第1話 プロローグ

 あの宙に浮く男の話です。意外とお人(神?)よしです。

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 私が意識を取り戻したのは、側で上げる鳴き声が余りにもうるさかったからだ。

 その赤子は、精一杯の泣き声を上げ、未だへその緒を付けたまま、布一枚(恐らくは厚めの生地のマントだろう)を下にしている。


 私はほんの少し前、位相は違うがこの星の近くを通りがかった時、今泣き声を上げている赤子にいきなり引きずり込まれてしまい気が付けばこうなっていた。


 これまで数多の知的生命体と友誼を交わしてきた私にして初めてことだが、この赤ん坊の心と結びついているようだ。


 何が起きたのだろうかと、私を引き込んだ赤子を見てみる。

 生まれたてなのは状況を見れば分かる、しかし重要なのは赤子の可能性だった。

 何という才能、何という力、その内に宿る力は私を遥かに凌ぐ可能性を持っていた。


 見た目は女の子だ、生まれたてなのも見れば分かる、そろそろ泣き止まないかな?

 この子を産んだ母親の方をみる。

 うん、死んでいる、それも数分前のようだ、急いで心臓に神気を伸ばし動かす、血液の循環を促しても心御霊(みたまこころ)は帰ってこないようだ。


 今の状況はお産をして亡くなった母と生まれたての赤子、そして私がここに居る全員だ。


 私が何とかしないと亡くなった母親は別として、赤子が死んでしまうだろう。

 しかもこの赤子は私の心霊(たまこころ)にしがみ付いて自分の心霊と繋げている。

 これが私が先ほど一瞬でも気を失った理由だ。

 生き残れる可能性に全てを掛けてしがみ付いたのだろう、私もそれで良いと納得している。

 この赤子が考えて行動したのでは無く、秘めた可能性が未来を察知して生き残る最大確率で動いたのだろう。


 さてこの状況を如何にかしなければならなくなった、先ず死んだ母親に私の心霊の一片を分ける。

 こうしておけば少しづつ母親の体に馴染んでいくだろう、寿命は長くないがこの子を育てるぐらいの時間は在るだろう。

 既に心臓は私が動かさなくとも自分で動き出した。


 期せずして私、赤子、母親の3人が御霊(みたま)で契る事に成った。


 位相の違う私はこの世界に実体が在る訳でもないので、赤子と母親がこの世界での分御霊神子(わけみたまのみこ)と言える。

 母親は私が御霊分(みたまわけ)した、赤子は我が心霊(たまこころ)にしがみつき千切れた心霊をわが物としている。


 赤子の心と母の心が我が御霊分けした切れ端を絆として繋がっている。

 神格を御霊分した為、二人の心が繋がって私と契っている。

 これでは混乱した二人の心が一つに混ざってしまう、早めに名付けを行わねば。


 赤子はエルフで妖精系の血を引くようだな。

 母親は妖精族の変異体だな、前に見たことがある。

 妖精族の婚姻による変異した姿がエルフの様だ。


 赤子はエルフの中でも神格持ちだな、妖精族の血を引いているが婚姻による変異は無いだろう。

 そもそもエルフ族自体が妖精族が何処かの惑星で出合った種族との間に出来た変異体だったな。


 ふむ、神格が赤子の中で育ち始めたようだ。

 これはこの子本来の神格が千切り取った私の神格と合わさった為に起こったようだ。

 かわいそうだが、この子に赤ん坊時代は無いだろう、知性を持った赤子として育つしか無い。


 『マーヤニラエル・イスラーファ・アリシエン・ジュヲウ・エルルゥフ・ダキエ』急に赤子の名前が浮かぶ、母親の記憶が少し戻ってきたようだ、この名前は母親が娘に付ける為に用意した名の様だ。


『マーヤニラエル(赤子の名で御先祖様由来)・イスラーファ(母親の名)・アリシエン(意志を継ぐもの)・ジュヲウ(宇宙樹船船長一族)・エルルゥフ(乗船資格者を得た者)・ダキエ(大樹の加護厚き樹人の国)』


 この宇宙泡の中でよく見かける宇宙樹に乗って旅をする者達で、別の太陽系からの移住者の様だ。

 母親の名前は、『イスラーファ・イスミナ・アリシエン・ジュヲウ・エルルゥフ・ダキエ』

 結婚する前の名前はイスラーファ・ヴァン・シルフィード、母の名がイスミナでエルフと結婚し、変異してエルフとなった。

 父親の名はイスラーファからは失われている、どうやら名だけで無く最近の記憶その物が失われているようだ。


 これからは、赤子は『マーヤ』、母親は『ラーファ』と呼ぼう。


 彼女達と絆を結び共にあると決めた以上、私は行動しなければならい。二人の回りから調べて行こう。

 私は二人を中心にしてそろりと空間認識(空間把握と空間感知を合わせた把握を広げることにより、その中を認識すること)を広げていった。

 広げた空間の中にある様々な情報から回りの空間を認識し分析していった。


 布地の下は砂地で、ここは洞窟の中だろう。

 洞窟の入り口は、何らかの力場(結界)で塞がれているようだ。

 気体を制御する結界のようだ、エネルギーは魔力を持った石の様な物から得ている。


 気体を制御して熱と音それから生き物を遮って、空気は通すようにしている。

 洞窟の中は真っ暗で暖かかった。

 とりあえず洞窟内が安全な場所だと分かったので、空間認識を止める。


 私は、周囲を確認すると現状に戸惑いを覚えた。

 子供を産むには余りにも相応しくない場所だ。

 それに洞窟内にマーヤとラーファの他に人が居ない。

 厄介な事に、此処はダンジョン化している森の近くだ。


 わたしが周りを調べている間に、ラーファも色々動いていたようだ。


 いつの間にか、マーヤをラーファが抱っこしていて、マーヤは安心して寝たようだ。


 ラーファは洞窟の壁にバッグを置いてそこに寄りかかっていた。


 産み落として時間がさほどたって無いので、マーヤはへその緒がついたままだった。

 それを今は、ラーファが左側に置いていた鋭利な刃物で臍の緒を切ったのだろう。


 わたしは、ラーファが先ほどからしていることを記憶から読んでいった。


 ラーファは意識を取り戻すと大きく息を吸い「ふーっ」と安心したように長く息を出した。

 ノロノロと腕を伸ばしてマーヤを抱え上げむき出しのおなかの上に置くと。

 左手で地面に置いてある短刀を取り右手で抜くとへその緒を切り離した。

 抜身のまま短刀を右脇へ置くと、マーヤをまた抱え上げて胸元へ抱き寄せた。

 右腕でマーヤを支えながら、左手でボタンを外して上着をはだけると胸まで捲り上げていた下着を首まで上げた。

 現れた乳房をマーヤが吸いやすいように両手で支えながら、左の乳房をマーヤの口へあてがった。

 呼吸は浅く小刻みで酷く苦しいが、少しづつ生命力も回復してきて力が満ちてきているようだ。


 と言う事をしていた、マーヤへの対応でラーファも疲れたのか気絶するかのように寝ている。


 マーヤの方は口の中に入った乳房を感じると、自然と母乳を吸うようになった。

 一心不乱に吸っているが初産で且つ初乳がそう簡単に出るはずが無い、案の定母乳が吸えてる感覚は無かった。

 一心不乱に吸い続けやがて疲れて寝てしまった。


 『初めましてラーファ』『初めましてマーヤ』と心の中で挨拶をした。


 その後は結構大変だった、久しぶりに使う念動で二人を動かす。

 へその緒の処理をした後、私の神域にある材料を持ち出して、たらいやタオル数点、マットにぬるま湯と湯を入れる器を作った。

 新しく数着の下着と服、それに靴下も作った。

 着替えの下着と服を寝ているラーファの横に置く。

 マーヤ用に柔らかな布地で着せる物とオシメと厚地のタオルも用意した。


 着替えやお風呂に使える器にぬるま湯を用意したので、新生児のマーヤに産湯を使い、鼻や喉に詰まっている粘液を掃除してやり、拭いて、着せて、オシメをして柔らかい布地に寝かせた。


 次にラーファも体を綺麗に洗ってあげた、これが結構大変だった。

 どこで汚れをこれだけ付けたのかと思うほど汚れがこびりついていた。

 髪は汚れが取れないので、しばらくお湯に浸けたままにしてふやかすして汚れを落とした。


 後産の処理を終わらせた後、下腹部全体に回復の神気を使い、洗浄するなどする事が多くあった。

 全てが終わった後、マットを出して寝かせ、マーヤも側に置き柔らかい大きめのタオルを掛けてあげた。


 さて、2人が寝ている間に現状の確認と洞窟の周囲を調査しなくては。


 最初にラーファの持ち物を調べる、へその緒を切った短刀は守り刀でラーファの一族が母から子へと引き継いで来たもののようだ。

 綺麗に洗い、油(私が作った)を塗りこんで再び鞘に戻しておく。


 他にマーヤを産むときに下に引いたマント、魔術付加がされた家紋入の厚地の立派な物だ。

 付加は防護と矢除けのようだ。

 これも洗って畳んでおく。


 他に旅をするのに必要な、厚く空気を含んだ生地で水を弾くシートに、畳めば軽くて担げるぐらいに小さく纏まるテント。これらも汚れがひどかったのでお湯で洗い落とした。


 ラーファが背にしていたインベントリ(空間収納)のバッグの中身を調べて見る。


 魔道具だろう底に石(ラーファの記憶では魔石と言うらしい)が入れられる水筒、同じ魔石入れの付いたランタンが入っている。他にも魔道具と思われる時計や方位測定器。魔石が入った袋も一緒に置いてあった。

 魔力の籠った糸や蜜蝋に入ったハチミツなどのダンジョン産と思われる魔的生成物。


 食器やカラトリーを纏めて入れてある箱、布の切れ端を纏めて入れてある袋と裁縫道具入れ。

 医療道具や薬と錬金用の道具と専門書が幾冊も、それらが入った防水の入れ物も多数在る。

 地図と医療辞典や薬辞典などの辞典と筆記具とノート数冊、そして魔力が付加された装飾品が数点別の防水の入れ物に入れて在った。


 他には、魔鉱物の延べ棒が4種類と硬化を付与した金貨や銀貨が入った袋と銅貨の入った袋もある。


 底の方に3個の植物の実、何の実だろう?うん思い出した、宇宙樹の実だ。


 次に、ラーファの周りに置いてある持ち物を調べる。

 食料となる物は棒状の物が3本を一箱にした箱が3つ、これとハチミツが食料の全てみたいだ。

 バッグから出して横に置いてあった。


 服は着ていた(下半身はお産のため脱いで足元に纏めて置いてあった)のが全ての様で着替えの下着さえも無かった。

 泥に汚れ、彼方此方が擦り切れている所から、過酷な旅の様子が伺える。

 結構匂っているので全て破棄させていただく。

 靴は丈夫な革で作られていて、汚れを洗い落とせばまだ大丈夫だった。


 新しく二人用の数着の下着と服、それに靴下等を作ってカバンに仕舞う。

 食料の箱の横に袋が1つ置いてあり、中身が幾種類かの貴金属の棒や円盤なので先ほどのインベントリの中に在った硬貨とは別の国のお金だろうと思う。


 武器は先ほどの守り刀のみの様で、他に武器となるようなものは無かった。

 ラーファの記憶からは朧気ながら魔術と呼ばれる宇宙樹の生み出す魔力を取り込み使う技術が在るようで、彼女はその技術に秀でている様だ。


 時間は分からないが、外(洞窟の)は夜の様だ。

 周り数キロに渡り敵対的な生き物や脅威になる生き物が多く居るが、結界が在る為この洞窟に気が付いて無いようだ。


 少し目を離しても安全な時間的余裕があるようなので、彼女達の安心して休める場所を用意しよう。

 今後、私が居ない間に、何かあってもマーヤもラーファも強いので対処は出来るだろう。


 そう、私は旅の途中(世界樹が来てくれと言って来た)だったのだ。

 私が居ない間彼女達が安心して寝れる場所ぐらいは用意する積りだ。


 私は遥か昔(自分で言うのも何だが時間が過ぎるのは早い)に作った小宇宙の泡を探し出して、ラーファとマーヤに小宇宙の在る場所(この場所を私は神域と呼んでいる)へと繋げた出入り口を作る。

 二人しか利用できないが、将来二人が眷属を造れば眷属も利用できるだろう。


 ラーファとマーヤを神域へと移動させる。

 ラーファの持ち物も一緒に運ぶ、洞窟の結界を作り出している魔石(魔道具?)はそのままにして置く。


 この場所への出入口は厳重に防御されていなければならない。

 神格の在る者に限られるが、彼女たちの許しが在れば、たとえ敵意が在っても又は、敵意が無くても害することが出来る者がこの場所へ出入りできるのだから。


 この出入り口の周りを神力の結界で覆い、ラーファとマーヤに警告するように、一目でその警告の内容が分かるようにする。

 その警告を受けてどうするかは、ラーファとマーヤに委ねることになる。

 警告を受け入れて対象を拒否しても良い、警告を無視しても良いだろう。

 拒否すれば、神力の結界は対象を出入り口から外へ出すだろう。

 警告を無視するのなら、ラーファとマーヤに何か考えがあるからだろう。


 マーヤは母親の意見を素直に聞きそうなのでラーファの考え次第に成るのかな。


 さあ、ラーファにマーヤ、二人のため安全に住める場所を用意した、外の世界へも出入り出来る、成したい様に成すが良い。


 さようならラーファあなたが生まれて来る赤子の為に全てを差し出したのを私は知っている。

 マーヤよ私は暫しこの地を去らねば為らない、帰って来た時貴方から冒険の話が聞ければ幸いだ。

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 世界樹の世界に用事が、それも急いで居る様なので何か緊急事態なのでしょう。

 マーヤは生まれた時から・・・いえ生まれる前から果断な性格のようですね。

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