この青春はバラ色か!?
七咲キサラ
第1話 どうかな、制服似合ってる?
スズメの鳴き声が聞こえてくる平和な朝の時間。
「うぅ……苦しい……」
息苦しさに悶えながらも体を起こし、悠は自分に乗っかってきたものの正体を確認しようとすると声が聞こえてきた。
「あ! やっと起きたね、私ずーっと起こしてたんだよ? それなのに全然起きないんだもん、最後の手段で乗っかってみたんだ〜」
「ドアが開いたのと同時に乗っかってきた気がするんだが……それに、起こすならもうちょっと優しく起こしてくれないか? マコト」
「えへへ」
マコトはなんのことでしょうとしらを切るように笑ってごまかしている。
「で? マコトは俺の部屋に何しにきたんだ?」
モーニングコールを頼んだ覚えもないし、朝から何か約束をしていたわけでもない。身に覚えのないことで起こされたことに悠は疑問を抱きながらマコトに問いかける。
「だって今日は入学式だよ! 学校に行くのが楽しみだったからきたんだよ!」
入学式? その単語を聞いて悠はまだほんの少し残っていた眠気も吹っ飛ぶほどに焦る。今日から学校が始まるということをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「マコト、ファインプレーだ。起こしてくれてありがとう」
「でしょう? 私に感謝しなさい!」
マコトは得意げに胸を張ってアピールする。がしかし、悠はそんな様子はお構いなしに急いで準備を始めていた。
「もしかしてゆーくん……今日入学式って忘れてた……?」
慌ただしく部屋の中を行ったり来たりする悠の様子を見てマコトは心配そうにしている。それに対して悠は大丈夫だと答えた。
「じゃあ私ももうちょっと準備あるから帰るね、家の前で待ち合わせだよ!」
「ああ、マコトも遅れるなよ」
マコトはうなずき、手を振って部屋を出ていった。悠も急いで支度を済ませると、待ち合わせをしているマコトの家の前へと向かう。しかし、マコトはまだいなかった。
「マコトのやつ遅いな……。何やってるんだ?」
家の前で待つこと10分。呼び鈴を何度か鳴らすものの反応はない。悠がマコトに電話をかけようとした時、家のドアが開いた。
「ごめんね、ちょっと待たせちゃった」
マコトは桃色の髪をなびかせながら恥ずかしそうに微笑む。その姿はまるで満開の桜のような可愛らしさがあった。
「まったく、遅くなるなら連絡してくれよ」
「それよりもさぁ……どうかな、制服似合ってる?」
マコトはクルクルと回って悠に制服を見せる。地味だと思っていた学校指定のセーラー服とスカートは、マコトが着ると少し華やかに見えるような気がした。
「スカート、似合ってると思うよ。そんなことより早く駅に行くぞ」
「むぅ〜 かわいいって言ってほしいのに〜」
そそくさと目的地に向かう悠の横でマコトはむくれている。そんなことはお構いなしといったように悠は話を続ける。
「そういえば晴香から連絡来てないか? 駅で待ち合わせだけど結構時間経ってるから先に行ってるかもしれないし」
晴香とはもう1人の幼馴染である、
「連絡? きてないよ? ハルちゃん優しいからちょっとくらい遅れても怒らないって」
マコトはえへへといった様子で笑っている。遅刻に関して反省は全くしていないようだった。これには悠もやれやれと呆れるしかなかった。
しばらく歩くと3人が待ち合わせしている駅が見えてきた。駅の入り口に着くと、金髪のポニーテールを揺らしながら少女が駆け寄ってくる。
「あ! ハルちゃんお待たせ〜。遅くなってごめんね」
「全然いいよ! それよりマコちん、制服ちょーかわいいじゃん! めっちゃ似合ってる!」
「ハルちゃんも制服かわいいよ! なんかギャルって感じだね!」
ギャルという表現は今の晴香を最も的確に表しているかもしれない。金髪のふわりとしたポニーテールに少し着崩した制服、そして明るく元気な性格は女子高生を目一杯楽しんでいることがひしひしと伝わってくるようだ。
「ありがと、マコちんに褒められるの嬉しいなぁ」
仲良く写真を撮り合う2人の横では悠が少し疲れた表情でたたずんでいた。
「お前ら、いい加減行かないと電車乗り遅れるぞ。入学式初日から遅刻はやばいって」
「うるさいなぁ、今マコちんと撮影会してるんだから悠は邪魔しないで!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だってば、ゆーくんはせっかちだな〜」
「いいから! いくぞ!」
悠はマイペースすぎる2人を半ば強引に連れ出して電車へと乗り込み学校へと向かう。
「あ! クラス分けの張り紙されてるよ!」
「みんな同じクラスだといいね」
「だな」
3人は期待を膨らませながらクラス分けを確認する。結果は期待通りに3人とも同じクラスだった。
「よかった〜また3人一緒だぁ」
「やっぱり3人一緒じゃないとね、アタシも安心した〜」
マコトと晴香はお互いに手を取り合って喜び、悠もその様子を見てホッとする。しばらくした後、3人は教室へと向かった。
教室に着くと、すでにほとんどの生徒が来ているようで少し騒がしい。早速座席を確認する。マコトと晴香の2人は席が近くだったが、悠は2人と少し離れた席だった。悠が自分の席に着くと、前の席に座っていた人物に話しかけられた。
「君、入学式初日から遅刻ギリギリだね、寝坊でもした?」
「いや、寝坊とかじゃないんだけど……まあいろいろあったんだ」
「気になるなぁ。あ、俺は
「俺は星宮悠。よろしく」
前の席の兵藤に自己紹介と共に握手を交わす。
「それで星宮、いろいろって何があったんだよ?」
兵藤は好奇心に満ちた目で悠のことを見る。悠が今朝の出来事を説明しようとした時、入学式の案内を行う放送が流れた。
「あちゃーもうそんな時間だったか。入学式が終わったら教えてくれよ?」
「ああ、もちろん」
2人は軽く約束を交わして入学式が行われる体育館へと向かう。
入学式は特に何事もなく終わり、オリエンテーションを兼ねたホームルームが始まった。このホームルームさえ終われば今日の予定は全て終了だ。
「今日はこの辺で終わりな〜。来週の授業までにちゃんと準備しておくように」
ようやく話を聞くだけの退屈な時間から解放された。この時を待ってましたと言わんばかりに兵藤は悠の方に体を向けてきた。
「それで? 朝の話の続き聞かせてくれよ」
悠は今朝の遅刻ギリギリになった経緯を丁寧に説明する。それを聞いた兵藤は大爆笑した。
「はっはっは!! そりゃ災難だったなぁ、友達に振り回されたのか。ドンマイ!」
そう言ってグーサインを出し、悠を慰めているが兵藤は腹を抱えて笑い続けている。このまま笑い死ぬんじゃないかと思うくらいの勢いに少し心配しつつもしばらくの間2人が談笑していると、マコトと晴香がやってきた。
「ごめーん。悠おまたせ」
「ゆーくん帰ろ〜」
「ああ、じゃあな兵藤」
悠が席を立とうとした瞬間、何か大きな力で腕を引っ張られる感覚があった。悠の腕を引っ張った正体は目の色を変えた兵藤だった。
「待て星宮……この子たちは?」
「えっ……と……さっき話した俺の友達2人だけど……」
兵藤は鬼のような形相でこちらを見ている。悠は何かやばいと本能で感じとった。
「お前……俺は友達とは聞いたがこんなにかわいい女の子たちだとは聞いてないぞ!」
「こっちの金髪ポニテ女子! 一見ギャル感を出しているけれども表情から感じ取れる圧倒的お姉さん感!!」
「対して桃髪ストレートの妹系女子! ロングスカートと少しぶかぶかの制服が可愛らしさを引き立たせる最高の組み合わせ!!」
兵藤は何かを熱く語っている。その光景はなんというか、周りがドン引きするほどだった。
「急にどうしたんだ……?」
「どうしたじゃねぇ! 星宮……友達になってまだ数時間だが一発殴らせろ」
「何でだよ!?」
兵藤はすでに握り拳を作り、今にも悠に殴りかかろうとする勢いだ。もちろん悠も殴られまいと逃げ回る。その光景を見てマコトたちは思わず苦笑いする。
「もう、ゆーくんのこといじめちゃダメだよぉ」
「はーい♡ もちろん冗談ですよ〜」
マコトが兵藤をたしなめてくれたおかげで、悠は何とか助かった。
「で、あんた誰なの?」
晴香が少し困惑した様子で尋ねる。
「申し遅れました、わたくし兵藤司と申します。ぜひぜひ仲良くしてください」
「俺の時と明らかに態度が違くないか?」
朝の飄々とした態度からは想像ができないほどの丁寧な言い回しに悠は度肝を抜かれた。
「女の子に紳士的振る舞いをするのは当たり前だろう?」
常識だと言いたげな顔でこちらを見ている。その様子に悠は少し呆れていた。
「ところで2人の名前は?」
今度は2人が自己紹介をする。
「わたし早乙女マコト! よろしく〜」
「アタシは笹川晴香……まぁ、よろしくね」
元気なマコトと対照的に、晴香の方は若干兵頭の勢いにひいているようだった。
「それにしても星宮!! こんなにかわいい女の子2人に囲まれた学校生活を送ろうなんて許されないぞ!」
かわいい2人と言われたマコトと晴香は嬉しそうに顔を見合わせる。
「かわいい女の子2人? 何か勘違いしてるぞ?」
「はぁ〜〜、お前がかわいいとは思ってないって話なら受け付けないからな」
そう言って兵頭は悠に敵意を向けている。しかし、悠はそんなことは関係ないと言った様子で話を続ける。
「そうじゃなくて、マコトは男だぞ」
—————衝撃の事実に周りが静寂に包まれる。先ほどまで騒がしかった教室の中は世界が変わったかのようにシーンとなった。
「ん??? なんだって??」
かろうじて口を開いた兵頭もまだ事実を飲み込めない様子で、顔にはクエスチョンマークが描かれているように見える。このような状態になってしまうのも無理はない。マコトの姿は女の子そのものにしか見えないのだから。
「だから、マコトは男なの。どっからどう見ても女の子だけど、正真正銘立派な男の子なんだよ」
「ほ……本当ですか……」
兵藤はやはり信じられないといった様子で恐る恐るマコト本人に確認する。
「うん。私、男の子だよ」
マコトの口から直接事実を聞かされた兵藤は口をぱくぱくさせて動かなくなった。その様子を見て晴香は思わず苦笑いをする。
「やっぱり初めて聞くとこういう反応になっちゃうよね。でもしょうがないよ、マコちんはどんな女の子よりも可愛いんだから」
「まあしょうがないよな、スムーズに受け入れる人の方が少ないから大丈夫だよ」
そう言って2人は兵藤を励ます。ようやく放心状態から回復した兵藤が改めてマコトに質問する。
「えっと、つまりマコト君? それともマコトちゃんの方がいいのかな? は男の子として接するのと女の子として接するのどっちが正解なの?」
「うーん、どっちで接するっていうよりもお友達として接してほしいな」
マコトは屈託のない笑顔で兵藤の手をぎゅっと握りしめる。兵藤はプスプスと顔から煙が出るかのように顔を真っ赤にしてこう呟いた
「天使だ……」
兵藤が清々しい顔をして天を見上げる姿は見ている人たちに神聖な印象を与えた。それほどまでにマコトの対応は素晴らしいことだったのだろう。
「星宮、ありがとう。俺は素晴らしい高校生活が送れそうだよ」
「お、おう……よかったな?」
スッキリした表情の兵藤に見つめられて悠は困惑しながら適当な返しをする。まあマコトとも仲良くできそうだし大丈夫か。そんな安心感が悠にはあった。
「あ! やばいよマコちん、悠! そろそろ出ないと電車間に合わない!」
時計を見ると、電車がくるまで残り15分を切っていた。これ以上のおしゃべりは全力ダッシュコースになってしまう。3人は大慌てで帰る準備をする。
「悪い兵藤、また来週な」
「バイバイ兵藤くん」
「ほら2人とも! 急ぐよ!」
いそいそと教室を後にする3人に向かって兵藤は手をふって見送る。こうして高校生活の記念すべき初日が幕を閉じた。
入学式から約1ヶ月が経過し、クラスにも馴染み始めた頃、マコトは突然1週間ほど休みが続いた。体調不良という連絡だけが続き、悠や晴香が家に行っても「大丈夫だから心配しないで」の一言で追い返された。
「大丈夫かな、マコト君」
「流石に心配だよね」
兵藤と晴香が不安そうな顔で話す。ここ最近悠たちの間にはずっと暗い雰囲気が漂っていた。だが、今日はこの雰囲気を脱しようと悠が口を開く。
「俺、今日マコトに会ってくる」
「会えるのか? また追い返されるんじゃない?」
「大丈夫、もしもの時は強行突破するよ」
そう言って窓から侵入するプランもあることを説明する。それを聞いた2人は若干引いていたがまあそれしかないかと納得した。
「本当はアタシも行きたいけど……あんまりマコちんに迷惑かけたくないからな……」
「まかせろって、マコトにはちゃんと晴香が会いたがってるって伝えるから」
元気のない晴香を励まして悠はマコトに家に行くことを連絡する。
その日の放課後、悠は早速マコトの家に向かう。呼び鈴を鳴らすものの反応はない。
「やっぱりか」
朝のメールに対するマコトからの返信は変わらず「心配しないで」の一言だけだった。こうなったら最後の手段だ。悠は自室の窓からマコトの部屋へと侵入を試みる。小さい頃はこうやって窓からお互いの部屋を行き来したという懐かしい思い出がフラッシュバックしながらマコトの部屋に無事に入ることに成功する。
「窓の鍵はやっぱりかけてなかったか。今回は助かったけど不用心だなまったく」
部屋の中を軽く見回したがマコトの姿はなかった。どこかに出掛けているのだろうか、下の回に降りてみる。玄関にはマコトの靴だけが残っていた。やはりマコトは家の中にいる。
「どこにいるんだ? トイレか?」
トイレに向かおうとしたその時、風呂場の方から物音が聞こえてきた。
「なんだ、風呂に入ってたのか」
マコトに話を聞こうと風呂場に向かう。悠が脱衣所に入った瞬間、風呂場の扉が開き、悠とマコトはバッタリと鉢合わせる形になってしまった。
しかし、そこで悠は衝撃的なものを目にしてしまう。マコトの生まれたままの姿に違和感を感じる。胸が少し膨らみ、体のフォルムが全体的に少し丸みを帯びている。目線を少し下げると、男であれば必ずついているはずのものが見当たらない。
信じられない話ではあるが、1週間ぶりに会ったマコトは女の子になってしまっていたのだ。
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