第3話

「……ぉきろ!起きろ!正悟!」


「………う、ん?」


「う、ん?じゃねぇよ。起きたら早く畑に来い!」


畑………?なんのことだ?てか誰だこの人?


「………誰ですか?」


見たことない顔だ。


「は?」


そんな男は俺を不思議そうな目で見つめている。


「………え?」


「何言ってんだ、お前?」


「えっと…………?」


状況がよく分からず、混乱する。


とにかく俺は立ち上がろう思い、立ち上がると同時に頭に激しい激痛が走る。


「っつ!?」


今までに感じたことの無い類の頭痛だ。だが、耐えられない程じゃない。


「おいおいおい、どうした!?大丈夫か!?」


知らない男の人が俺をささえてくれる。その瞬間、奇妙な記憶が頭の中を駆け巡った。


これは………誰かの記憶だろうか?


見たことの無い景色や見覚えの無い人達。そんな記憶が激しい頭痛を伴って脳裏をよぎる。


「大丈夫、です。」


「さっきから本当にどうした?いきなり気持ち悪い喋り方して。」


気持ち悪い喋り方?


これが気持ち悪いという事は敬語よりもタメ口の方がいいのか?


「え、あ、いやぁ、なんでもない、よ?」


「………?」


かなり訝しんでいるようだ。


そんな事を考えながら記憶に頭を巡らす。


そうすると目の前に立っている人物に該当しそうな記憶があることに気づいた。


自分視点で父ちゃんと呼んでいる場面だ。


つまり、この記憶の中では自分の父親ということになる。


そして敬語ではなく、タメ口だ。


でも、俺はこの人と喋った覚えはない。


どういうことなんだ?


まるで二つの記憶が同時に存在しているような、そんな強い違和感を感じる。


「お前、大丈夫なのかよ?明日から大和に向かうんだぞ?」


かなり心配している顔で聞いてくる。


「大和?」


大和って…………?


なんか思い出せそうで思い出せない。なんだったか。


「えっと、何するんだっけ?」


「は!?御前試合の観戦だぞ!?忘れたのか!?あれだけ楽しみにしてたのに!?」


御前試合の観戦………………?


…………あ!何となく思い出したかも!なんかの試合を楽しみにしていた気がする。


「いや、覚えてるよ。」


「ほんとかよ?………まぁいい。とりあえず今日の畑仕事を終わらせるぞ。」


不思議そうな顔をしながら作業に戻って行った。その後をついて行く。


「分かった。」


今はなんとなしに答えたけど、畑仕事ってどういうことだ?まるで俺が知ってる事ではない。


てか、畑仕事なんてやった事もない。意味が分からなすぎる。


その後は何故かやり方がわかるので、何とか着いて行くことが出来た。


しかし、細々とした作業になるとどうしても思い出せず、「何やってだお前!」とか、「巫山戯てんのか!」と怒鳴られ続けてしまった。


終わる頃には体が慣れ始めたため怒鳴られることは少なくなった。


夜ご飯を食べていると、やはり今日の話題が上がる。


「今日の正悟はなんか変だったな。大丈夫なのか?」


疑うのも当たり前だろう。明らかにいつもと違うたまろうからな。


「大丈夫だよ。少し体調が悪かっただけ。」


何とか誤魔化すように答える。


「私はあんまり分からないけど、本当に大丈夫なの?あんまり無理しないでね。」


優しい。


「うん、わかってるよ。」


「いきなりお前が気持ち悪い喋り方し始めた時は父ちゃん驚きすぎて漏らす所だったぞ?」


そんなにびっくりしていたのか。傍目からだと分からないな。


「なんか記憶が混濁してたんだよね。」


「まぁでも、今は普通だから大丈夫なのか?お前が倒れた時は死ぬほど焦ったぞ。」


「そんなことがあったの!?聞いてないわ!」


母さんの顔色がいきなり変わる。その変化は凄まじいものだった。


「あぁ、お前が心配すると思って言ってなかった。」


確かに、今のでこうということは言わなくて正解だろう。


今は家族?で食卓を囲んでいる訳だが、皆が思っているようなご飯ではない。


白米ではなく雑穀のようなもので、ハッキリ言って美味しくない。


白米に慣れてしまっている現代人の俺からすると不味すぎて食えたもんじゃない。


おかずもあんまりなく、というかなく、肉や魚ですらない。お漬物だけだ。


「明日は朝早くから迎えの馬車が来るから、早く寝るぞ。」


明日なのか。早いな。


「そうね。」


お父さんとお母さんが眠りについたので、俺は横になって考える。


明らかにこの生活は以前のものでは無い。


粗末な家に食生活や文明レベルを鑑みると江戸時代くらいの気がする。


それでも少し言い過ぎなくらいなのか?


でも、江戸時代くらいの庶民は漬物やお茶漬けを食べていたと聞いたことがある。


お茶漬けとは言っても俺たちが思い浮かべるようなものでは無い。


本当にお茶をかけただけのご飯だ。


そう考えてると、俺は江戸時代にタイムスリップしたのか?それともこれは夢?


いや、そもそもそう考えている時点で夢ではないのか?


我思う、故に我あり的な。


考えるのはいいけど答えがないからどうしようもない。


答えがないのに分からない問題を解いている時くらい無駄な時間を過ごしている気がする。


死ぬほど環境の悪い布団だけど、寝るとしますか。


その日はあまり快適に眠ることができなかった。


翌日になり、早起き出来ず叩き起された。無事、寝不足である。当たり前だ。あんな布団で寝られるはずがない。


「ったく。だから早く寝ろって言ったのに。早く飯食え。」


「………うん。」


布団の環境が悪くて寝れなかったなんて言えない。


俺は急いでご飯を食べる。量は少ないので直ぐに食べ終わった。


昨日から完全にご飯の量が足りていないはずなのにお腹が空かないのが不思議だ。


その時、外から声がかけられる。


「御前試合の観戦者に選ばれた方はこの馬車に乗ってくださーい!」


「ほら、もう来た!早く行くぞ!」


「分かったわよ。」


「分かったよ。」


こころなしかお父さんのテンションが上がっている気がする。


いや、気のせいではないのだろう。隠しているようだが、興奮しているのが丸わかりである。


犬だったら間違いなく尻尾を振ってるな。


馬車に乗るのは初めての経験であるため少しだけ楽しみにしていたのだが、乗ってみると振動は痛いわ、硬くて疲れるわでいい事が何も無い。


そんな事を思っていた矢先に「これから一週間後かぁ。楽しみだなぁ。」と父ちゃんが呟いた時の絶望感は果てしないものであるのをわかって欲しい。


そんな絶望を抱いている道中は特になにもなかった。山賊が現れたりとかもせず、平和そのものである。


てか、普通の人はこれに耐えられるのか?なんて強靭な肉体なんだ。信じられない。


その道中では途中休憩があったけど、それ以外は常に進み続けている。


少し思ったが、この馬車が無料で使えるって相当この国の財政は潤っているように思える。なかなか凄いことな気がするのだ。


流石に快適さの欠けらも無いが。


俺は歴史は好きだが、御前試合のために馬車が村に来ていたという歴史的事実があったという話は聞いたことがない。


というより、御前試合自体が一般に公開されていると言う話すら聞いたことがない。


と、すると江戸時代の日本であると言う考えは少しおかしな話に思えてくる。


もしかしたら後世に伝わっていないだけでそんな事があったのかもしれない。


そう思うと興奮してくる。今は失われてしまった過去の記録。興奮しないわけがない。


そんな事を考えていると、思ったより時の進みが早いらしい。夜になっていた。


考えに夢中になりすぎたようだ。


夜の焚き火は風情があり、とても素晴らしいものであった。テンションが上がる。


それにストレスも緩和されていくような、なんとも言えない恍惚とした感覚が体を支配する。


キャンプで夜中に気の置けない仲間と一緒に少ない明かりを照らしながら過ごしているような、そんな感じだ。


二日目からの道のりは正に地獄そのものといった感じである。


考えることも無くなり、無心で乗っていると、時の流れが酷く遅く感じ、疲れが抜けきっていないため体中の痛みにも耐えなければならない。


たまにその新鮮な風景に目を取られるが、それも長くは続かない。


本当に時の進みが遅く感じる。拷問である。


それから何とか一週間耐えきった俺は、「大和」という場所に到着することが出来た。もう一生乗りたくない代物である。


帰りを考えると憂鬱な気分になる。あぁ、鬱になりそう。


しかし、嫌なことばかりではない。大和は俺が居た場所と違ってとても栄えている。


正に俺たちが想像するような江戸の風景を彷彿とさせる。


ただ、少しだけ発展している建物がチラホラと点在してはいるが。


それもかなり現代風だ。


それに、来ている服も、着流しを着ていたり、洋服のようなものを着ていたりで、その文化は江戸時代より少し先の和洋が混在していた時の風景を思わせる。


そんな風景を見た俺の第一声は


「すげぇ…………。」


である。言葉を失ってしまった。


「大和は凄えよなぁ。俺たちの村と違って賑やかだしなぁ。」


父ちゃんが頷いて同意してくれる。


「早く宿に行きましょう!」


どうやら今は母さんの方がテンション上がっているようだ。まるで人の話を聞いていない感じがする。


「では、案内致します。」


降ろされた所にいた女性が俺たちを案内してくれるらしい。

 

めっちゃ美人な人である。


さらに驚いたことに、この旅にかかる全ての費用は国持ちで、宿も用意されている。それもかなりの人数の。


やはり、この国はとんでもない国な気がする。


見た感じ五百人はいるであろう人達の費用全て負担は考えただけで鳥肌が立つ。


その女性について行き、案内された宿は正に一級品と言う言葉が相応しい場所だ。


現代の基準に照らし合わせても、高級旅館と言って差し支えない場所である。


「…………………………。」

「…………………………。」

「…………………………。」


あまりの凄さに俺たちは言葉を失ってしまった。田舎者丸出しとはこの事を言うのだろうか。


「では、こちらです。」


「あぁ、ありがとう。」


「す、すごいわねぇー。」


「うん。」


全員の返事が単調になっている。


見かけだけかと思っていたが、内装もしっかりとしている。


何故俺たちがこの旅館に泊まれるのか聞いてみた所、「今年の御前試合の観戦者に選ばれたから」と言う答えが帰ってきた。


毎年、ランダムに選ばれるらしい。今年はたまたま俺たちが選ばれたという訳だ。


とんでもない豪運である。


俺たちの服と旅館のこのミスマッチ感は現代であれば、逆にオシャレ扱いされるまでありそうである。


その日の夕食は久しぶりにご飯らしいご飯を食べ、また、清潔な布団であったので、満足して眠る事が出来た。

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