第5話・トレード
ヘリの側面ドアが開く。中の持ち手に捕まり、片手にライフルを持ったハンスの姿が見えた。風圧で髪と燕尾服の裾がはためいている。彼は機内で膝を付き、ライフルを両手で構えた。
どこかで見覚えのあるライフルだった。今まで見て来た火薬を撃発させて弾を飛ばす銃とは一線を画す、宇宙を舞台にした、フィクション作品で見るレーザー銃の様なデザインで、銃本体から投影されるホログラムが照準器の役割を果たしている。
子供の頃に、あの銃を見た気がする。あれは確か、父の研究室だったような……。
「ああッ! マズい!」
思い出した。あれは父が設計した銃だ。見た目はライフル銃だが、弾を飛ばして相手を直接攻撃する代物ではない。
「避けて! あれはただの銃じゃない!」
「どう違うってんだ!?」
そう返事をすると共に、アッシュはカマロを加速させた。だが、車の速度でヘリから逃げられるわけも無く、ハンスを乗せたヘリは空中を滑るようにぴったりと私の横に着いてくる。
「特殊な電磁波を撃ち出して、標的のコンピューター回路を使えなくするの! パルスライフル……お父さんは、あれをそう呼んでたはず!」
「何?」
「車止められちゃうんだってば! 何とかしなきゃ!」
ハンスの握るパルスライフルは、私の父が設計した傑作銃器だ。一丁二百万は下らない高級品であるにもかかわらず、相手のハイテク装備を一網打尽に出来るその性能から、各国の軍や警察機関からの注文が相次いでいる。
私は前に突き出した機関銃を持ち上げようとするが、重くて持ち上がらなかった。さっき軽々振り回せたのは、どうやらアドレナリンか何かの影響だったらしい。
横を見ると、ハンスのパルスライフルが青白く発光しているのが見えた。発射準備が完了した合図だ。
情けなく息を詰まらせ、私は身体を強張らせて車内のグリップを両手でつかんだ。
「バシュウ」という聞き慣れない音が私の右で上がる。パルスライフルの発射音だ。車の制御が狂い、タイヤがスキール音を上げてガードレールに……。
突っ込んでいない。それどころか、カマロは快調にハイウェイを流している。
「あ、あれ? どうして?」
「いや、どうしても何も」
アッシュは加速の為に動かした右手のレバーを、元の位置に戻しながら言った。
「ニ十世紀半分過ぎてちょっとの車に、コンピューターなんて積んでる訳ねぇだろ」
彼が苦笑いを浮かべながら言った。二十世紀。歴史の教科書でしか聞かない単語だ。
私が目を落とすと、アッシュが定期的に動かしているレバーの頭の部分に数字が書かれているのが見えた。R、1、2,3.4。これは何を意味しているのだろうか。
ヘリの機内で、ハンスがライフルを苛立たし気に投げつけていた。高い銃なのだから、もう少し丁寧に扱ってもいいはずだ。彼がコックピットの方に顔を向けて指示を出すと、ヘリが横へ回転し、機首方向がカマロの方に向く。
「こっちも来たよ」
ガベルが言った。怪我をしているに、そんな様子を微塵も感じさせない声だった。
身を乗り出して後ろを覗き込むと、カマロの背後に最後の自動運転車が迫っているのが見えた。私達の退路を塞ぐつもりのようだ。
ヘリの側面に伸びた翼のような部分には、一目でそれとわかるミサイルや機関砲が幾つも取り付けられている。どれもこれも、普通の車なら一発で消し炭にできる代物だった。
「アッシュ、お姉さんが言ってたのは本当だ。僕の左手が動かない」
右手で左手首を掴み、それを掲げながらガベルが言う。アッシュがチラリとルームミラーの方を見た。
「あれ最後か?」
「そう……だと思う」
「ホントか?」
眉を歪めながら、彼が私の方へ視線を投げる。
「ホントだよ。その人、射撃は僕より上手いみたい」
ガベルが少し自虐気味に言うと、アッシュがそれに応じて喉を鳴らし、右手に持った拳銃に弾をを込め直す。その間、彼の視線はルームミラーの方を向いていた。
「お姉さん。機関銃をこっちに」
右腕を私の方へ突き出しながら、ガベルが言った。私は腕をプルプルと震わせながら重い機関銃を持ち上げ、その手に渡す。彼はそれを片手で軽々受け取り、機関銃が後部座席へ消えた。
「何をするつもりなの?」
私がそう聞いたのは、アッシュがしきりに後ろを気にしている様子だったからだ。さっきから、彼の視線はフロントガラスとルームミラーを行ったり来たりしている。
「どこかに掴まった方がいいよ」
ガベルの声がすぐ後ろから聞こえた。彼は私が座る助手席にしがみ付いているようだ。
「え? ホントに何を――」
「連中にドラテクってもんを教えてやるのさ」
車内のグリップに手を伸ばした私の方へ顔を向け、アッシュが言った。次の瞬間、彼はサイドブレーキを掛け、ハンドルを思い切り右へ回す。タイヤのスキール音がハイウェイに響き渡り、カマロの車体がコマのようにぐるんとスピンした。
身体が遠心力に攫われそうになるのを、グリップにしがみ付いて抵抗する。百八十度転回したところでアッシュはレバーをRの位置に入れ、足元のペダルを踏み込む。
内燃機関が唸り声を上げ、車体がかっ飛ぶような速度で後方へ走り出す。
自動運転車に乗っているスーツの連中と目が合った。目を見開いている彼らに、私は苦笑いを浮かべながら手を振る。
「律儀だねぇ、んじゃ俺も」
アッシュは嘲笑混じりに言いながら、右手に持った赤い拳銃を自動運転車の方へ向ける。
「餞別ってヤツだ、しっかり受け取りやがれ!」
それに気づいた私が、咄嗟に耳をふさぐ前に彼は容赦なく引き金を引いた。私のすぐ隣で銃声、いや、砲声が立て続けに上がり、そのたびに上がる閃光と白煙が私の目をしょぼつかせる。
自動運転車のボディに穴が開き、窓ガラスが砕けた。スーツの連中の反撃は間に合わず、彼等の体内から噴き出した血液が車の中を真っ赤に染め上げていく。
敵ながら、ひどい光景だと思った。
運転手が銃弾を浴び、U字型のハンドルにガックリと項垂れた。途端、自動運転車がグッと加速する。死を前にして、反射的に強張らせた足がアクセルを踏み抜いたようだ。
迫って来る自動運転車のヘッドライトが、死なばもろともを試みる狂人のそれに見えた。
「うわッ!」
私は反射的に両手を顔の前にやり、脚を上げる。
本気で「ぶつかる!」と思った矢先、アッシュはハンドルを一瞬左に切り、すぐさま大きく反対方向へ切り直した。
カマロの車体が再びスピンし、スキール音と白煙が上がる。その瞬間、ゴツンと車体後部から鈍い音が上がった。
アッシュは突っ込んで来た自動運転車の横っ面に車体の後部を当て、軌道を逸らしたようだった。ふと目をやったサイドミラーに、右のガードレールに突進して行く自動運転車の姿が見えた。
その先。自動運転車の軌道上には、ハンスの乗った軍用ヘリが飛んでいた。
「一機、撃墜」
後部座席からガベルが言う。時速百キロ程で衝突した自動運転車は、見事にガードレールを突き破って軍用ヘリに襲い掛かった。
パイロットが必死の形相で回避行動を取ろうとしているのが見えたが、機体が動くより先に、飛んで来た車体が尾翼を叩き折った。
攻撃に移る直前だったようで、機体左右に伸びた翼の下のミサイルをあらぬ方向へ撒き散しながら、尾翼から炎を巻き上げ、制御を失ったヘリが回転しながらハイウェイ下の海へ墜落して行く。
海面に叩きつけられた機体が爆発し、噴き上がった水しぶきがハイウェイの上にまで到達した。おかけで私達はびしゃびしゃだ。フロントガラスを叩き割った弊害を、ここに来て被る事になるとは。
濡れた顔を三人で見合わせ、私達は何故か車の中で大笑いした。それが命の危機を打ち破った爽快感か、一難を退けてホッとしたからなのかは後になっても分からなかった。
アッシュは暫く車を走らせ、ハイウェイを降りた。そこから少し行った先の、大きなお屋敷の門の前で彼は車を停める。
「ここは何?」
「僕の家さ」
私が門を覗き込みながら言うと、いつの間にか割れたリアガラスから外へ滑り出ていたガベルが言った。
「えっ!? こんな大きな家に住んでるの!?」
「正確には父さんと母さんの家。でも二人共もういないから、今は僕と何人かのメイドさんとで暮らしてる」
彼は言いながらカマロの隣に来て、アッシュの方へ目を向けて言う。
「後、アッシュも」
「アッシュもここに?」
「ガレージを借りてるだけだ。掃除は自分でやったんだぜ?」
アッシュはぶっきらぼうに答えると、私に降りる様に手で促した。
「さぁ、降りた降りた。コイツを直さねぇと」
私は車から降りる。いつの間にか空いていた屋敷の門の中へ、アッシュは車を進めた。
「上がってく? コーヒー位なら出せるけど」
ガベルが言うのと同時に、ワンピースのポケットに入れた携帯端末が震えた。
「……ちょっと予定が出来たから、また今度」
その内容を見て、動揺を隠しながら言う。
「そう? 分かった」
ガベルは深く言及せず、門の中へ入って行く。私は彼の後ろ姿に手を振りながら、笑顔を取り繕うので必死だった。
私の前で、門が閉まる。私の腕は、もう彼等には届かない。
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