第2話・賞金稼ぎ

 自分の部下の無能さに、心底腹が立つ。革張りの椅子に深く腰掛け、私は肘を付いて手の指を組んだ。


 平静を装うのは骨が折れる。


「ほう? 邪魔が入ったと?」

「さ、左様でございます!」


 私が言うと、目の前に跪いた無能がビクッと身を震わせて言葉を発した。ミーシャという名の娘を攫うために寄越した部下は十人近く居たはずだが、私の前に戻って来たのは二人だけだ。


 状況によっては、殺害も構わんと伝えたはずだった。念には念をという事で、私の右腕であるガイゼルを付けたはずだったが、奴とも連絡が取れなくなっている。あれは眉をひそめたくなるほどのブ男だったが、力も強く動きも速く、使える男だった。


「しかし、その邪魔というのも二人だったと聞いているが?」


 これは秘書から聞いた情報だ。私の言葉を聞き、無能は驚いた様子で顔を上げる。その目の色に怯えが見えた。私の言いたいことが分かったようだ。


「は、はい! その通りであります! 若いガキの二人組で、それで――」


 私はショルダーホルスターからヴィンテージのリボルバーを引き抜き、突然口を開いたもう一人の無能に向けて撃った。


 ハンマーを起こし、それから引き金を引く、というツーステップを踏まなければならない面倒な銃ではあるが、施された瀟洒しょうしゃなエングレーブが私に似合ういい銃だ。


 無能は頭蓋から血を吹き出し、仰向けに倒れた。無能の血が床に流れて出て、折角のカーペットが台無しになった。


 掃除が面倒だ。死んでもなお私の手を煩わせるのか。


「話の端を折らないでくれるかな? 今は彼と話しているんだ」


 銃をホルスターに戻しながら言う。私の側近が死体を運び出して行くのを、一人残された無能は歯を鳴らしながら見つめていた。


「それで? この失敗の落とし前はどうつけるつもりだ?」

「はい! それは、もちろん、しかるべき対応を」

「私は具体的な事を聞いてるんだよ。然るべき対応とは何だ?」


 少し詰めただけのつもりだったが、無能は言葉に詰まった。なるほど、何も考えていない証だ。


 私は思わずため息をついた。椅子からゆっくりと立ち上がり、左右を挟む様に控えていたボディーガードに目配せする。


 ボディーガードは頷いて返し、二人で無能の両腕をとった。


「あぁ、いえ! 私は――」

「もういい。これからの対処は私が取る」


 私は無能を睨みつけ、言ってやる。


「キミはクビだ」


 その言葉を聞いて煩わしく喚きたてる無能を見送り、私は窓の側へ移動した。そこから見える景色はいつ見てもいい景色だ。


 科学技術が進み、それまでネオンサインで彩られた看板は、軒並みホログラムのそれへと移り変わった。ビルに映し出されるビールのアニメーションも、空に浮かぶ浮遊艇から垂れ下がる垂れ幕の様に見えるそれも、全てがホログラムで映し出される映像だ。平面しか映すことのできないスクリーンなど、今はもう無用の長物でしかない。


 私が今居るこの場所は、ホログラムで彩られた街を高みから見下ろすことが出来る。ホログラムの下で広げられるかりそめの繁華も、欺瞞ぎまんに溢れた喧騒も、すべては私の下で行われるのだ。


「ワインを」


 私は窓の外を見下ろしながら、右手を横へ出した。何者かが私の手にワイングラスを握らせ、そこに赤ワインを注ぐ。一本五百万は下らない最高級の代物だ。


「スレイン様」


 右から私の名を呼ぶ者がいた。この声はハンス・シュタイアーか。彼の方を向くと、私に向け、頭を下げているのが見えた。


「ハンスか、どうした?」

「此度の不始末、誠に申し訳ございません」

「よい。お前が謝る道理はないだろう?」

「恐縮でございます。しかし、娘の回収部隊を指揮したのは私。つきましては、私自ら、先陣を切りたいと所望します」

「お前自ら? なるほど、その不届きもの二人はなかなか厄介な手練れと見える」

「左様にございます」


 私はワイングラスを揺らし、一口舐めた。爽やかな香りが鼻孔をくすぐっていく。


「そうか、少し気になって来た。その不届きものとやらは、何者だ?」

「はい、彼等の名は――」



 








 

 アッシュ、ガベル。彼等はお互いの事をそう呼び合っている。それ以外に分かったのは、二人はどうしようもない変人だったって事だけ。


「うわぁ……すっごい」


 私の前に積み上がっていく皿や鉄板の山に戦々恐々としながら、私は頼んだハンバーグにナイフを落とした。


「おばちゃん! 追加だ! ステーキ五人前!」

「こっちも、サーモンのソテーをお願い」


 声を張り上げて言った二人の方を見て、給仕のおばさんは顔をニッコニコに微笑ませながら「あいよ!」と言った。事実、二人が平らげた量を計算すると、一食分としては目が回りそうな程の金額になる。


「ま、まだ食べるの?」

「まだ全然足ンねぇ、後十枚は食えるかな」

「アッシュ、いくらなんでも食い過ぎだよ。後五皿で我慢して」

「チッ、足りる訳ねぇだろ」


 まだまだ食べる気のアッシュをガベルが窘める。いや、五皿でも十分多い気がする。


 どうしてこうなったんだろう、と私は思った。助けてくれたのはありがたいけど、何て言うかなぁ……。




「釈明は聞いてやる。 聞くだけだけどな」


 あの時、突然現れたアッシュは腰の二丁拳銃を両方とも引き抜きながらそう言った。隣のガベルは呆れたように力なく顔を横に振ったが、左手の刀を素早く引き抜いた後に見せた眼力の強さは、思わず尻込みをしてしまう程だった。


 ガベルは鞘を持った左手をスーツの連中の方に突き出す。瞬間、彼の左前腕から電流がほとばしり、黒い革手袋の下の機械の腕が露わになった。


「チッ、サイボーグか」


 ブ男が不機嫌に言い、私の上から離れた。相手を威嚇するように節々の関節を鳴らし、二人の方へ近寄る。


「だが、喧嘩を売る相手を――」


 ニヤニヤと笑いながら言ったブ男に対し、アッシュが先手必勝と言わんばかりに両手の拳銃をブッ放した。銃とは名ばかりの、砲声ともいえる銃声が路地裏に響き渡る。


 発射された弾丸は真っ直ぐにブ男へ飛翔する。しかし、着弾の瞬間、ブ男の周りにエネルギーバリアが出現し、弾丸をあらぬ方向へ弾き飛ばした。


「イイねぇ! 喧嘩っ早い奴は嫌いじゃねぇ!」


 嬉々とした声を発し、ブ男はその巨躯で二人の方へ突進する。まるで戦車だ。あんなのを食らえば、どちらかと言えば線の細い二人では一溜まりも無いだろう。


「危ない! 逃げて!」


 私はそう声を上げるので精一杯だった。しかし、アッシュの目がチラリと私の方を見ると、次にその目はガベルの方を向いた。ガベルがクスリと笑い、左手に持った鞘をハラリと放す。


 それが地面に落ちる瞬間、バシュッと圧縮された空気が噴き出すような音と共に、彼の左腕がブ男に向けて射出された。


「うおッ!」

 

 ブ男はそれを寸での所で避けた。弾丸よりは遥かに遅いガベルの左腕にはバリアは反応しないようだった。ブ男を追い越した左腕は私のすぐ側の壁に突き刺さる。コンクリート片と煙が私の周りに舞った。


 外したのだろうか。そう思ったその時、その左手から、モーターが回転し、ワイヤーを高速で巻き取るような、不快な高音が鳴り響く。その音に思わず耳を塞ぎ、つむった目を再び開いたときに見えたのは、私の目の前で刀を構えたガベルの姿だった。


「やぁ、お姉さん。ケガは無い?」


 ワイヤーで引き戻された彼の左腕が機械的な接続音と共に元の位置へ戻る。ふと、顔を逸らしてブ男の方を見ると、足が止まっているのが見えた。


 視線をガベルの方へ戻す。右手首を返し、切っ先が下を向く構えは、これから切る構えというより、どちらかと言うと切った後の構えの様な気がした。事実、彼の刀の先からは何者かの血液が滴っている。


 切ったのだろうか。あの一瞬で?


 私が目を丸くしたままその場から動けないでいると、その疑問の答え合わせをするかのように、アッシュが言った。


「おせぇんだよ、ノロマが」


 彼はブ男の身体を迂回する。すれ違い様、ブ男をヒョイと右手で押すと、逆袈裟に切り裂かれたブ男の身体が真っ二つになって、上半身が地面へ滑り落ちた。時間差で、力が抜けた下半身が膝から崩れ落ちる。


「ボ、ボサッとするな! 撃て! 撃て!」


 スーツの連中の内の一人が声を荒らげた。その直後、私とガベルの方へいくつもの銃口が向けられる。


 私は息を詰まらせ、自分の頭を抱え込んだ。


「チィ!」とガベルが舌を打ったかと思えば、彼は滑るような動きで連中の方へ向き直り、凄まじい速さで上下左右斜め、と縦横無尽に刀を振るった。一見闇雲に見えるその動きだが、刀が振るわれるたびに刃から火花が散っている。


 まさか、弾丸を叩き落としているのだろうか? 


 数秒で銃撃の嵐が止んだ。スーツの連中の弾が無くなったのだ。戦闘手段を失った連中は顔を青くし、震える手で拳銃に弾を込め直そうとする。


「全く、寄ってたかって情けないね」


 ガベルが言った。スーツの一人が再装填を終え、再び彼の方へ銃口を向ける。


「やれやれ、僕ばっかり見てていいのかい?」


 コロリと惚れ込んでしまいそうな、魅力的でどこか危険な笑みを浮かべながら、ガベルはその男に言った。


 その言葉を聞き、そのスーツの男が一瞬戸惑う様子を見せる。


 その一瞬を、もう一人の賞金稼ぎは見逃さなかった。金色の銃を握った左手がスーツの肩にかかり、男の身体を後ろへ回す。右手の赤い銃を男の下顎に付きつけ、アッシュが不気味に笑いながら言った。


「相変わらず人気者だなガベル、嫉妬しちゃうぜ」


 容赦なく銃の引き金を引く。スーツの男の脳髄が弾け飛び、弾丸の力学エネルギーに攫われるまま、頭から後ろへ吹き飛んだ。


 アッシュは、他の連中が驚いて眉を顰める隙すら与えず、左手の銃を右方向に居る敵へ向け、間髪入れず三発撃った。最初の一発は連中の一人の頭に直撃し、もう二発は近くに居たもう一人の胸へ飛び込む。


 脳髄が粉砕され、破裂した胸から血が噴き出した。


「クソッたれがァァ!」

 

 別のスーツの男が雄叫びを上げた。再装填を完了した拳銃を、怒りに任せてアッシュの方へ突き出し、闇雲に引き金を何度も引く。


 アッシュはチラリと男の方を向くと、冷静に膝を落とし、身を低くして射線から外れた。半狂乱でまともに狙いも付けずに撃発された弾丸は、一瞬前までアッシュの上半身があった所を撃ち抜くばかりで、一発も彼にダメージを与えていない。


 その態勢のまま、アッシュは下から掬い上げる様に右手の赤い銃をその男に向け、バスッバスッと素早く二発撃った。狙いも正確で、敵の頭と胸を的確に撃ち抜く。


 心臓と脳を失い、地面に倒れ込んでいく男の後ろに、また別の奴がいた。再装填も終えており、照準もしっかりとアッシュに合わせている。


 万事休すか、私がそう思った矢先、その男の腕から拳銃が消えた。否、消えたのは拳銃だけでなく、男の両腕の肘から先がスッパリと無くなっていた。


 切断された腕から血が流れ出る暇すら与えず、ガベルは刀を切り上げる。刃が右の腰から左の肩までを一閃し、一刀両断に切り裂いた。


 残る最後の一人が、二人とは少し離れた位置から私に銃を向ける。二人に勝てないと悟り、私だけでも道連れにしようとしたのだろうか。


 裏拳の要領で腕を外へ振りながら射出されたガベルの左腕に、その目論見は打ち砕かれた。弧を描いて飛んだ左腕は、さながら遠距離にも届く裏拳そのものであり、鉄製の手の甲がその男の拳銃を叩き飛ばす。


 バスバスッ、バスッ、バスッ、というリズムで撃発されたアッシュの追撃が、最後の一人の命を止めた。


 二人は首を回して周りの状況を確認すると、安全と判断したのか、それぞれの得物を懐に収めた。アッシュは拳銃を腰のホルスターに、ガベルは刀を鞘に戻す。

 

 鞘に戻した刀を背中へ回し、ガベルは右手で左腕を操作した。彼の義手は携帯デバイスの機能も持ち合わせている様で、そこからホログラムが投影される。


「アッシュ、見てよ」


 ガベルはそう言って、左腕から投影される映像をアッシュの方へ傾けた。


「この連中、殆どの奴らに賞金が掛かってたみたいだ。ほら」


 ホログラムの映像を指差し、ガベルは声を弾ませる。


「かなりの額だ。暫く仕事しなくて済むかも」


 アッシュはそれを聞き、鼻で笑った。


「全然。晩飯の足しにしかなんねぇよ」

「それは食べ過ぎだよ、どう考えても」

「腹減ってる時は食わねぇと。第一、今日はついさっき晩飯邪魔されて――」


 私は意を決して声を上げる。


「あの!」


 二人の顔がこちらを向いた。「助けてくれてありがとうございます」と声に出そうとした時、私の腹の虫が、二人にも聞こえる程の容赦ない音量で空腹を訴えた。


 思わず腹を押さえ、その場でしゃがみこむ。咄嗟に舌を向いたで見られていないはずだが、多分、そのときの私の顔は真っ赤になっていたはずだ。


「あー」


 アッシュの気だるげそうな声が、静かに響いた。私はゆっくりと顔を上げる。


「腹減ってんの?」

「……はい」

「んじゃ、丁度いいや。飯食いに行こうぜ」

「え?」


 突然の事に素っ頓狂な声を上げると、ガベルが呆れた様子で言った。


「アッシュ、僕たちはあんまりお金が――」

「イイだろ別に、どうせ一人増えるだけだ」

「だからって……はぁ、もうわかった。好きにしなよ」

 

 溜息混じりのうんざりした様子でガベルが言った。


「んじゃ、決まりだな」


 そういうと、アッシュは私の手を取って、ヒョイと立ち上がらせてくれた。ワンピースに着いた埃を叩き落とし、路地裏から抜ける通路へ向かいながら彼が言う。


「近くに行きつけの店がある。そこ行こうぜ」












 






 

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