第16話


意識が覚醒し、目が覚めると見覚えのある天井が目に映る。


体の激痛もすっかりなくなっていて、快適な目覚めだ。


酷い空腹感だ。


そう思いながら、体を起こしてみると自分のベッドである事が分かった。


それと同時に祐作達も寝ている。つまり今は夜と言う事か。


しかしお腹が空いたな……


ご飯は…………ないのか?


困った。ご飯がないという絶望を感じながら寝なければならないのか。


すると、どこからかいい匂いがする。


見渡すようにしてふと横を見てみると、そこにはおにぎりがあったのだ。


一瞬食べても良いのか悩んだが、この耐え難い空腹感に勝てるはずもなく直ぐに手をつける。


そのおにぎりはいつもと変わらないものであったが、今日は特別美味しく感じた。


おにぎりを食べたあとはそのまま眠り落ちてしまった。


翌朝になり、目覚めると祐作達が話しかけてくる。


「昨日お前が倒れたって聞いてびっくりしたぞ!」


「いやー、自分でもびっくりだよ。」


「まぁ無事で良かったよ。」


「たしかにな。正悟は今日の訓練出るのか?」


「多分出るよ。一応元気だしね。」


「マジかよ。大変だな。でも俺も早くそっちに行きたいなぁ。」


「祐作なら出来るよ!」


「まかせろ!ありがとうな!」


「こっちで待ってるよ。二人も頑張ってね!」


「ありがとう!」


「うん。」


それから朝食を摂り座学の授業。昼食のあとは訓練と変わり映えのない生活だ。


あの時体に激痛を感じてから一気に強くなったのを感じる。


魔力の出力が上がった感じだ。


未だ魔力を使う時に多少の違和感はあるけど、俺はあの五人の中でも一番強くなれた。


そんな生活をいつの間にか半年も続けていたらしく、前期課程が修了していた。


夏季休暇に入ったが、当然自由もなく自主トレをさせられる毎日だった。


出来ればゆかり村に帰りたいと思っていたがそれも無理そうだ。


ただ、座学などはなく自主トレのノルマさえ終わればあとは自由時間となる。


とは言っても俺にどこかに行くお金などあるはずもないので部屋で寝るか喋るかのどちらかとなる事が多い。


あと最近気付いたのだが、炊事洗濯やお風呂などの仕事をしているのは獣人とかエルフらしい。


忙しくて気づかなかったのか、それとも単に気づかれにくくしているのか。


この世界では獣人とかエルフとかドワーフ等はかなり嫌われている。


歴史的な背景が関係しているような気もするけど、何故ここまで嫌われるようになったのかは俺は詳しくは分からない。


一部地域では本当に酷い扱いを受けているらしく不思議に思う。


まぁ考えても答えは出ないのでなんとも言えないが。


流石に一ヶ月程も同じような生活をしていると飽きてくる。


それは皆も同じらしく口々に退屈だと言っていた。


休みの間は教官が見当たらない。


やっと長い休みが明けたかと思うと、教官からとんでもない事を言われる。


「夏季休暇の間に鈍っていないかのチェックを行う!全員!50kmのランニングだ!」


「はい!」


当然その一声に逆らえる者が居るはずもなく徹底的に絞り上げられる。


ただ、最初の頃と違ってかなり楽に終える事が出来たので慣れって恐ろしいなと思った。


その地獄?のトレーニングが終わるといつものようにあの五人が別の場所に集められる。


実に一ヶ月ぶりに会ったけど特段変化した所はなかった。


魔力の強化や刀術の基礎の訓練をしてたまに試合をする。


そんな退屈な毎日を送っていたある日の事だ。


いつも通り訓練を終えて帰ろうとしているところで聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「あなた弱いくせにいつまでここにいるつもりなのかしら?」


「も、申し訳ありません。」


この喋り方にこの声にこの言い草。間違いなく一之瀬だろう。


俺は非常にバレたくないので、なるべく気配を消すようにして物陰に隠れる。


「そんな体たらくで恥ずかしくないのかしら。どうなんですの?」


「…………………。」


「辞めてしまいなさいよ。そんな実力では武家の風上にも置けませんわ。」


「…………………。」


「何か言ったらどうなんですの?」


「申し訳ありません。」


「いつもいつもそんな言葉ばかり。もしかしてバカにしていらっしゃいます?」


「そ、そのようなつもりはありません。」


「その態度が気に食いませんわ。」


一之瀬がそう言った後、ボコッ!っと音がなる。


俺はこの音にも聞き覚えがある。あの時遥斗を殴った際に生じた音だ。


「貴方のような人間を相手にするのも疲れましたわ。ここら辺にしておきましょう。」


そう言って立ち去って行く音が聞こえる。


あまりに理不尽な言い草。それはあの時と少しも変わっていなかった。


俺は少しの間その場で待機していたが、それ以降音がする訳でもなく、これといった動きを感じられない。


いつまでもここにいる訳にはいかないので、意を決して物陰から出てみると、そこには人がいた。


「あ、……………どうも。」


目があってしまった。


「………見られちゃったかな?」


何か諦めたような、悲しいような、そんな表情をしていた。


「いや、えっと、まぁそうですね。」


流石に言葉に詰まる。気まずい。


「ははっ。恥ずかしい所を見られちゃったね。」


その人は俯いてしまった。


不味い……………。このままだとあの時のようになるかもしれない………。


「……………申し訳ありません。」


俺は即座に謝る。あの時のようになりたくない。


「いや、全然大丈夫だよ。いつも通りだからね。」


微笑みながらそんな事を言ってくる。


……………あれ?優しい……………?


「あ、そうなんですか。……実は私も彼女には面識がありまして…………。」


「そうなんだぁ。それは大変だったんだね。」


とても納得したような表情を見せてくれた。


まだ何も言っていないのにこうなるって事は相当なんだろうな。


「えぇ、まぁ、下手すれば生きていなかったかもしれませんね。」


「そんなに凄かったんだ?」


「私は庶民ですから。」


「あ、そうか。君は武家じゃないのか。」


「?」


「いやね、君の敬語があまりにも洗練されていたからさ。武家の人かと勘違いしちゃったよ。」


「あ、そういう事ですか。多分、あれですね。酷い目にあってから体が覚えたのかも知れません。」


「ふふっ。なにそれ。面白いね。」


「そうですかね?」


「うん。凄く面白い。」


「そうですかぁ?」


不思議な人だなぁ………今の面白かったか?


「こうやってまともに人と話すのも久しぶりだなぁ。」


「人と話してなかったんですか?」


「私は弱いから、無視されちゃうんだ。」


酷いな!?そんな理由だけでそうなるなんて……


「………武家の方達はそんなに酷いんですか?」


「んー、私が特別弱いからかなぁ。頑張ってるんだけど誰よりも弱いんだよねぇ。」


「あぁ、そういう…………。」


「ふふっ。こんな事言われても困っちゃうよね。ごめんね。」


「いやぁ、そんなことないですよ。」


優しいな。


「ありがとう。今日は久しぶりにこうやって話せて良かったよ。本当にありがとう。じゃあね!」


「あ、こちらこそありがとうございました!」


そうやって手を振って彼女は言ってしまった。


………あれ?そう言えばあの人の名前聞いてないや。


すごい感じの良い人だったな。お淑やかというかなんというか。


とにかくいい人に間違いなさそうなか感じだ。


武家の人達は皆酷い人達ばかりなのかと思っていたけど、そうでも無いらしい。


まぁ、武家の人達の中にも差別とかありそうな気がしてるけど。


怖いな、なんて考えながら俺は部屋に戻る。


明後日も明明後日も同じような生活を送って、三年生までは特にこれと言った変化というのはなかった。


翌日を除いて。

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