第3話・刺客

 科学技術が発達し、人々の暮らしが豊かになって行った半面、それを悪用した犯罪件数は加速度的に数を増した。機械式の四肢に仕込んだ武器で行われる強盗・殺人や、自動運転車両へのハッキング、手を変え品を変え、尽きぬアイディアで筋書きを描く特殊詐欺を行う連中は、超ハイテク社会になった今でも生き残っている。


 増えすぎた犯罪に、政府は遂に音を上げた。国家権力の警察機関ではとても手が足りぬと判断したのだ。


 その結果、生まれたのが賞金制度だ。犯罪者に賞金を懸け、その摘発を一般から公募する。賞金首として登録された犯罪者は、顔写真と共に身長、体重などのプロフィールをネット上に張り出され、二十四時間その身柄を捜索される事となる。


 現在、まだ警察機関に捕らえられていない犯罪者は全員がネットにプロフィールを張り出されている。窃盗から殺人を伴う凶悪犯罪まで、やったことの大きさは関係無しだ。


 そして近年、その賞金を稼ぐことを仕事としている者が現れ始めた。


 それが、賞金稼ぎだ。


 彼等の中には、賞金首と違わぬほどに粗暴な者も居ると聞く。実際、賞金に目がくらみ、周りの被害を考えずにドンパチを始める連中はかなり多いとか。


 目の前の二人も、恐らくそちら寄りの人種では無いのか、と私は思った。


「ふぅ~、食った食った」


 最後のステーキの皿を山の頂上に乗せ、アッシュは沈むようにしてソファの背もたれに身体を預けた。


「ホントに夕食の足しにしかならなかった」


 左腕の端末を起動し、表示させた食事の代金を見て目を丸くしながらガベルが言う。


「ほら言ったろ?」

「ほら言ったろ、じゃないよ」


 アッシュが何故か誇らしげに言ったのに対し、ガベルが溜息混じりに言った。


 二人を見ていると、どういう訳か私も溜息を付きたくなる。アッシュの側に重ねられたステーキの皿は、座っている彼の姿を覆い隠してしまえる程高く積み上げられていた。


 すぐ隣のガベルの前には、彼の胸元までの位置にしか積み上がっていない。誰が食費を圧迫しているのか、一目瞭然だった。


 それにしても、と私は思う。昔から、私は結構な量を食べる方だったはずだ。事実友人が食べきれない分を何度か貰ったこともあるし、「そんなに食べててよく太らないね」と褒めてるのか嫌味なのか分からない事を言われたことも少なくない。


 太らない体質はちょっとした自慢ではあったが。


 私の前にも、オムライスとハンバーグが乗っていた皿を積み上げ、その隣にはスープのお椀を置いている。これでも友人たちと比べればかなり食べる方なのに、アッシュの食べる量ときたら私の比ではないでは無いか。


 しかも、彼が食べていたのはほぼ肉料理ばっかりだ。それなのに、何故ああもスタイルが良いのか、甚だ疑問である。実はガベルの腕と同じように、彼は胃袋を機械化していて、それで腹の中に入って来た食べ物を砕いているのだろうか。


 私のそういった疑問に彼が気づいた様子は無く、アッシュはふらりと立ち上がると、店の奥の方へ向かった。


「何処行くの?」


 その背中にガベルの声が掛ける。


「トイレ。上から来たら下から出るだろ?」

「汚いな、食事をする場所だよ?」

「イイだろ別に。俺ら以外客居ねぇし」


 振り返る事も無く答えたアッシュが店の奥の扉を開け、その中へ消える。ガベルが前に向き直ってふぅと息を付いた時、私と丁度目が合った。


「……なに?」


 魔性の笑みを浮かべながらガベルが言ったので、私は思わず顔を逸らした。もしあの笑みを無意識で浮かべる事が出来るとすれば、それはなんと罪作りな事か。


「何か、変な人」


 私はトイレに消えて行ったアッシュの方に目を向けて言う。ガベルは目の保養になるが、薬の摂り過ぎは帰って目に毒だ。


「あぁ、アッシュ? 彼は何時もあんな感じ」

「いつも二人でいるの?」

「仕事をする時はね。彼は強いから」

「彼の事、信頼してるんだ」

「信用、かな? いざと言う時頼りになるのは自分だけさ」


 少し素っ気ない考え方に私が何も言えずにいると、彼はクスッと笑って言った。


「そう言われてるんだ、アッシュにね」

「彼が言ったの?」

「うん。彼と組むことになった時、初めにそう言われた。以来、事あるごとに言い聞かされてる」

「彼と組んだはいつ?」

「十二歳の頃かな」

「……待って、あなたが十二歳の頃って事?」

「そうだけど?」


 キョトンとした顔を私の方に向ける。その顔を見返して気づいたが、彼はアッシュよりずっと若く見える。


「……あなた何歳なの?」

「僕? 十七だけど?」

「年下!?」


 思わず声を上げてしまった私に、厨房に居たおばさんの視線が突き刺さった。何事かと目で訴えて来る彼女に頭を下げて誤り、声を落として言う。


「……ホントに?」

「嘘言ってどうするのさ」


 ガベルはあの罪作りな笑みを浮かべながら言う。十九でまだ親の庇護下に居る私と、危険地帯に自ら足を踏み入れる十七歳。まるでこの街の混沌を象徴するかの様な二人だった。


「……学校は?」

「行ってるよ? 学費は自分で稼いでる。この仕事でね」


 何という事だ、と私は思った。つまりそれは彼と毎日クラスで顔を合わせる事になるという事だ。勉学に支障をきたすと言ったレベルでは無い。


「ねぇ、さっきから気になってたんだけどさ」


 ガベルは私のすぐ隣に視線を移して言った。そこには、父から預かったアタッシュケースが置かれている。


「それ、なに?」

「あぁ、コレ? 確かお父さんが言ってたのは――」

「あなたが知る必要はありません。ミスターレッド」


 私を遮って別の人の声が響く。紳士的な声色だったが、その妙に堂々とした喋り方がカタギの人の物には聞こえなかった。


 ケースから視線を外し、ガベルが店の入り口の方を目を細めて睨みつける。私は顔を回し、恐る恐る声のした方を見た。


 執事。そこに立っていた男の人は、一目でそれとわかる恰好をしていた。燕尾服に白いシャツ、後ろに回した手には白い手袋をはめているのだろうか。


 彼の後ろから、スーツを着た男達が五人ほど店の中になだれ込んで来る。さっきアッシュとガベルにやられた奴等とは違い、両手で構えるタイプの長い銃を携えていた。


 男達は座席を囲み、私とガベルに銃口を突きつける。私は反射的に両手を上げたが、ガベルは姿勢すら変えず、意に介さない様子だ。


「最新鋭のサブマシンガンか。軍や政府機関にしか配備されて無いはずだけど?」

「特殊な縁がありまして、とだけ答えておきましょう」


 ガベルの問いに答えた執事がゆったりとした足取りで店の中を歩き、私達の座席の前で立ち止まった。両手は後ろ手に組まれたままだ。


「あんた誰?」


 ガベルは少し粗暴な感じを出して言ったようだが、その様も中々に魅力的に見えてしまった。こんな状況でどうしてこんなことを考えられるのか。呑気な自分が少し嫌になる。


「これは失敬。私、ハンス・シュタイアーと申します」


 執事の男、ハンスは組んだ手を放し、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をする。その姿勢の綺麗さと言ったら本物で、銃を持った連中を周りに囲っていなければ本当の執事に見えたかもしれない。


「さて、ミスターレッド。交渉と行きましょう」


 頭を上げ、彼はそう言った。ガベルは顔を傾げ、怪訝そうな表情でハンスを見返す。


「要求は単純。彼女を引き渡して頂きたい」


 私の方に視線を向けながら、ハンスは言う。交渉、と彼は言っているが、スーツの連中や語気の強さから見るに、断ったら実力行使に出る気満々だ。


「悪いけど、僕一人じゃ決められないよ」

「はて、どういう意味です? ミスターレッド?」

「さっきから僕の事を下の名前で呼んでるよね? だったら、何が言いたいかも分かるんじゃない?」


 ガベル・レッド。彼のフルネームはそんな所だろうか。 


「……えぇ、ある程度は」


 ハンスはテーブルの上に視線を巡らせ、それから店のトイレの方を向いて言った。


「なるほど、マクラーレン氏ですか」


 マクラーレンというのもアッシュの下の名前だろう。アッシュ・マクラーレン?


「アシュフォード・マクラーレン」


 私の思考を見透かしたように言ったので、私が思わずハンスの方へ目を向けると、彼の目はしっかりと私の方を向いていた。


 その瞳の黒さにゾッとする。まるで思考を読まれたようではないか。


「その通りです。さすがはインヴァース博士の娘だ」


 やっぱり!


 私はせめてもの抵抗のつもりでハンスから視線を外す。が、恐らく何の意味も無いのだろう。しかし、彼は何も言わなかった。興味が無くなったのだろうか。


「行け」


 彼がそう言うと、スーツの連中の二人が両手のサブマシンガンを構えながらトイレの方へ駆けていく。


「その目、ただの目じゃないね」


 ガベルがハンスを指差して言った。ハンスが少し嬉しそうにクスリと笑い、言う。


「御名答、視神経と脳の一部を機械に置き換えております。貴方の左腕と同じです」

「そうだね、握手でもする?」


 茶化した様子でガベルが言った。ハンスはそれに応じず、鼻を鳴らしただけだ。


「アッシュを捕まえるのかい?」

「いえ、先程と同じ質問をするだけです。貴方の様な子供には、少し重すぎる提案だったようですので」


 ハンスの嫌味を鼻で笑い飛ばし、ガベルは言う。


「子供扱いは勝手だけど、彼を舐めてると痛い目に合うよ?」

「ほう? それはそれは」

 

 右の眉をピクリと動かして、様子を伺う様にハンスが言った。


 顔を上げて前を向くと、トイレのドアを開いたスーツの男二人が首を傾げているのが見える。


「ボス! 中に誰も――」


 片方がハンスに向けて声を張り上げた瞬間、爆風と共にトイレが吹き飛んだ。ドアの前に立っていたスーツの二人は一瞬にして跡形も無く消え去り、砕けた瓦礫の粒がこちらにまで飛んで来る。


「わっ! 一体何事だい!?」


 厨房のおばさんが身を乗り出してトイレの方を覗き込む。ハンスや、彼の取り巻きも皆、目を見開いてそちらの方を向いていた。


 私と言えば、爆風に驚いて座席の上で頭を抱えて縮こまってしまう。


 ただ一人、ガベルだけはこの状況でも冷静だった。爆音を涼しい顔で受け流し、爆風に長い髪が揺れる。彼はチラリと私の方を向いて小さく笑みを浮かべると、自身の前に置かれていたナイフと、アッシュが肉を切るのに使っていたナイフをつかみ取り、敵へ向けて投げつけた。


 一投目は爆破に気をとられていたスーツの一人の胸元に突き刺さる。ハンスを狙った二投目は、寸前でガベルの動きに気づいた彼が左に飛びのいてかわす。しかし、その後ろで店の外を警戒していたもう一人のスーツの男の後ろ首に深々と突き刺さった。


 最後のスーツの男がトイレからガベルに視線を移し、サブマシンガンを構えなおす。


 ガベルの方が速かった。彼は伸ばした左腕を射出し、最後のスーツの顎を砕く。後ろに仰け反った彼が上へ向けてサブマシンガンを乱射し、蛍光灯が割れ飛んで天井が穴だらけになった。


「おのれ!」


 ハンスの声がした。その時、店の外がパッと明るくなった。外で聞き覚えのあるドロドロとしたエンジン音が響き渡っている。


「行くよ、お姉さん」


 ガベルが言うと、彼は左腕をグイとしならせ、私を腕から伸びたワイヤーで巻き付ける。鉄の義手が私の左肩に回され、その状態で体を持ち上げられた。


「わっ! わっ! ちょっと!」


 浮かぶ体の居心地の悪さに耐え切れず、私はみっともない声を上げる。その時、先程外で灯ったヘッドライトが店の中へ突っ込んでくるのが見えた。窓ガラスと外壁を突き破り、黒い車体が店内の座席を押しのけて私達のテーブルの前で止まる。


 轢き殺されかけたハンスは再び後ろへ転がって、難を逃れた。


「全く、無茶ばっかりするんだから」


 ガベルは言うと、突っ込んで来た車、アッシュいわく「カマロ」の右の扉を開いてその座席に乗り込む。ツードアの少し長いドア枠をくぐり、私は後ろの座席に放り込まれた。


「よう、無事だったか?」

「僕らはね」


 今起こした事故を気にも留めない様子で言ったアッシュに対し、ガベルはシートベルトを付けながら答える。何が無事なもんかと叫んでやりたかったが、その考えもカマロの野太いエンジン音にかき消された。


「さて、さっさと逃げるぞ!」


 アッシュは言い、車の床から伸びたレバーを操作する。その時、厨房の向こうに居たおばさんが包丁を振り上げながら身を乗り出すのが見えた。


「アンタ、店をどうしてくれんだい! それに今日の代金は!?」


 鬼の剣幕で言った彼女に対し、アッシュは悪い笑みを見せ、立ち上がって来たハンスを指差して言う。


「こいつ等にツケといてくれ」


 言うや否や、彼は車をものすごい勢いで後退させ、回したハンドルで車体の向きを百八十度回転させる。


 振れ回る車体に私の身体は転がされ、頭の位置が逆を向いた。


 またレバーを動かしてアクセルを踏み込み、タイヤに金切り声を上げさせながらカマロは発進する。滑るように道路に躍り出て、一直線に加速した。


 






 



 


 




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