Ep.2 テンセイ

 ……何が起きた?

 

 さっきまで、彼女の良き理解者として、悩みを聞いていた。


 だが最後に見えたのは、彼女の手にしっかりと握られたカッターだった。


 息は止まっている。


 血流は刻一刻と弱まるばかり。


 ああ、理解が追いつかない。


 ……しかし、聞いていた話と状況から察するに、これは人間不信による恐怖のあまり、狂乱した彼女が起こした一つの事故のようなものなのだろうと、勇一はそう察した。


 意識がある内に、もう一度彼女の姿を見ようと勇一は目を見開く。


 ……こんな結末など、見たくはなかった。


 そこには自身の胸に刃を突き立てる彼女の姿があった。


 止めようとする勇一。


 だがそれを嘲笑うかの如く、彼の手は力を失い、意識も次第に薄れていった。





 ――唯一幸運だったのは、刺す瞬間を見ずに逝けたことだろうか。



*******



 次に彼が目を覚ましたのは、真っ白な空間だった。


「ここは……?」


 思わず発する。


 死後の世界としては、余りに何も無すぎる。


 その空間には、人影が一つも見えなかった。


 だがそれも、目の前の光景だけだったようで。


 ふと地に目をやると、黒い煙のようなものが、渦を巻いていた。


 まるで、勇一を誘うかの如く。


 そしてその黒煙の渦は、少しずつ大きくなっているように思えた。


 危険を感じ、遠ざかる。


 まあ、もう死んでいる分、これ以上死ぬこともないのだが。


 ……それでもあの黒煙には、何か得体の知れない危機感と、恐怖感を覚えた。


 広がる黒煙の渦、遠ざかる勇一。



 ……しかし何事も、おわりはあるものだ。


 どれほどの距離を遠ざかった訳でもない。


 そこまで遠ざからないうちに、見えない壁に当たった。


 なにか感触があるわけでも、叩いても音が鳴る訳でもない、無色透明、無感触のなにかが、そこにはあった。


 勇一はそれを直感で壁だと認識した。


 ともあれ、これ以上遠ざかることができない。


 しかし黒煙の渦は刻一刻と広がっていく。



「キミもコッチにおいでよ」


 そんな声が微かに聞こえたその瞬間、彼は闇に墜ちた。



*******



 目を覚ますと彼は何故か、道のど真ん中に立っていた。


 ……何故、こんな場所にいるのだろうか?

 思わず彼は己の頭を掻いた。


 ふと空を見上げると、暗雲が立ち込めるのが見えた。


 彼はそのことに既視感を覚えるとともに、何か嫌な予感がした。



「こんにちは~!」


 突然声をかけられ、驚きつつ振り向く。


 そこに居たのは、獣耳の獣人と思われる少年だった。


 そしてその少年は、勇一の顔を見るとにこりと笑いかけながら続けた。


「もしかして君、転生者?」


「……はい?」


 勇一は疑問に思い、そう返答する。


「だって君、道の真ん中に突然出てきたから」


 衝撃の発言に彼は耳を疑う。


「転生……道の真ん中に……突然……?」


 ……だが、勇一が疑問に思うのも無理はない。






 ……彼は、転生前の記憶を、全て失くしてしまったのだから。

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