貧乏神とサラリーマン

女神様なんてものが、この世にいることを知っている人は限りなくいない。

日の女神 天照大神

水の女神 天水分神

日本の女神とは数あるわけで。

その女神は、現実にいる。それを、俺は最悪な形で知ってしまった。


雨の中。水に濡れた一人の美少女がいた。かわいそうなほど虚ろな目をして体育座り。見過ごせなかったのが、どうやら俺__天光明あまこうあきらの運の尽きだったらしい。



そう。雨の中。仕事を終え、傘を差しながらゆっくりと帰っていると、ひと際目立つ女の子がいた。ボロボロと形容するにもひどすぎる服を着て、何もかもを捨てたような虚ろな目で雨に濡れていた。

一瞬、横目に通り過ぎようとしたけれど、それを俺の良心が許さなかった。


「…あの、君」

「…?」


言葉を発さず、彼女は?マークを浮かばせた。


「傘とタオル。それと1000円上げるから屋根があるところに行きなさい」

「あ…あの」


彼女の手を強引にタオルで拭き、その手に1000円を握らせた。

見ず知らずの他人に現金を手渡すその現場だけを見れば、相手の見た目も相まってきっと何か悪いことでも考えているのかと思われてしまうだろう。俺は傘を手渡し、なるべく濡れないように走り出した。


その直後。後ろからどしゃっ!という音に加え「いでっ!」という声が聞こえた。

先ほど呟いた声と酷似していたのも相まって。思わず振り返ると、先ほどの女の子が思いっきりこけていた。手渡したお札も雨に濡れて使い物にならなくなっていた。

さらにひどいのは、こけた拍子に近くの植木に傘が引っ掛かったらしく、傘の部分が思いっきし破れていた。

止めを刺すかのように、通りかかったトラックから跳ねた水溜まりの水を全身に浴びていた。


「…運悪」

「あぁ!ああ…」


あまりにも不憫すぎる状況に、俺は固まってしまった。

すると、いつの間にか彼女は俺のほうを向いてうるうるとした目をしていた。


「…俺んち、来る?」

「……うん」


俺らは走って俺の家までやってきた。



「じゃあ、着替えと湯船は準備したから、お風呂で温まってきなよ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


必死に頭を下げながら彼女は洗面台に入っていった。

…やれやれ、なんだか厄介な子を連れてきてしまったな。そう思いながら、俺は二人分の食事を用意していた。

サラダにドレッシングをかけてからませていた最中だった。

唐突に洗面台のほうから何かが雪崩を起こす音が聞こえた。

あそこには、確かあの子が…。何かあったのかと心配になり、俺は自然と洗面台に向かっていた。


「だ、大丈夫!?」

「きゃっ!え!?」


俺がドアを開けると、そこには全裸の彼女。そして、雪崩を起こしたであろう……大量のものが転がっていた。


「…え?ど、どうやったら」

「~~~~~~~~~~~~~っ!」


突然、真っ赤に顔を赤くした彼女が俺の背中を強く押してドアを閉めてしまった。


「……あれ、そういえば…」


彼女は……全裸………?


刹那。血の気はすべて去っていった。



「貧乏神?」

「はい。私の家、貧乏神の家系でして…こうやって、私がいる周りは…」


と言った瞬間、突然棚の食器がすべて雪崩れて割れてしまった。


「…こんなふうに、ありえない不幸が起こるんです……」

「…信じられないけれど、信じるしかない…かな」


それから、今までの生活についてや、どうしてこうなったかを聞いた。

曰く、今までは福の神の家系の人との生活で幸と不幸のバランスを取って生活していたそうだ。しかし、最近になり、彼女___天影佐奈の貧乏神としての才能ともいえるのか、その力が急に増えてしまった。そのせいで不幸続きになった結果、家から追い出されたとのこと。

家を出てからも不幸は続き、ついにあのざまだったという。


「…あの、すみませんでした。迷惑かけて。もう、出ます」


悲しげな背中を見せながらそう言う彼女を放っておけず、思わず俺は佐奈の腕を掴んで止めた。


「わかってるでしょう?私なんて、誰かに不幸を分けてしまうだけ。どれならいっそ…」

「だけど…」

「もう、いいんで」


止めようとした腕を払いのけ、彼女は去ってしまった。

胸が締め付けられる。その感情はきっと、高校生の時にも味わった、甘いような、苦いような。

きっと、好きという感情だろうと察するには、時間を要さなかった。

なぜ?決まってる。美少女に、一目惚れしただけだ。ただそれだけ。一方的な感情だけれども、彼女のことを放っておけない俺は、すぐに追いかけた。


けれども、彼女は一向に見つからなかった。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「肺活量どうなってんだ。どうした?そんなに嫌なことがあったか?」


休み時間にため息をつくと、同僚の友人、矢島にそう言われ、俺は昨日のことと、たった数分のことに揺らいだ心情のことを話した。話を聞いた矢島の第一声は


「チョロ」


いやまあ、うん。一目惚れとはこういうことだろう。


「まあ、大丈夫じゃない?不幸っていっても、本人が死ぬほどの不幸は招かないだろ」

「う~ん…そうなのかな…」

「ま世間は狭いっていうし。もしかしたら今日会えるかもな」


そう言って飲んでいたコーヒーを置き、仕事に戻っていった。


彼のその言葉が。なぜか妙に胸騒ぎを起こしていた。



「…なんじゃ、こりゃ」


うちが、燃えてた。

アパートが一軒家並みに燃え盛っていた。

火元も状況もわからず、呆気に取られて見ていると、中に何かが見えた。


「…あれ、もしかして…!」


火と格闘する影。それは紛れもなく人の影。

つまり、中に誰かいる。

そう思った瞬間、体が動いた。燃え盛る火に飛び込んだ。


「誰か…誰かいるんだろ!?どこだ!」

「…天光…さん…どして…」


声が、消えそうな声が聞こえた。パッと向くと、そこには口元を抑えうずくまっている佐奈がいた。


「どうしてもこうしても…中に人影があったから。それより、今助けるぞ」

「だめ!きたら…!」


その瞬間、俺の目の前に燃え盛る柱が倒れてきた。

あ、やばい。そう思った瞬間、その柱は寸止めで止まった。


「……な!?とにかく出るぞ!」


俺は佐奈の肩を掴み、一目散に外へと逃げた。何度も何度も危険にさらされたが、間一髪で強運でよけ続けた。

そうして、俺らが無事に外へ出て倒れこんだ瞬間。俺の家は瞬く間に倒壊し始めた。まるで、俺らが出るのを待っていたかのように崩れていった。


「げほっ!げほっげほ…佐奈、大丈夫か?」

「……なんで…」


俺が佐奈の安否を心配した瞬間、急に胸ぐらをつかまれ頬をひっぱたかれた。


「いっ!なんで!?」

「なんで!どうしてあんな無茶をしたの!!?どうして…せっかく、あなたを助けようとしたのに…これじゃ、これじゃ……」


語気を強めてるけれどわかる。彼女は、相当傷ついている。

理由はわからないけれど、今にも決壊しそうな声を震わせて、一生懸命に言葉を繋いでいる。


「さっきは良かったよ!?意味が分からない幸運に恵まれて!でも次は!?もし、あなたを失ったら私…私……」


俺は、そっと抱き寄せた。


「ふぇ!?」

「構うもんか。不幸の一つや二つ、構うもんか。そんなもん、お前といられないことと比べたら、些細な日常だよ」

「でも…一つや二つじゃないよ?だって、今だって……うぅ!」


決壊した。思いが、すべて。

そう思わせるように、彼女は僕を力いっぱいに抱きしめた。


「やっぱ、やだ!あなたを失わなければ、この世からいなくならなければいいって、思ってた。でも、耐えられない…あなたを、ずっと見たい、見てたい!一緒にいたい!同じ空間で、同じご飯食べて、同じ話題を話して、ずっと…あなたを愛して、一生を一緒に過ごして、あなたと……」

「もう、わかった」


俺は頭を撫でて彼女を抱き寄せた。

顔をうずめながら空を見上げる。

目の前には、さっきの火事で燃えていたであろう柱が数十本、ギリギリで止まっていた。


きっと、おそらく。俺はある確信を持っていた。



数年後



「ぱぱー!ままはどうして、ぱぱからはなれないの?」

「どうした美憂。羨ましいのか?」

「んーん。ただきになったの!」


美憂はそういうと、俺の膝の上に乗った。どうやら、俺の思い出話を聞きたいようだ。そういう時は毎回決まって、こうして膝の上に乗ってくる。


「仕方ないなぁ…わかった。じゃあ、まずは父さんが七福神の子孫だったっていうとこから話さないとなぁ」

「しちふくじん?カレーのやつ!?」


それは福神漬けだろ。と思いながら、やさしく「違うよ」と言った。


俺が実は福禄寿の子孫だった。その話を、俺は実の娘と妻、佐奈に話すのだった。

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ネタ切れしたときにフラッと書くかもしれない小説 時雨悟はち @satohati

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