第5話

昨日の余韻もあるためか少し空気の悪い朝を迎えた。


「遂に御前試合の日が来たな!今日は楽しむぞ!」


「そうね、あなたずっと楽しみにしてたものね。」


そんな雰囲気をかき消すかのようにテンション高めの会話が展開されていく。


俺は複雑な気持ちになりながら朝食を食べている。正直、昨日の一之瀬って人には会いたくない。


でも、昨日の夕食時に居たってことは今日もいるってことだ。遥斗ってやつも可哀想である。


「これから試合会場に向かうので集まってください」


と放送がかけられる。その放送に従って外に出ると、とんでもない数の人がひしめいていた。


「これは凄いな。」


「そうだな。」


やはりと言うかなんと言うか、武家の方達が優先されていてさらに豪華な馬車である。


その事について文句を言う人は誰一人としていなかった。昨日の事もあるのだろう。


あんな事をされたら精神が狂ってしまう。


「あら、昨日の平民じゃないの。あれから反省したのかしら?」


背後から重たいプレッシャーと共に彼女が俺に問うてくる。


「は、い。申し、訳、ありま、せん、でし、た。」


言葉に詰まりながら答える。いや、詰まらせられている、と言うのが正しい表現だろうか。


「仕方ないですわね。許して差し上げますわ。」


その顔は全く許す気のなさそうな顔をしていた。俺は恐怖に駆られる。


「すみれ、もういいだろう。そのような平民など捨て置け。」


その時、彼女の父親と見られる人物が助けてくれた。いや、助けられたかどうかはさておき助かった。


「分かりましたわ。お父様。」


彼女が去ると今まで忘れていた呼吸をする。父さんも母さんも安心した顔をしている。


しかし、俺は何もしていないと言うのに、こんなことされてちゃたまらないや。


それから自分達の順番となり、試合会場に向かう馬車に乗る。


1週間乗った時と比べれば屁でもないような距離だったので良かった。


試合会場に着くと、沢山の人がいて、座る席へ案内されだ。結構見やすい位置だ。


全員が集まった頃に、司会者のような人が中央に立った。


「只今より、御前試合を始めます!選手の方達は中央へお集まりください。」


選手達が出てきた瞬間、大歓声が上がる。かなり騒々しい。


「では、第一回戦のオーダーを発表します!


八雲 桜(当主) 対 橘 凛(学院生)


橘 雷(らい) (当主) 対 八雲 美咲(学院生)


四条 楓 (当主) 対 宝生 一華 (学院生)


宝生 椿 (当主) 対 四条 華 (学院生)


このオーダーで勝ち抜き戦をして頂き、最後に残った方が現剣聖 橘 宗一郎様 と戦える権利を与えられます。」


………………全部同じ苗字だな。やはりどこの世界にも強豪と言うのはあるものなのか。


あぁ、前世を思い出して萎えてきた。


「なるほど、このオーダーなのか。楽しみだな。」


妙に納得した顔の父ちゃんが本当に楽しそうに頷いている。


「………そうだね。」


「?楽しみじゃないのか?」


どうやら俺の答えに少し引っかかったらしい。


「いや、めっちゃ楽しみだよ。だけど、同じ苗字が多いなって思って。」


「そりゃそうだろ。あの人達全員が大和国四大守護家様の関係者であらせられるんだから。ずっと彼ら以外の苗字を持つ者が御前試合に出たことは無いぞ。」


何を言っているんだ?という顔で説明される。


「あぁ、そういう。」


どうやらこの国でのやんごとなきお方達のようだ。ならば納得できないことも無い。


こういう世界ではある家柄のものが力を持っているというのはありがちなことだからな。


「そういうことだ。」


「では、選手の方達は互いに握手をしてください。」


なんか凄い、絵になる風景である。


「次に将軍 大和様からお話があります。」


「えー、紹介に預かった通り、将軍 大和だ。今回の御前試合は当主側、学院生側を含めて、歴代でも最強の世代であると称される程の者達の試合であると聞いている。


この会場は魔法にて擬似的ダメージを与える仕組みとなっており、選手自体が怪我をする訳ではないから是非とも全力で戦って貰いたい。


非常に楽しみにしている。以上だ。」


「ありがとうございました。」


万雷の拍手が鳴り響く。


しかし、歴代でも最強と称される人達の試合か。そう聞くとワクワクが止まらないな。


俺はどちらかと言うと、試合とか戦いは好きな方だ。空手部に所属していたぐらいだからな。


「俺たちは凄いものを見れるかもしれないぞ!歴代最強なんて言われるてるなんて………」


父ちゃんの顔は本当に楽しみに思ってそうで、まるで少年のような顔をしていた。


「楽しみね。」


そんな父ちゃんを微笑みながら母さんが見ている。


俺も相槌を打とうとすると、ふと、誰かに話しかけられだ。


「昨日、俺を助けてくれようとしたのあんただろ?」


「え?」


見ると、昨日ボコボコにされた遥斗君がたっている。あの時の傷は全くなく、完治したようだ。


「ああ、あの時は助けられなくてごめんね。」


俺は即座に謝る。出来れば助けたかった。


「いや、あの状況じゃ仕方ないさ。俺もやばいことやったって自覚はあるしな。」


そう言って笑いかけてくる。案外、いい性格なのかもしれない。


「遥斗君であってる?」


「あぁ、あってる。呼び捨てで構わないぞ。」


そこで、意外と仲良くなれるかもと思った矢先の事だ。父さんと母さんが厳しい言葉を浴びせた。


「申し訳ないが、遥斗君。家の息子に近寄らないでくれるかな?」


父ちゃんはかなり厳しい顔をしている。


「離れてちょうだい。貴方のような人と仲良くするのは見過ごせないわ。」


母さんもそれだけは許さない、そんな顔だ。


いきなりのストレートな拒否に俺は頭が真っ白になってしまい、直ぐに言い返すことが出来なかった。


彼は少し黙り込んだ後に答える。


「そうだよな。悪かった。」


そう答えた彼はその場を立ち去ってしまった。


「いきなりなんであんなこと言うの!?」


「彼は武家の方に目をつけられている可能性がある。そんな奴と仲良くするのはまずい。わかってくれ。」


母さんもうんうんと頷いている。随分と深刻そうな雰囲気を醸し出している。


「それにしたってあんな言い方はないでしょ!もっと優しく言うことだってできたはず!」


あの言い方はいくらなんでも酷すぎる。


「万が一でも仲良くされると困るから、ああいう風に言った。悪かったと思ってる。もちろん、彼が悪い性格ではないと思うさ。だが、武家に喧嘩を売ってしまったという事実は変わらない。」


俺は返答に詰まってしまう。父さんの言っていることは全くの正論である。


「……………………。」


その様子を見た父さんは少し居心地悪そうにしながら前を向いた。


母さんも何も言わずにじっと前を見ている。


結構楽しみにしていた御前試合は何度も居心地の悪い気持ちを味わったせいで見る気を失いかけてしまった。


誰が元凶であるのかを考えた時に真っ先に、あのすみれと言う人物が思い浮かんだ。


喧嘩を売ってしまった彼も悪かったが何もあそこまでする必要はなかったはずだ。


考えを巡らせると怒りがふつふつと湧いてくる。


だが、彼の二の舞になる訳にはいかないのでその怒りをそっと心の奥にしまい込んだ。


舞台では既に御前試合が始まろうとしており、それに集中することにした。

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