呪縛

清見こうじ

第1話

「誰かの役に立つ人間になりなさい」




 いつの頃からか、繰り返し、教え、諭されてきた、言葉。




 最初にその言葉を口にしたのは、父だったのか、母だったのか。




 特別厳格な家庭であったわけではない。


 ただ、社会活動や教育に関心が高い、ある意味模範的で道徳的な家庭だったのだろう。


 ことあるごとに先人の名言格言を引用し、議論することを好む家風だった。


 そして、うやうやしく大きな書棚には、様々な書籍がぎっしりと並び、机にはまだ新しめの本が横積みされていた。


  


 気が付けば私は、空気を吸うようにそれらを手にし、真夏に水を飲むように文字を貪る少女になっていた。




 古今東西の文学や伝記、歴史から科学に至る様々な図鑑。


 真夜中に懐中電灯を布団に持ち込んで、寝る間も惜しんで、本を抱きしめて朝を迎えること幾度。




「目が悪くなる」




 そう苦言を呈する両親の眼鏡の向こうの瞳は、言葉ほどは厳しくなく。いつの間にか、誕生日もクリスマスも、私のプレゼントは本に決まっていた。




 本を好み、学びを好む長女を、いつも誇らしげに見つめていた両親。


 読書を始めてもすぐに気を散らせる妹に、根気よく読み聞かせする姉の姿を笑顔で見守っていた両親。


 小学校に入る前からすでに低学年レベルの音読も習得している娘に対する賛辞に、「いやいや、【二十歳はたち過ぎれば】といいますから」と謙遜しながらも、期待に満ちた眼差しを向けていた両親。




 そして、決まり文句のように、告げる。




「誰かの役に立つ人間になりなさい」




 たいてい、「将来は」「大人になったら」「学校に上がったら」などいくつかの異なる接頭語がついたが、たいてい、同じ言葉で〆られた。


 私は、何の抵抗もなく、素直にその言葉にうなづいていた。




 いつでも。



 今も。




 


「誰かの役に立つ人間になりなさい」





 …………それは、私の、唯一の、存在意義、だった。

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