第6話・ポリシー・オブ・アウトロー

 あの娘にメールを送り付けてから一時間程になる。苛立つ気持ちを抑え込みながら、私は手に持った銃に視線を落とした。傾けるのに合わせて、施されたエングレーブが光を反射する。


「娘は来ないぞ」


 後ろ手に縛られた男が声を上げる。クレイド・インヴァース。私を煩わせる元凶になった男だ。


「ならお前は死ぬ」


 私の部下に捕らえられた父親の写真と座標、来なければ父親を殺すというメッセージを打ち込んだメールを娘に送った。聞けば、随分と父親思いの娘だそうだ。無視できるはずが無い。


 しかし遅い。予想ではもっと早く来ると思っていたが。


「それを見過ごせない娘だという事は、お前が一番良く分かってるはずだ」

「……お前の様な奴に、あれを渡すわけにはいかんのだ!」

 

 言葉を詰まらせた末に言いだしたのがそれか。クレイドの両脇を挟んで立っていた部下の片方が、奴の腹に拳をめり込ませて黙らせる。


「エネルギーコア。お前はあれをそう呼んでいたな」

 

 私が言うと、床に腕をついて咳き込むクレイドが苦痛に歪む顔を上げた。無様な顔だ。


「……あぁ」

「あれの研究資金を出したのは誰だ?」


 クレイドは目を逸らし、答えようとしない。私は奴の胸倉を掴み上げ、口の中に拳銃を突っ込んでやった。


「金を出してやったの誰だ?」


 歯をガチガチと鳴らしながら、クレイドは喉から声を出す。私の名を言っているようだが、良く聞こえないので銃を抜き、地面に引き倒した。


 遊底に付いた涎を拭き、使ったハンカチを奴へ放り投げた。


「地面を拭け。よだれが垂れたぞ」


 クレイドは睨みつけるような目をこちらに向けてから、ハンカチをとって地面を拭いた。その視線にムカついたが、まぁいいだろう。殺すのは後でも出来る。


「お父さん!」


 入口の方から、女の声がした。そちらの方を向くと、眼鏡アタッシュケースを小脇に抱えた女の姿が見えた。

 

 赤い眼鏡。写真で見たクレイドの娘だ。


「ようやく来たな、娘」


 私が言うと、娘は身体をビクリと震わせる。


「そのケースをこちらに寄越せ」

 





 タクシーを拾い、一人でメールに添付されていた場所に来た。そこは父の研究所だった。入口をくぐった先の階段の上に、私を執拗に追い回す連中のボスの姿が見えた。


 スレイン。父は彼をそう呼んでいたはずだ。父からもあまりいい話は聞かない男だった。下の名前は聞いたことが無い。


 そのケースをこちらに寄越せ。私を見るなり高圧的に言ったその物言いが、それを証明していた。


 この研究所は二階が吹き抜け構造になっていて、どこからでも私が通って来た入口を見下ろすことが出来る様になっている。そこからサブマシンガンを持ったスーツの連中がズラリをこちらを覗き込んでいた。


 十人以上はいる。下手な真似は出来そうにない。


「ケースはあります。ここに」


 私は持って来たケースをスレインの方へ突き出しながら言う。


「でも、条件が一つ」


 彼が眉を顰めるのが見えた。


「私と父の安全を保障してください」

「……具体的には?」

「父をこちらに。ケースと交換です」


 昔見た映画でやっていた交渉術を真似てみる。スレインが息を付き、ロフトから銃を向けている連中が顔を見合わせるのが見えた。


「なるほど」


 彼は頭を掻きながら、納得した様子を見せて言った。


「ならこうしよう」


 ケロリとした表情を見せ、彼は父の方へ向き直る。そして、何でも無い事の様に右手の銃を向け、父の脚を撃った。


「お父さん!」


 膝を押さえ、呻き声を上げながら崩れ落ちる父が見えた。私は思わず声を上げ、父へ駆け寄ろうとする。が、二階から突き出されたサブマシンガンが発した、ガチャリという機械音が私を足を止めた。


「さぁ、どうする?」


 スレインは言う。何処か愉快そうな声色だった。


「脚の付け根には重要な血管が集中していると聞く。私はあまり射撃に自信が無い。何処に当たったか、自分でも分からん」


 銃口で円を描くように拳銃をくるくると回し、私を挑発する。悔しさをかみ殺して、私はケースを持ったまま階段に足を掛けた。


 その時、銃声が上がる。弾丸は私の脚のすぐ横に着弾した。


 発砲の意図が分からす、私はスレインを見上げる。彼は憎たらしい笑みを浮かべながら言った。


「おっと、待ちたまえ」

「一体なんなの!? どういうつもり!?」

「速いんだよ、階段を上がるのが」

「……え?」

「あぁいや、私は小心者でね。素早い動きをされると、攻撃されるような気がして先に指が動いてしまうんだ」

「は?」

「だから、その階段はゆっくりと上って来てくれるか?」

「でも、父が……」

「そうだな、彼のケガの具合はよくない。なれば、つべこべ言わずさっさと上ってきた方がいいんじゃないか?」


 私の方に銃を向けながら、彼はこの状況を楽しむ様に言った。


 小心者だと? 嘘つきめ。この男は、選択肢の無い私の行動を手中に収めてさぞかし楽しんでいる。とんだサディストだ。


 私は左足を上げ、階段をもう一段上がる。銃声。弾丸が足のすぐ隣に埋まる。


「まだ速い」


 食いしばった歯の隙間から声を漏らし、私は更にゆっくりと階段をもう一段上がる。銃声はしなかった。もう一段、そして二段、三段。


「あれ、お父さんの具合が悪くなって来たな」


 スレインはこれ見よがしに父の方を向き、大げさに声を張り上げる。


「もう少し急いだほうがいいんじゃないか? このままでは君のお父さんが死んでしまうぞ!」


 嘲笑混じりに言った彼に同調するように、二階部分に居る男達が笑い声を上げる。わざと私の神経を逆撫でするような声だった。


 私は両の拳を握りしめ、歯を食いしばって顔を伏せた。はらわたが煮えくり返る程の思いが私の中に渦を巻く。が、どんなに悔しくとも私にはこれ以外に選択肢が無いのだ。その事実が、何よりも惨めだった。


 嘲りの声が四方で上がる中、私はもう一段ゆっくりと階段を上る。


 その時だった。


 とても小さいが、聞き覚えのある音が後方で鳴り響いた。私はかすかに聞こえたその音の方へ振りかえる。


 研究所の外に、少し黄ばんだ二灯の明かりが見えた。ぼやけていたその明かりは、音と共に段々とこちらへ迫って来ている。


 ハロゲンヘッドライト。確か、アッシュはそんな事を言っていた気がする。


 その爆音が、私を取り巻く嘲笑をかき消した。音に気付いたスレインやその部下の視線が明かりの方へ集中する。


「おい、何だあれ――」


 スレインが言い終わる前に、入口を突き破って黒い車体が研究所に突っ込んで来た。フレームを打ち飛ばし、粉々に粉砕されたガラスが四方八方へ飛び散る。


 カマロZ28、アッシュの車だ。運転席には彼の姿も見えた。


 飛び跳ねながら研究所に突っ込んで来たカマロは車体底から火花を散らしながら着地し、タイヤを切りつけながら停車する。四つの黒いタイヤ痕が床に伸びた。


「おっ? 居た居た」


 運転席のドアが開き、降りて来たアッシュが拳銃を引き抜きながら言った。右手に赤い銃、左手に金色の銃だ。


 二階の連中が、一斉に彼に向けて銃を構える。アッシュは数々の銃口を前にして、飄々と言った。


「おいおい、歓迎パーティーの準備は万端って訳か?」


 肩を竦めながら、呆れた様子をスレインへ見せつける。


「アシュフォード・マクラーレン」


 スレインは彼の方へ銃を向け、不機嫌を隠そうともせず言った。


「私の部下を大勢殺し、ハンスを海に沈めた男か」

「ハンスって? ヘリの奴か?」

「そうだ。自分が誰を手に掛けたのかなど気にしないのか。賞金稼ぎらしいな」

「ソイツはどうも。ちなみに言っておくと、アイツの賞金はかなりよかったぜ? おかげさまでコイツの修理費が工面できる」


 そう言ってアッシュはカマロの屋根を手の甲で小突く。


「アンタをれば、いくら貰えるんだろうな?」


 そう言いながら赤い銃を向けてきた彼に対し、スレインが鼻で笑って返す。


「期待はしない事だ。なにせ――」


 彼が左手を挙げる。二階の連中の纏う空気が変わった。何人かはあからさまに銃を構え直している。


「死ぬのはお前だからな」


 握っていた拳銃の撃鉄を起こし、スレインが勝ち誇った様子で言った。


「たった一人で、私に勝てると思っていたのか?」


 彼の言葉を鼻で笑い、アッシュは返す。


「……何?」


 スレインをはじめ、二階にいた連中に動揺が波及したその時だ。いつかの路地裏で聞いた、あのバチバチッという電撃の様な音が研究所に鳴り響いた。私から見て、階段を挟んだ左のロフトに居る連中のすぐ後ろ、そこから青白い小さな稲妻が迸り、空間が歪む。


「まったく、みんな派手な方に気をとられ過ぎだよ」


 歪みを切り裂いて、刀が鈍い光を放った。稲妻を振り払う様にガベルが素早く駆け、サブマシンガンを持った一人の背後に急接近する。その男が振り返る隙も与えず、刀を深々と背中に突き立て、反対側の胸を突き破った。


 すぐ隣にいたもう一人のスーツの男がガベルに気づき、彼に銃を向ける。が、彼はそれより速く動いた。


 敵の背中に刺さった刀を素早く引き抜き、腰を落としながら身体をくるりと右へ回す。そのひらりとした動きで敵の銃撃を翻弄し、回転の勢いに乗せ、立ち上がりながら刀を袈裟方向へ切り上げた。


 深く長い切創がそのスーツの男に刻まれ、そこからマグマの様に血が噴き出した。


 切られ、後ろへ倒れ込む男を押しのけ、その背後からもう一人が姿を現した。雄叫びを上げながらガベルに突進し、サブマシンガンの銃口を彼に押し付ける様に突き出して、引き金を引く。


 がベルは連続して吐き出される弾丸を左の掌で防ぎ、その銃口を掌底で右へ逸らした。敵が自身に狙いを合わせ直す前に、彼は握った左手の甲を男の顔面へ振り抜く。


 男はそれを諸に食らい、二階の柵を突き破って下へ落下する。アッシュが空中の彼の胸を撃ち抜いた。


 残りは二人。彼等は既にガベルに狙いを合わせ終えていて、双方とも刀の届く位置には居ない。


 ガベルは裏拳で捩じった身体の勢いに乗せ、右手の刀を放り投げた。剣先を前に、鋭く空気を裂いて飛翔したそれが、左の男の胸に深々と突き刺さる。


 残る一人が引き金を引く。瞬間、ガベルは彼の方へ左腕を射出した。鋼鉄の拳が弾丸を受けて火花を散らす。が、質量は腕の方が大きい。軌道は逸れず、左の拳が敵の顔面に炸裂した。


 最後の男が鼻から血を吹き出し、後ろへフラつく。


 体から離れた左手が開き、男の肩を掴んだ。その瞬間、左腕に搭載されたモーターが回転し、ガベルの二の腕から伸びたワイヤーを巻き取り始める。それと同時に、彼は地面を蹴って飛び上がる。ワイヤーが彼自身の身体を引き、空中を滑るようにしてスーツの男へ飛び掛かった。


 男はハッとして銃を構え直すが、先にガベルの右膝が男の顔面を襲った。尚も勢いは止まらず、ガベルは男の背中を盾に二階の柵を打ち砕き、私の三段下へ着地する。


「また会ったね」


 彼はゆっくりと立ち上がり、私の方を見て言った。怒号と共に右側のフロアに居た連中が身を乗り出して、彼に銃を向ける。


「ホント、派手な方にしか目が行かない」


 ガベルが肩を竦めながら言う。彼の視線の先へ目をやると、不機嫌を露わにしたスレインが、こちらに銃を向けているのが見えた。


 ふらりとガベルの身体が左へ傾く。それとほぼ同時に、銃声が鳴った。


 いや、鳴ったのは砲声。アッシュの銃だ。弾丸が私の眼鏡のすぐ隣を掠めて飛び、短い髪が揺れる。


 スレインの拳銃が火花を上げて吹き飛んだ。彼は腕を押さえ、地面に転がる。


「悪趣味な銃だぜ」

 

 言い終わるのと同時に、アッシュは二階の連中へ向け、両手の銃で弾丸の雨を浴びせた。連中はガベルの言った通り、大立ち回りを演じ終えた彼の方にしか銃口を向けておらず、彼の相棒の攻撃に何の備えもしていなかった。


 二人ほど弾丸に命を攫われた時点で、やっと二階の柵に身を隠す。が、アッシュの両手に握られた大柄な拳銃の前には、その遮蔽物は何の役目も果たさないらしい。柵にいくつもの大穴が空き、スーツの連中は腹や胸、酷い者では頭に穴を一つ二つ増やして絶命し、床へ倒れ込んでいく。


 銃の遊底が開いた状態で止まり、弾丸の豪雨が過ぎ去った頃には、二階フロアは地獄の様な体を成していた。


 拳銃の側面のボタンを押下し、アッシュは拳銃の弾倉を床へ落とす。軽い金属が床で跳ねて転がり、カラカラという音を立てた。


 嵐の後の静寂。そう呼ぶにふさわしい沈黙が、辺りを包み込んでいる。


 そう思ったのもつかの間、私は襟首を乱暴に引かれた。バランスを崩し、床へ倒れ込みそうになった身体は受け止められたが、私の首元には、刃渡り三十センチ程のナイフが鈍色に光っていた。


 ガベルが溜息を付き、アッシュが銃の再装填を一旦止める。


「動くなよ! 賞金稼ぎ風情共が!」


 ナイフの刃を私の首元に這わせながら、スレインが怒号を上げた。


「アッシュ」


 ガベルは顔の方向を変えず、後方のアッシュに言う。


「見えてるよ」


 アッシュはそう短く返し、銃の再装填を再開する。両手の銃に弾倉を押し込み、遊底を引いて薬室に初弾を送り込む。


「そこまでだ、マクラーレン」


 ナイフの刃が、私の首にグッと押し当てられる。刃先から逃れようと頭を仰け反らせるが、スレインの肩が邪魔をして逃げられない。


「お前も妙な動きはするなよ!」


 空いている左手でガベルを指差しながら、彼は言った。


「いいか、良く聞け。これから私の指示に従わなければ、この女の命は無い」


 余裕を見せて言った様子だったが、歯を食いしばる音やナイフを持った腕の震えから、スレインは相当焦っているようだ。


「マクラーレン、その銃をこちらへ投げろ」

 

 アッシュは両手の銃を掲げながら言う。


「どっちだ?」

「両方だ! 妙な真似はするなよ?」


 溜息を付き、彼は両手の銃を階段の方へ放り投げた。赤い方はスレインの足元へ、もう一丁は階段を上がり切った先へ飛んで行く。


「ふん、コントロールの無いヤツだな。まぁいい」

 

 スレインはナイフを向けたまましゃがみ込んだので、私も付いていく必要があった。彼はアッシュの銃を左手で拾い、アッシュ本人に向けて言う。


「これで、私の勝ちだ」

 

 赤い銃の引き金に指を掛ける。彼の声色には、すでに勝者の余裕を感じさせるものがあった。


「どれ、死ぬ前に一つ聞いてやろう。お前らは、どうして私に盾突いた?」


 怪訝そうな様子でガベルがアッシュの方を向く。アッシュは肩を竦めて返した。


「はい?」

「この女を助けて、お前等に一体何の得があるか聞いているんだ」

「……ねぇな」


 アッシュが言った。スレインが眉を顰めるのが分かった。


「……何?」

「聞かれたから答えたんだ。特にねぇな」

「ならば、何故お前等はどうしてここに来た!?」


 スレインの怒号をさらりと受け流し、アッシュは口笛を吹くような様子でさらりと言った。


「そんなもん、に決まってんだろ」


 あまりに浮世離れした答えに、スレインが絶句する。


「まさか……そんな下らない事で……」

「下らない? 分かってねぇな」


 アッシュは言い、口角をいたずらっぽく上げる。



 スレインが煩わし気に溜息を付き、言った。


「もういい、死ね」


 引き金に掛かった指に力が入る。その時だ。


 スレインの後方、階段の上から砲声が上がった。アッシュの銃だ。その弾丸がスレインの左肩を撃ち抜き、握られていた赤い銃が宙を舞った。


 呻き声と共にバランスを崩したスレインの右の頬に、射出されたガベルの裏拳が飛んだ。顎を砕かれたスレインは、私の喉を掻っ切る前に右へ吹っ飛ぶ。バランスを崩し、階段へ倒れ込む私の身体をガベルが受け止める。


 腕を押さえ、呻き声を上げるスレインの方へ顔を向ける。階段の上に、アッシュの銃を握った父の姿が見えた。


 反対側へ視線を向けると、アッシュが宙を舞った赤い銃を右手でキャッチするのが見えた。彼はその銃口をスレインの方へ向け、言う。


「惜しかったな。クソ野郎」


 そして、容赦なく引き金を引いた。


 








 

 



 


 

 


 

 

 






 



 




 


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