第2話
小学校に上がり、半年ほどして、我が家に新しい生命が誕生した。
7つ年の離れた弟は、私にとって弟と言うより我が子に近かったかもしれない。
天使のように愛らしい弟を、私は溺愛した。
いくぶん年の近い妹は、逆に家族の愛情を一心に集める存在に嫉妬し、赤ちゃん返りで我が儘が激しくなった。
けれど、そんな弟を病が襲った。
2歳になるまでに、3回の入院を繰り返し、そのうち1回は大きな手術のためだった。
幸い病は完治し、その後は人並み以上に健康な生を取り戻したけれど。
私は、弟の様子に心を痛めながら、病院に詰める母に代わり妹の世話をした。
父は夜勤を伴う仕事であったが、我が家には母方の祖母も同居していたため、子供だけで暮らしているわけではなかった。
けれど、元々は旧家のお嬢様だったと言う女学校出の祖母は、「頭は良いけど母としては尊敬できない」と実の娘……つまり私の母が愚痴めいて幼い私に語る程度に家事が不得意だった。
父のいない夜は、食事はほぼ近くのスーパーや食堂で購入する惣菜で、ご飯を炊くのも面倒がって、和風のおかずにパンという日もあった。
買い出しも面倒がって、買い物は専ら私の役目だった。
金銭に無頓着だったので、費用には糸目をつけず、自分が食べたいものを私に申し付けた。
「お釣りで好きなもの買っておいで」と言われて、幼い私は、素直に祖母に従った。
お釣り程度で買える小さな子供の好きなもの、となれば、それはお菓子が中心なるのは自然の流れだろう。
それまでほっそりとしていた私は、祖母に金銭的に甘やかされ、一気に体重が増えた。
「出来合いのものばかりでは健康に悪いですよ。弟くんのことでお母さんも大変なんだから、ちゃんとお手伝いして、役に立たないと。お姉さんなんだから」
その変化に気付いた保健室の先生に事情を訊かれ、ありのままに話した私にされたアドバイスがそれだった。
おそらく、ありのままの私の話を、いくらか曲解していたのかも知れない。
まさか本当に、祖母がほとんど料理らしい料理をしないとも、父が夕食を共にすることはほぼないことも、事実だとは思わなかったのだろう。
けれど。
「誰かの役に立つ人間になりなさい」
お姉さんだから、家族のために、役に立たないと。
私は、素直に従った。
家には料理の本も多数置いてあった。
私は、試行錯誤しながら、ご飯の炊き方を覚え、慣れない包丁を使い、簡単なおかずを作るようになった。
さすがに小学校低学年の子供が、いくら本があっても自力では無理だった。
けれど、私が料理への意欲を見せたことで、祖母がやり方を教えてくれた。
祖母は、できないわけではなく、しないだけだったのだ。
私にやり方を覚えさせ、指示すればある程度のものが作れるようにしたかったのだろう。
その思惑通り、私は少なくとも料理に関しては年齢以上のスキルを身につけた。
面倒がって料理をしない祖母に伝授された、どこかいびつなスキルではあったが、おかげで今でも生活に困らない程度には料理ができるので、助かっている。
「こんなに小さいのに、すごいね」
地区の子供会の遠足で、自前のお弁当を持って妹と2人で参加した時、事情を知る近所の母親達が口々に誉めてくれた。
「お勉強もお手伝いもできて、本当にお母さんがうらやましわ」
弟の退院に伴い、家に戻った母にも、その称賛は伝えられた。
保護者会でも誉められて、母は誇らしげに、「本当に役に立つ子で、ありがたいですよ」と笑っていた。
そんな母の笑顔が嬉しくて、私は積極的にお手伝いをしたし、勉強にも励んだ。
増えた体重はなかなか減らなかったが、元々身長が高い私は、そちらの伸びが早くて、高学年になる頃にはクラスで一番背が高くなっていた。
昔のようにほっそりとまではいかなかったが、そこそこ標準にはなった。
勉強ができて、本が好きで、素直で先生の受けが良く、目立つほど背も高く……けれど、どこか鈍くさく、愚直な優等生。
……私は、いつしか格好のイジメの的になっていた。
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