第2話 マコトが……女の子!?

 脱衣所でバッタリと鉢合わせた悠とマコトはお互いに数秒見つめあったまま動けないままでいた。

「キャッ!!」

 沈黙を破ったマコトは女の子のような声で悲鳴を上げ、慌てて体を丸くして隠そうとする。その姿を見て悠も慌ててマコトをたしなめる。

「落ち着け、俺だよ、悠だよ」

「ゆーくん……? どうしているの?」

「それは……あの、マコトのことが……心配で……」

 言葉を出すのにしどろもどろになってしまう。悠も状況が飲み込めていないままだった。

 悠とマコトは幼馴染で付き合いもかなり長い。何度も一緒に風呂にも入ったことがある仲だ。だからこそ悠は知っている。マコトが間違いなくであることを。

 しかし、今目の前にいるマコトは男の象徴を失っている。その事実が悠の頭を混乱させていた。

「えっと、ごめんねゆーくん……ちょっと外に出てもらってもいい?」

 そう言ってマコトは悠の方を見つめる。

「す、すまん! すぐ出る!」

 裸のままのマコトを背に悠は脱衣所を後にし、しばらくの間その場で待つ。

「マコトって男だよな? うん、そうだ、間違いない。だとしたら見間違い? いやでもそんな見間違いするか? でもあれは……」

 そんな自問自答を繰り返していると、見慣れたかわいい部屋着に着替えたマコトが出てきた。

「あの……マコト……」

 悠は先ほど見たマコトの変化について聞こうとするが、マコトに遮られる。

「ゆーくん、見ちゃったよね……とりあえず私の部屋行こっか」

「あ、ああ」


 2人はマコトの部屋へと向かう。移動する2人の間には気まずい空気が漂い、お互いに言葉を交わすことはなかった。部屋の中に入り腰を下ろした後もしばらくの間沈黙が続き、緊張感に包まれる。

「あのね! ゆーくんに……言わなきゃいけないことがあるの……」

 重苦しい空気の中でマコトがゆっくりと話を始める。

「私、女の子になっちゃったみたいなの……」

 ———女の子になっちゃった。

 マコト本人から言われたことを受け入れるのに時間はあまりかからなかった。やはり悠が自身の目で見たものは現実だったのだ。

「女の子になった……って、どうしてなんだ?」

 一番初めに浮かんできた疑問をストレートにぶつける。マコトからの答えは思ったよりもシンプルなものだった。

「病気なんだって、TSシンドロームっていう。前触れなく発症するもので、性別が入れ替わっちゃうらしいんだ……」

 それを聞いて悠は呆然とする。性別が変化する病気なんて聞いたこともないし、何よりそれが幼馴染に起こったことが衝撃だった。悠や晴香たちが想像していた以上に事態は深刻な様子だ。

 しかし、マコトを心配する悠の姿を見て、マコトは慌てて笑顔で話を続ける。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ〜! 女の子になっちゃっただけで全然いつも通り元気だもん!」

 そう言ってマコトはジェスチャーで元気なことをアピールする。

「本当か? 無理してないか?」

「大丈夫だってば、ゆーくんったら心配性だな〜」

 そう話すマコトは微笑んでいる。空元気というわけでもなさそうだった。

「ならいいんだけど……そういえばマコトの性別が変わったこと知ってる人、他にいるのか?」

「お姉ちゃんたちには話したけど、家族以外で知ってるのはゆーくんだけだよ」

 そういってマコトは病院で聞いた話を説明し始める。悠はそれを聞き入るように身を乗り出していた。


「———ていうことらしいんだ〜」

 長い説明が終わり、マコトはホッと一息つく。マコトの説明からわかったTSシンドロームの概要はこのようなものだった。

 1.前触れなく発症し、元々の性別が逆転する。

 2.体調が悪くなったりなどの体への悪影響はない。

 3.発症確率は300万人に1人。

 そして4つ目———治療法は見つかっていない。

「元に戻らないかもしれないって、大丈夫なのか?」

 悠はマコトに恐る恐る聞いてみる。するとマコトは真剣な表情で少し考えた後にこう話した。

「うーん、私はこのままでもいいかなって思い始めてるんだ。かわいい格好してても変じゃなくなるし!」

 マコトは満面の笑みを悠に向けてウキウキしている。その様子を見て悠はなんだか安心した。

「そっか……マコトがいいならよかったよ。じゃあこのことはみんなに話すのか?」

「それは嫌!」

 マコトは声を張り上げる。あまりの勢いに悠は驚きを隠せなかった。

「あ……えっと……私、自分のこと男ってずっと言ってたし今更女の子です! って言われてもみんな混乱しちゃうと思うから。それにね! せっかく仲良くなったのに、いろいろ気を遣わせちゃうような気がするんだ……」

 そう言ってマコトは作り笑いを浮かべている。マコトなりに悩んでいたのだろう。状況が状況だけに悠から何かいいアドバイスが出せるわけもなかった。

「わかった。俺もこのことは誰にも言わない」

「ありがとう、ゆーくん」

 少しはにかんだ表情で感謝を伝えるマコトに悠は少しドキッとする。小さい頃から何度も見てきた表情のはずなのに、不思議な感覚だった。

「ああそうだ、学校来れそうなら来いよ。みんな心配してるぞ」

 悠は慌てて話題を逸らす。話し方には少し焦りも見えるようだった。

「晴香なんて毎日元気なくてさ〜、魂抜けたみたいになってるんだよ」

「ハルちゃんそんなふうになっちゃったんだ、なら早く学校行って元気づけなきゃだね!」

「ああ、またみんなで学校行こうな」

 2人はしばらくの間何気ない会話を楽しむ。なんてことないいつもの日常がこれほど楽しく感じるのも久しぶりだった。


「もうこんな時間か……それじゃ俺そろそろ帰るよ」

 気づけば辺りは暗くなり始めている。思ったよりも長い時間を過ごしているようだった。

「うん、またね」

 マコトは手を振って悠を見送る。そして悠がいなくなったことを確認するとマコトはベッドへとダイブし、枕に顔をうずめてジタバタする。

「んーーー! やっぱり言えないよーー!!」

 マコトは枕元に置いてある古ぼけたウサギのぬいぐるみを手に取り、それに向かって話しかけた。

「ゆーくんに女の子になれて本当は嬉しかったって言えなかったよ……。これでゆーくんが私のこと意識してくれるようになるんじゃないかなって思ってたのに、ずーっと心配してくれるばっかりなんだもん。やっぱり優しいよね」

 マコトはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて話を続ける。

「今までは男の子同士だったから私の気持ち伝えられなかったけど、今ゆーくんにずっと前から好きだよって伝えたらどうなっちゃうんだろう……」

 少しの間考えをまとめてみるが、スッキリとした答えは出てこなかった。

「多分、ゆーくんのこと困らせちゃうよね……だったらやっぱり、言わない方がいいのかな」

 マコトは自分の中に想いを秘めることに決め、今まで通りの日常を過ごそうとする。

 なんだか今日は1日がとても長く感じた。そんなことを考えながらベッドにいたからか、マコトはいつのまにかぐっすりと眠りについていた。

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