Ep.3 終日
蹴り上げられた兵士が空高く宙を舞う。
辺りに響くは叫ぶような悲鳴、そして救済を求める声。
彼が目を覚ました。
厄災の化身とも言えよう彼が。
「お願い、この子だけは見逃して!」
叫ぶ女性、その手にはまだ生まれたばかりと
だが、彼は身の赴くままに、その親子を己の強靭な手腕で抱え込むと、容赦なく地面へと叩きつけた。
あまりの強い衝撃に二人の体は耐えきれず、打ち付けられたところから血しぶきをあげて肉塊へと変わる。
嗚呼、どうか神様、お助けを。
最悪の光景を目の当たりにして願う獣耳姿の少女に、彼は無慈悲にも手を挙げた。
少女の首筋を掴み、勢いよく持ち上げると彼はなんと己の拳を、彼女の口に突っ込んだ。
「ア゙ア゙……ア゙…ア゙」
少女は口の中に突っ込まれた拳に嗚咽を吐く。
込み上げる吐き気を抑えながら、どうにか口から拳を出せないかと必死に力を込める。
だがそんな抵抗も虚しく彼女は、己の喉の奥で肥大化する腕に呆気なく顎を引き裂かれた。
「――――――ッ」
毀れていく彼女だったものを前に度し難い声量で笑い声を上げる彼は正しく厄災。
その笑い声は周囲の建物を次々と崩し、町にあった植物も、生き物も徐々に、徐々に枯れていく。
一人の占い師は呟いた。
「なぜ……」
言葉の真意。
単刀直入に言うと、占い師の予想はこの自体、そして先を予想していた。
だが、当たらなかった。
彼女の水晶玉には、ピンチに陥ったその瞬間に、一人の女勇者が表れ、颯爽と彼を倒して去っていく、そんな未来が映っていたのだ。
しかしこの現状を見るに、そんな状況などありえない。
壊れ行く町の姿に絶望した占い師は、目に涙を浮かべながらただ願うのだった。
「神様――。」
そんな願いも虚しく、女勇者が現れることもなく、町は“彼”が吐き出した炎の渦へと呑み込まれていった。
*******
……いくら考えても思い出せない。
勇一はただ苦悩し、頭を抱えていた。
「思い出せそうかい?」
考え込む勇一に、紅い眼の獣耳の少年・アルバが問い掛ける。
「いや……。」
勇一は頭を抱え込む。
「じゃあなにか、少しでも覚えてる事は?」
アルバは続けて、そう勇一に問いかける。
だが、いくら自分に問いかけても、名前、家庭以外何も思い出せないのだ。
しかし勇一は何処からか湧き出る悔やみきれない『何か』だけは感じ取っていた。
そしてそれが恐らく、勇一がこの世界に転移した原因であるということも、なんとなく分かった。
それがいつ起こったことなのかも、何がどうしてどうなったのかもなにも思い出せない。
ただそこに残るのは思いだけ。
ともあれ、今は思い出せそうにはない。
そして勇一には今はそれよりも気になることがあった。
空を見上げると、そこには渦を巻き、雷鳴を響かせる暗雲が立ち込めていた。
「……この天気はいつからなんだ?」
勇一はアルバに、呟くように話しかけた。
「先に質問に答えては欲しい物だけども。」
アルバは呆れたような表情を浮かべながら呟き、勇一の目線と合わせると、続けて語り始めた。
「それは遥か昔の、遥か遠くの、とある王国の話――」
異世初IF〜屍少女と転生勇者〜 柊木緋楽 @motobakaahomaker
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