらくは襲撃が無くなって安心したけど、町に食料など買い物に行く必要があってね』


 『ラーファを見失った連中は、町に見張りを置いていたんだと思う』

 『又襲撃されるようになった、結局闇の森ダンジョンに逃げ込むしか彼らを振り切る事が出来なかった』


 『そうだったんだね、捕まらなくて良かったね』マーヤも追ってはもう居ないと安心したようだ。


 マーヤと話し込んでいる内に村は通り過ぎていた。

 マーヤに授乳させるために神域に入る事はあっても、休むことなく歩き続けた。

 昼頃ホレツァと呼ばれる町に着いた。


 町の周りを石壁で囲っているが堀は作って無かった。

 町に入る列の最後尾にならんで見ていると、皆町へ入る時に門の番人に一声かけて入っている。


 ラーファも皆の真似をして、入る時に番人に声を掛けた。

 「町に入りたいのですが、よろしいですか?」


 門番は、ラーファの顔を見て、女だと分かったのか。

 「入りな、ここはホレツァだ、代官様が居られる町だから訴えや嘆願は中央の代官様の所で受けている」

 と決まり文句のように淡々と言って、「宿は中央の方が安心できる」と言い添えた。


 後の言葉は親切から言ってくれたのだろう。

 「ありがとうございます」とお礼を言って門から入った。


――――――――――――――――――――――――

 ダキエ国の出来事は未だにラーファの心の傷となって時々痛み出します。

 マーヤが一生懸命に慰めています、マーヤはラーファの心の傷を癒したいと思っています。

 ラーファが追手に捕まって居たら、マーヤに明るい未来はなかったでしょうね。

 未来も変わって帝国編にマーヤが出てきたかもしれません。

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