第8話

試合が始まろうかと言うそんな時に尿意が訪れてしまった。


なんてタイミングが悪いんだ…………だが、仕方ない。


漏らす訳にもしかないのでトイレに行くとしよう。


「ちょっとトイレに行ってくる。」


「さっきの休憩時間に行っておけよなぁ。早く行ってこい!」


全く呆れた、というような反応をされてしまった。


「うん。」


競技場の入口を出て、トイレを探す。


と、そこであることに気づく。


「あれ?トイレってどこだ?」


トイレの場所が分からない。


急いでいる時に見つからないこの焦り、皆さんに伝わるだろうか。


分からないものは仕方がないのでそこら辺の人に聞くとする。


「すいません。あの、トイレの場所を」


って、めっちゃ無視された……!?


それから通りすがりの何人かの人に話しかけるがまるで相手にしてくれない。


ここでも田舎者差別か………?酷い。てか、そんなに田舎感出てるのかな。


そんな状態が少しの間続き、完全に道が分からなくなってしまった時に、ある女の子を発見する。


「お父さん……………お母さん…………どこ…………?ぐすっ、怖いよぉ…………。」


迷子の子かな?あんなに怯えて可哀想な状態なのに誰も声をかけてあげようとしない。やはり冷たいな。


俺も尿意が限界に近づいて来て、非常にまずい状態になってしまっていたが、日本人としての名残なのか、ここで無視するのは良心の呵責に耐えられない。


「えっと……大丈夫?どうしたのかな……?」


なるべく、怖がられないように丁寧に腰を下げ、彼女に目を合わせるようにして声をかける。


ここで、叫ばれたら一巻の終わりである。


「ふぇ?えっと、あの、お父さんとお母さんが見つからないの………。」


涙目の女の子は困ったように泣きながら答えてくれた。


「そっか、それは困ったねぇ。お家がどこにあるかわかるかな?」


「わかんない………。」


「そっか…………。」


困ったな。このまま迷子の子を放って置くことも出来ないし、俺の尿意も我慢出来ないしなぁ。


いっその事、この子の両親を見つけて、トイレの場所を聞くか、借りるか、どっちかにしようかな。


「お兄さんも迷子だから、一緒に探す?」


「……………ぐすっ、うん。」


「分かった。じゃあここら辺で一回探してみようか。」


そうして、歩こうとすると、迷子の子が俺の手を握ってくる。


少し、びっくりしたけどそのままにしておく。誰かと手を繋いでいた方が安心出来るのだろう。


泣いている女の子の手を引いている男が一人。


怪しくないわけもないだろう。通って行く色んな人に不審な目で見られる。


この世界に来てから何回居心地の悪い場面になったのだろうと思いながら、歩く。


この子のお父さんとお母さんは全力で探していそうなものなのだが、それっぽい人を見かけることは無い。


何をしているのだろうか?


てか、やばい。も、漏れそう……。やばい。どうしよう。やばい。


なんでここにはトイレがないんだ!?絶対におかしい!


もう試合どこまで進んだのかなー?


一回戦はめちゃくちゃ早かったけど、二回戦はどうなってるんだろう。


当主?たちの戦いだから少しは長いのかな?


そんなことを考えながら道を曲がろうとすると、女の子が立ち止まった。


「?どうしたの?」


「知ってる……この道、知ってる!」


女の子の顔が明らかに明るくなった。間違いないなさそうだ。


「知ってるの?じゃあ道わかるのかな?」


「うん。」


女の子がこくりと頷いた。良かった。どうやら知ってる道まで来ることができたらしい。


「じゃあ、一人で大丈夫?」


「………………………。」


「一緒に行く?」


「…………………うん。」


「分かった。じゃあ行こっか。」


良かった。なんとかトイレが間に合いそうだ。


ここで別れたら俺の社会的地位が損なわれる所だった。


というか、元々ないような気もするけど。


そこから見たことない道を行く。


少し歩いたところに住宅街が見えて来た。一つずつ家を通り過ぎた所で、ある家の前で止まった。


「…………ここ。」


「そっか。帰って来れて良かったね。」


彼女の手を離そうとした、その時だ。


「まつりじゃない!……その人は誰なの!?」


「案内してくれたの。」


「案内…………?道に迷ったの?」


「うん。」


「あー、なるほどね。そういう事か!」


納得してくれた。不審者扱いされなくて良かった。このまま突き出されたらどうしようかと思っていた所だ。


「そこのー、えっと、お名前は?」


「正悟です。」


「あー、正悟さん!うちの娘がご迷惑をかけました!ありがとうございます!」


「いえいえ、見過ごせなかっただけですので。所で、今とてもトイレに行きたいのですが、お借り出来ないでしょうか?」


「全然大丈夫ですよ!是非使ってください!」


「ありがとうございます!」


っしゃあぁああああ!!!これでミッションコンプリートだぜ!


でも、試合が………………。まぁ、漏らすよりはマシや!


その後、無事に用を済ませた俺は挨拶をして家を離れた。


なんか、色々なものを貰いかけたが適当に理由をつけて流した。


しかし、あの人はこの世界での俺の母さんにそっくりだったな。………まぁいいか。


さて、そんな事を考えている俺は絶賛迷子である。


全く知らん土地で放置プレイ。周りに人がいなかったら不安で叫んでる所だった。


例に漏れず話しかけようとすると何故か無視される。


ここまで来るともはや嫌われてるとかそんな次元の話じゃない気がする。


あまりに冷たい。まるで南極だな。


そんな時の事だ。突然爆発音が鳴り響き、地震のように周りが揺れ始めた。その原因の中心からは煙が上がっている。


あまりに突然のことなので驚いたが、周りの人はそれほど焦っておらず、「御前試合だな。」と口々に言っていた。


「御前試合……?はっ!?あそこに行けばいいのか!」


幸いなことにまだ煙が上がっている。つまり、あそこに行けば会場に戻れるということだ。


そうと分かればあとは実行に移すだけだ。


全力でその場所に向かう。


しばらくはあまり見覚えのない光景が続くが、体感3〜4分は走った時だろうか。


何となく見覚えのある大通りに出た。


「きたわ」


思わず呟いてしまったが、誰にも気にされていないようなので自分も気にしないことにする。


完全に見覚えのある道に出ることが出来て、すぐそばに会場が見える。


どこまで進んでしまったのか分からないが、とりあえず少しでも見たいので入口から入る。


その時だ。


「大和流炎刀術 火災旋風」


あれは…………桜さんかな?が誰か分からないけどお爺さんに技を仕掛けていた。


その攻撃をいとも簡単に流したお爺さんはあまりにも流麗で力強く、また繊細かつ、豪胆な剣技で、見るもの全てを虜にするような、何の変哲もない斬撃で一刀のもとに相手を下した。


ハッキリ言ってその剣技を見る前までは、そうだな、あんなかっこいい技が使えるようになりたいとは思っていたが、誰みたいになりたいと言うのはなかった。


昔から刀は好きだし、使っている技がかっこいいし、罪の意識から学院に入って恩を返そうと思っていた。


それに、庶民が学院で頂点に立つ。そんなの漫画みたいでかっこいいじゃないか、と言う気持ちがなかったとは言えない。


その前までの試合を見ることは出来なかったけど、会場に入った瞬間に目に入ってきたその美しく完成された剣技に魅了されてしまった。


その時、初めて「憧れ」と言う感情を知った。


何となくではない。ハッキリと「自分もああなりたい」と思った瞬間だ。


前世でも巡り会うことのなかったこの気持ち。


打算とか、承認欲求とか、罪滅ぼしとか。そんなのを抜きにして前世でもなかった、自分が成りたいと思える目標。


その光景を目にしてから少し経ったけど、未だに心臓の鼓動がドクドクと感じられるほどに興奮している。


「遅かったなぁ、正悟。何してたんだ?」


父さんが話しかけてくる。それに反応する思考力が俺にはまだ戻っていなかった。


前世でもこれだけの衝撃に出会ったことは無い。


「正悟?」


「ん?あぁ、迷子の子を案内してた。」


「そういうことか。もう試合終わったぞ?」


「マジ?」


「マジ。」


やっぱり終わってしまったか。でも、最後にあの光景を見ることが出来て良かった。


なんて言うか、自分の中での指針?みたいなのが出来上がった気がする。


一つの土台が出来上がったというか、揺るぎない大樹のような根幹が出来上がったというか。


「正悟、なんかあったの?」


母さんが不思議そうに聞いてくる。


「?なんで?」


「なんて言うのかしら。さっきまでと違う?というか、曇りが晴れたような顔をしているわよ?」


「そうかな?」


「確かに。なんかいい事あったのか?」


「あったかもね。」


「なんだそれ。」


傍目から見ても変わったように見えるらしい。


てか、この人達はこの子を愛しているというのもあるのだろう。


それから閉会式があり、あのお爺さんが剣聖 橘 宗一郎であるということがわかったのは僥倖だった。


逆にそれ以外の事は全く覚えてない。


その後は馬車に乗って帰る訳だが、行きで感じたあの絶望感を感じることは無かった。


高いモチベーションを持っているためなのだろうか。今後の事を想像するだけで胸が高鳴る。

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