第4話

よく分からないこの世界に来てから一週間と少し経った。あまりの怒涛の展開すぎて現実感がない。


今は部屋の中でゆっくりとしている訳だが、この高級感に落ち着かない。


俺だけだと思っていたが、どうやらそういう訳でも無さそうだ。父さんも母さんもソワソワしている。


「なんか、あれだな、落ち着かないな。」


周囲をキョロキョロしながら父ちゃんが言う。


「え、えぇ、そうね。」


母さんもキョロキョロしている。傍から見たら変人だろう。だが、そうする気持ちも分かる。


「それな。」


「………それな?それなってなんだ?」


…………はっ!?しまった!いつもの癖で答えてしまった。


「ん?あぁ、何となく言ってみた。」


「………?そうか。」


「よく分からないわね。」


危ない危ない。


まだ慣れきっていないためボロが出そうになってしまう。


それからは特にすることもないので温泉に入ることにする。


この旅館の温泉は現代的な感覚でみても一級品である。


広々とした空間に湯気を立ち上らせている温泉は素晴らしいものだ。


「いやー、この温泉は素晴らしいな。」


父ちゃんはお風呂に入りながらリラックスしている。


「家に作らないの?」


「何言ってんだお前?作れるわけないだろう。」


「まぁだよねぇ。」


やはりこういうのは贅沢な代物らしい。


「明日の御前試合楽しみだなぁ。」


温泉の縁に頭を乗せ、顔を上にしながら父ちゃんが呟く。


「誰が出るの?」


御前試合とは聞いていたが、選手が誰なのかは全く知らない。


「んー、当主のお方達と学院生かなぁ。」


相変わらずかなりリラックスした状態で父ちゃんが答えてくれた。


「そうなんだ。」


一応、返事はしたものの全く分からない。


学院?当主?なんかよく分かんない単語だな。


もう既に記憶がぼんやりとしてきていて、前の記憶がほとんど思い出せない。


「あぁ、明日の御前試合は凄いものになると思うぞぉ?」


凄いものってどれほどなのだろうか。気になる。


それからは他愛もない会話を続けた。


しかし、やはり温泉は素晴らしいな。日本人として興奮せざるを得ない。めちゃくちゃ気持ちよかった。


それから部屋に戻ると母さんも戻ってきていた。


「あんた達長すぎよ。なんか説明があるらしいから早く行くわよ。」


やれやれと言った感じで呆れている。


「ごめんごめん。分かった。」


それから説明会場へと向かう。


説明会場に着くと沢山の人達がいた。


庶民も沢山いる訳だが、その中でも一際存在感を放っている人達がいる。


武家と呼ばれるもの達らしい。父ちゃんに聞いたら驚かれた。


「これより御前試合の説明を始めます。皆さんよく聞いてください。明日の御前試合は午前九時から開始します。


それに合わせて行動してください。皆さんもご存知かと思いますが御前試合は当主の方々と学院生の間で行われます。道中でお会いした際には失礼のないようにお願いします。


基本的に魔法障壁にて守られているため怪我人が出ることは無いと思いますが、万が一という場合もございますのでその時は冷静な対応をお願いします。


大まかなことは以上ですが何か質問はありますか?」


…………………魔法?今、魔法って言った!?この世界に魔法が存在しているということ!?


やべぇ、オラワクワクしてきたぞ。まじかよ!


魔法があると言うことは、ここは異世界?そんな事が有り得るのか?


まだ確定という訳では無いが、その可能性が大いに有り得てきたというのは中々に興奮するな。


「特に質問は無い、と言うことでよろしいですね?

では、説明を終わりにします。この後は夕食をお楽しみください。」


その後はめちゃくちゃ広い大広間で夕食になった。


縦長のテーブルが沢山あり、その上に豪華な食事が用意されている。


そこで観戦者みんなでご飯を食べている訳だが、特に威圧感を放っている人達が重い空気を作っているため、非常に居心地の悪い場所となっている。


そんな空気感に耐えかねたのか、まだ世間知らずの正悟とちょうど同じくらいの歳に見える気の強い青年がその重い空気を作っている人達に怒鳴ってしまった。


「おい!お前ら!武家だかなんだか知らないが、巫山戯んじゃねえ!」


かなりの剣幕で怒鳴っている。


「………?それはわたくし達に言っておりまして?」


対して、怒鳴られた側の女の人はキョトンとした感じで聞き返していた。


「そうに決まってんだろ!偉いからってなんでも許されると思うなよ!」


畳み掛けるように叫んでいる。


「わたくしの名前は 一之瀬 すみれ と申します。この意味がお分かりで?」


呆れたような顔をしながら彼に問うている。


「だからなんだよ!」


そんな彼は今にも掴みかかりそうな程に顔を真っ赤にして怒っている。


「今なら許して差し上げてもよろしいんですよ?」


まるで慈母のような笑みを浮かべながら彼に話しかけている。


「はぁ?お前らが謝れよ!」


その瞬間、彼女の姿が消えた。比喩表現などではなく本当に消えたのだ。


次に認識した時には彼は床に伏せられていた。


何があった!?瞬間移動か!?


「ってぇ………………何しやがる!離しやがれ!」


彼は綺麗に伏せられていた。


「ここまでされてもまだ分かりませんの?」


彼女がそう言った瞬間、ボキっ!と音が鳴る。


「ああああああああぁぁぁ!!!!!痛い!、、痛い!!、、」


彼の顔が苦痛に歪む。


「なんて言いましたの?」


彼女はあくまで笑顔を崩さずに問う。


「も、申し訳ありません!一之瀬様!このバカ息子は世間知らずでして、どうかお許しください!」


「ど、どうかお許しください!このバカ息子を許してください!」


呆気に取られていた両親は全力で謝っている。


「親父まで!こんなやつに」


彼は骨を折られても、まだ反抗していた。


「遥斗!お前は黙ってろ!」


「も、申し訳ありません!」


彼の両親は平身低頭、全身全霊で土下座をしている。


「そうそう、そうですわ。平民なら、そうやって許しを乞うのが当たり前の態度でなくて?」


優しそうな笑みを浮かべている。今の彼にはそれが悪魔のように映っている。


「……………………。」


彼は不貞腐れたような顔をして無視を決め込んでいた。


「最後通告ですわ。何か言うことはありませんの?」


彼女の顔が少し歪む。


「…………そんなもんねぇよ。」


そう彼が答えた瞬間の事だった。


「ボキっ!」


彼女は迷いなく彼のもう片方の腕を折った。

 

「ぎゃああああああああああああぁぁぁ!!!!痛い、、!いたい!」


あまりに悲痛な叫び。周囲の人たちはその光景に顔を歪めながらも、彼を助けることはしない。


「ボコっ!」


躊躇なく殴る。


「がはっ!、!、」


その後も彼を殴り続けている。彼は既に意識を失いかけていて、酷い出血である。


ひ、酷い……。こんな事して大丈夫なのか?


それが十分は続いたであろうか。彼は心が折れたようだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許してください。うああああああああああぁぁぁ!!痛い!!、、、痛いよ!、、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」


今更になって謝罪の言葉を述べ始めていた。


「え?聞こえませんわ?なんですって?」


そんな彼の言葉をまるで聞いていないかのように彼女は聞き返す。


「も、もうし、わけ、ありま、」


「ボキっ!」


「ぎゃああああああああああああぁぁああ、、、…………」


彼は気絶してしまった。腕二本に足を折られて気絶しない方がおかしい。逆によくそこまで耐えたものである。


流石に酷すぎると思ったので、俺は止めに入ろうとする。すると、父さんから強く引き止められる。


引き離そうとしても出来ない。


「ダメだ。自業自得だ。無視するぞ。」


父ちゃんの顔はかなり険しい。


「そんな、酷すぎるじゃないか。」


だが、納得出来ないため反論する。


「お前もああなりたいのか?」


ゆっくりと冷静に聞いてくる。


「でも、」


「正悟。」


「………わかったよ。」


父さんの目は何かを我慢しているような、そんな顔をしていて凄みを感じる。


母さんは恐怖のあまり肩を震わせながら怯えている。


その間に彼は水をかけられて強制的に起こされる。


「遥斗とやら。何か言うことはなくて?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


彼は頭を床に押し付けられて謝り続けていた。

 

「それで何をやめて欲しいのかしら?」


「許してください、許してください、許してください。」


そう問われるも、既に意識はどこかへと行ってしまっている彼は謝る事を辞めない。

 

「ボキっ!」


そんな彼の骨を躊躇なく折る。


「うあああああああああああぁぁぁ!!!!、、、!、、」


「何を許して欲しいんですの?」


彼女はもう殺してもいいと思っている。それもそのはずだ。この世界において苗字がある、と言うことは上位階級の中でも上位であることを示す証拠となる。


そんな人物が庶民一人殺した所で罪に問われることなどない。


誰もが彼の命を諦めていたその時、助けの船がだされだ。


「すみれ。もう許してやれ。」


何かを我慢したかのような彼が一之瀬にストップをかける。


「あら、京極さんじゃない。代表になれなかった癖によく言いますわね。」


彼女の顔は侮蔑に塗れた顔だった。


「すみれ。許してやれ。」


彼はそんな顔をされても全く動揺せずに言葉を繰り返す。


「……仕方ありませんわね。許して差し上げますわ。」


やがて、そんな彼に動かされたのか、今まで下敷きにしていたゴミをどかすかのように蹴って、両親の元へ戻した。


「……………………。」


「お礼の言葉もないんですの?」


「あ、あ、ありがとう、ござい、ます………。」


これが武家と庶民の違い。もし、ここで正悟が彼を助けていようとすれば間違いなく彼は殺されていただろう。


「全く。わたくし達はあなた方のような平民と食べたくもない物を一緒に食べているというのに。なんて失礼なやつなのでしょう。ねぇ、そこのあなた、あなたもそう思わない?」


そう言って彼女が話しかけたのは正悟である。


「え、あ、はい。」


あまりに急に話しかけられたので、適当な返事になってしまった。


「あなたも途中わたくしの邪魔をしようとしていたみたいですけど、賢明な判断ですわね。父親に感謝なさい。」


「……………分かりました。」


少し会話するだけでも分かるこの威圧感。冷や汗が止まらない。こんな人物によく喧嘩を売れたものだ、あの遥斗という人は。


あれだけ感情を昂らせているように見せて周りをしっかりと見ている。それだけで彼女がこの中では秀でている存在であると分かる。


体中がボロボロになっている彼は旅館の医務室に連れていかれていた。


一番驚いたのはあのくらいなら魔法があるので直ぐに治るらしい。


間違いなく魔法がある。そんな世界に俺は転生?転移?したようだ。


最も、精神はどうしようもないのでどうなるかは彼次第だが。


その後の空気が改善されるはずもなく、さらに重たい空気となってしまった。


周りの人達全員の顔が恐怖に染まっている。


俺は食べ終わったが、武家の人達より先に出るとまずい気がしたのでずっと待っている。


そうすると、帰り際に「賢明な判断ですわね。」と耳元で囁かれる。


初めて背筋が凍ると言う意味がわかった気がした。


部屋に戻ってもそのお通夜のような空気は続いていた。


「危なかったな、正悟。お前が生きていて良かったよ。」


「………そうだね。」


あの時父ちゃんが止めてくれなければどうなっていたか。


想像したくもない。


「……もうこの話はやめましょう。もう寝ましょう。」


「……そうだね。」


俺は布団に入る。


酷く疲れた一日であったためか今日は昨日よりも深く眠る事が出来た。

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