ルール説明

「あの後、何が起きたか言ってあげるよ。僕の母親・秋山美登里ミドリは、いつまで経っても戻って来ない息子の身を案じた。警察に届けたが、それだけでは不安だった。そこで、自分でも探してみることにしたんだ。まずは、息子の友人だと称していた藤川くんの家に行ってみた。しかし、彼は平然とした顔で嘘をついた。薫くんなら、とっくに帰りましたよ……ってね。他の者の家にも行ったらしいが、全員が口裏を合わせたみたいだね」


 暗い部屋の中、機械で作られた声が響き渡る。その場にいる誰もが、無言のまま聞いていた。部屋が暗かったため、どんな表情なのかは見えなかった。

 秋山の母親の件は、藤川も覚えている。家に来た秋山の母親に聞かれ、帰りましたよと答えた。それで終わった、はずだった。

 しかし、終わりではなかったのだ──


「あちこち探したが、息子は見つからない。母は心配になり、森の中へと入っていった。結果、深い古井戸に落ちてしまったんだよ。地元の人間なら、誰しもがそこに古井戸があるのを知っていたらしいね。だが、越してきて一年足らずの人間が知るはずもない。母は古井戸の底からはい上がることが出来ず、穴の底で亡くなった。何と哀れな最期なんだろうねえ。どこかの誰かが、息子にしょうもないことさえしなければ、死なずに済んだんだよ」


 声は淡々と語っていく。

 聞いていた藤川は、愕然となっていた。まさか、そんなことが起きていたとは……。

 と、そこで疑問が浮かんだ。そんな事件が滝田市で起きていたなら、なぜ自分のところに伝わっていない? 高校卒業まで、藤川は実家暮らしだった。市の中で事故死があったのなら、誰かから聞いているはずだ。

 その疑問の答えは、すぐに明かされた。


「僕がそれを知ったのは、それから三年後だよ。森の中で、旅行客の幼い子供が行方不明になるという事件が起きた。警官や消防団の団員らが総出で子供を捜索していた時、誰かが古井戸の中を懐中電灯で照らした。結果、母の白骨化した遺体が発見されたってさ。周囲にあった持ち物で、すぐに誰かは判明したそうだけどね。白骨になるまで、誰にも気付かれなかったとは、本当にひどい話だよ」


 三年後……つまり、藤川が高校を卒業した後だ。都内の大学に通うため、実家を出てひとり暮らしを始めた時である。つまり、藤川が滝田市を出たと同時に事件が発覚したのだ。

 もはや何も言えなかった。まさか、あの母親が死んでいたとは──


「これは、君ら五人の責任だよ。まさか、知らなかったとは言わないよね?」


 その間にも、声は問いかけてくる。藤川は、顔を歪める。


「ずまん。本当に知らなかったんだよ……そんなことがあったなんて」


 すまなそうな声を出した。とにかく、今は秋山の機嫌を損ねてはならない。

 他の者たちも、神妙な顔をして黙りこくっていた……と思われたが、ここで村本が動きだした。突然、顔を上げ喚き出す。その口から出てきたセリフは、完全に予想外のものだった。


「それ、俺たちと関係ないだろうが! ただの事故じゃねえか! 気の毒とは思うけどよ、俺たちの責任じゃねえじゃねえか!」


 聞いていた藤川は、めまいを起こしそうな感覚に襲われた。こいつは、何を言い出すのだろうか……心の中で村本を罵る。

 本音を言うなら、同じことを藤川も思っていた。母親の件は事故であり、自分たちに直接の責任はない。だが、さすがにこの場では口に出来ない。今の秋山に対して、絶対に言ってはいけないセリフだ。

 しかし、村本はバカだった。バカだからこそ、感情に突き動かされ、思ったことを何のためらいもなく口にする。

 結果がどうなるか、考えもせずに──


「おい! お前らだって、そう思うだろ! なあ! みんなも、なんとか言えよ! 俺たちは人殺しじゃねえだろ!」


 何をトチ狂ったのか、村本は皆にまで同意を求めてきた。だが、答える者はいない。暗いため表情は見えないが、皆うつむき村本とは目線を合わせないようにしている。こんな状況では当然だろう。まともな知能を持っている者なら、このバカに同意するはずがないのだ。

 しかし村本は、皆の気持ちを全くわかっていなかった。


「なあ、お前らだってそう思うだろ!? 確かに気の毒な話だよ! でも、俺たちのせいじゃねえ!」


 なおも、ひとりで喚き続ける。しかし、またしても秋山の声が聞こえてきた。


「ほう、そんなこと言うんですか。あれだけのことをしておきながら、自分は悪くないと主張するとは、本当に往生際が悪いですね。村本さん、あなたのやったことをバラしてもいいんですよ? なんなら今、ここでバラしましょうか? ついでに、ネットで拡散しましょうか?」


 藤川が予想していた通りの言葉だ。そして、村本の反応もまた予想通りであった。


「わ、わかったよ! ごめん。やめてくれ!」


 一瞬にして、先ほどの勢いが消える。両者のやり取りを聞いていて、藤川は思わず舌打ちしそうになっていた。しばらく会っていなかったが、村本は何も変わっていない。こういう状況になると、地が出る。

 十五年前の件にしても、こいつが秋山の家に行こうなどと言い出さなければ、こんな大事おおごとにはなっていないのだ。そもそも、村本が秋山に目を付けなければ、彼らは永遠に接触することなく時が過ぎていたのである。おそらくは、今も他人のままだったはすなのだ。全ての原因は、村本が作ったようなものである。

 そんな藤川の思いをよそに、事態は着々と進行していく。


「それでは、あなた方にもゲームをやってもらいます。十五年前の僕と同じようにね。この病院内に、あなた方が見られては困る写真を隠しました。これから中を探検し、写真の入った箱を見つけ出してください。箱は、全部で五つあります全部、見つけだしたらゲームクリアとなります」


 その時、藤川は顔を上げた。このままでは、秋山の思う壷だ。あの男は、まともではない。このままだと、何をさせられるかわからないのだ。取り引きを持ちかけるなら、今しかない。

 背負っていたリュックを下ろし、中からあるものを取り出す。


「ま、待て。とりあえず、ここに一千万ある。まずは、この金を受け取ってくれ。全て本物だ。これが見えるか?」


 言いながら、札束を高々と掲げた。周りの者たちは、固唾を飲んで展開を見守っている。

 秋山は、この部屋の状況を見ているはずだ。先ほど仲間割れと言ったのが、その証拠である。ならば、この一千万の札束も見えているはずだ──

 どんな人間であれ、多額の現金を見れば心がぐらつくものだ。強い恨みも深い憎しみも、金を積めば消える。悪を許さぬ正義感ですら、金次第で簡単に転ぶ。この効果を得るには、電子マネーのような画面の数字よりも現実の札束の方が効果的だ。本物の現金を間近で見るというのは、それだけ強い魔力を持っている。

 藤川は、その事実を嫌というほど体験してきた。極悪非道な人間も、金を前にすればおとなしくなる。清廉潔白なはずの人間でも、金を積めば簡単に悪の道へと転ぶ。そんな光景を、これまで何度も目にしている。秋山がどんな人間になっているかは知らないが、この金の魔力は通じるはずだ。

 藤川は闇に向かい、なおも語り続ける。


「もちろん、これで足りないことはわかっている。だから、時間をくれ。あと一億くらいなら、どうにか用意できる。それだけじゃない。ここにいる皆で、出来る限りの償いはする。だから、今日のところは、この一千万円で引いてくれないか?」


 その声は、いつの間にか熱を帯びていた。藤川の武器のひとつが、口のうまさだ。心にもない言葉に熱い感情を乗せてベラベラと吐き続け、相手をこちらのペースに巻き込む。詐欺師と同じ手口である。

 秋山の方は、じっと黙っていた。藤川の言葉を吟味しているのだろうか。これは、心変わりを狙うチャンスかもしれない。藤川は、さらに畳みかける。


「頼む。お前のこれからの人生を、俺にバックアップさせてくれ。俺なら、お前の今後の人生をバラ色のものに変えることが出来るんだよ。それにだ、お前は凄いよ。俺たちのことを、きっちり調べ上げたもんな。こんな能力があるなら、俺と組めば巨万の富が稼げるぜ」


 その時、再び声が聞こえてきた。


「つまり、金をやるから母の死に対し泣き寝入りをしろと、こう言うわけですか?」


 まずい。どうやら、話の方向を間違えたらしい。藤川は、どうにか平静な顔を作り語り出した。


「そういうわけじゃない。ただ、俺なら君の人生を変えられるんだよ。その可能性を捨て去る気なのか?」


「そんな可能性、どうでもいいんですよ。あんたの与えてくれる可能性なんか、何の価値もありません」


 秋山の態度はにべもない。藤川は、なおも言い続ける。


「しかし──」


「いい加減にしてください。黙らないと、あなたの秘密からバラしましょうか? ここでやったことも含めて世間に公表したら、どうなりますかね?」


 もう無理だった。秋山には、現金や弁舌といった自分の武器が通じない。しかも、ここでバラされるのは致命傷になる。藤川は、口を閉じるしかなかった。


「では、皆さんには僕の言う通りに動いてもらいます。まずは全員、スマホをここに置いてください」


 一瞬、全員の動きが停止した。どうするか、互いの動きを見合っている状態だ、

 しかし、このままでは話にならない。まず、ひとりが行動を起こさないとダメだ。藤川がスマホを取りだし、床に置いた。

 すると、他の者たちもスマホを置いた。途端に、笑い声が聴こえてくる。


「素直でよろしい。先ほども言った通り、この廃墟の中に皆さんが見られては困る写真を隠しています。これから中を探検し、写真の入った箱を見つけ出してください。一階は藤川さんと木下さんに探してもらいます。二階は、村本さんと山口さん。三階は、七尾さんです。皆さんで担当する階を探し、この廃墟に隠された箱を全て見つけてください」


 その時、七尾が叫んだ。

 

「ちょっと待って! なんで、あたしだけひとりなの! こんなとこを、ひとりで探せっての!?」


「三階は、大部屋がふたつあるだけですよ。ひとりで大丈夫でしょう」


「そ、そんなあ! 嫌だよ!」


 七尾の口から出たのは、悲鳴に近い声だった。確かに、こんな廃墟をひとりで探索したくはない。気持ちはわかる。

 だが、秋山にはどうでもいいようだった。淡々と語っていく。


「僕は、ひとりで探検しましたよ。それも、裸でね。まあ、どうしても嫌だと言うなら、帰ってもらっても構いませんよ。そしたら、あなたの恥ずかしい写真がこちらの四人の目にも触れることになりますけど」


 その途端、七尾は黙り込んだ。そして声も聞こえなくなった……と思いきや、声は再び語り出す。それは、とんでもない提案だった──


「あ、言い忘れていました。もうひとつルールがあります。あなた方の誰かひとりが、他の四人全員を殺した場合もゲームクリアとなります」


「な、何を言ってんだよ……人殺しするくらいなら、バラされた方がマシだろ」


 さすがの藤川も、唖然となり思わず言葉を返していた。それでは、元も子もない。殺人などしたら、何もかも失う。そんなことをするくらいなら、若い女との浮気をバラされた方が遥かにマシだ。そんなハイリスクでノーリターンな行動を、誰がするというのだろう。

 しかし、声は冷静に語り続ける。


「大丈夫です。死体は、僕が確実に処理します。死体が見つからなければ、それは行方不明として扱われます。警察も、いちいち人員を割いて捜索したりしません。箱が見つからないけど、どうしても秘密をバラされたくない……そんな時には、他の四人を殺した方が早いですよ」


 いや、どう考えても無茶苦茶だろ……藤川は、あまりにも狂った要求にめまいを起こしそうになった。壁に手を付き、何とか耐える。

 他の者をちらりと見てみたが、暗いため表情は見えない。全員、無言で突っ立っている。

 まさか、こいつら今の提案を飲む気か……ちらりと、そんな考えが頭を掠める。だが、いくらなんでも有り得ないだろう。四人も殺したら、秘密どころではすまないのだ。捕まったら、確実に死刑である。

 これは、秋山なりのつまらない冗談なのだ。


「わかりましたね。では、ゲーム開始です」


 それを最後に、声は聞こえなくなった。しばらく待ってみたが、何も聞こえてこない。

 全員、無言のままお互いを見つめ合っていた。どうすればいいか、判断に迷っているのだ。それゆえ、お互いの出方を窺っている。先ほどと同じだ。沈黙が、その場を支配している。誰かが口火を切らない限り、動かない状態だ。

 そして、今回も口火を切ったのは藤川だった。皆を見回し、口を開く。


「とにかく、今は奴の言う通りにしよう。この件が終わり次第、あらゆるルートを使って秋山について調べてみる。ヤクザや反社の連中にも頼んでみるよ。秋山は、俺が絶対に見つけ出す。だから、今日だけは我慢してくれ」


 半ば自分自身に言い聞かせるように、言葉を搾り出した。

 そう、藤川は相手を甘く見ていたのだ。一千万という現金を見れば、しばらく時間は稼げるだろう。その隙に、相手が何者か探るつもりでいたのだ。

 だが、秋山の怨念は想像を遥かに超えるものだった。もしかすると、箱などという物すらない可能性がある。要は、自分たちが苦しみ、許しを乞う姿が見たいのかもしれない。

 どういう形での決着を、奴が望んでいるのか……それはまだわからないが、今は奴の言うことを聞くしかないのだ。

 だが、思わぬ邪魔が入った。


「ちょっと待て。何で、お前が仕切るんだ?」


 言ったのは村本だ。声からは、あからさまな敵意が感じられる。どうやら、自分が意見を述べ皆を従わせようとしたたことがら気に入らないらしい。

 藤川の中に、怒りが湧き上がる。思わず怒鳴りつけそうになった。こんな時に、誰が仕切るも何もない。

 しかし、そんな気持ちを必死で押し殺した。今は、争っている時ではない。


「だったら、俺は何も言わないよ。お前はどうしたいのか、言ってみてくれ。それがいい考えであるなら、俺は従うよ。さあ、どうするんだ? 早く言ってくれ」


 出来るだけ冷静な口調で言うと、村本は黙り込んでしまった。顔の表情は見えないが、動揺しているのがわかる。思った通りだ。結局、この男の取り柄は腕力しかない。だが、腕力でトップに立てるのは小学生の時だけだ。少なくとも、この状況ではあまり役に立たない。

 そんな村本の態度に業を煮やしたのか、七尾が彼の方を向いた。


「ねえ、どうすんの? 藤川より、いい考えがあんの? だったら、早く言ってよ」


 キツい口調で言われた村本は、まごつきながらも口を開いた。


「と、とにかくみんなで箱を探そう」


 途端に、七尾が舌打ちした。


「だったら、藤川の言ってることと一緒じゃん。こんな時に、いちいち揉めないでくれるかなあ」


 忌ま忌ましげに言うと、彼女はひとりで階段を上がっていく。どうやら腹を括ったらしい。

 すると、山口がおずおずと口を開いた。


「村本、行こうぜ。今は箱を探そうよ」


 そう言われた村本は、素直に階段を上がっていった。山口も、後をついていく。

 ふたりが上がっていくのを見て、藤川はホッと安堵の息を漏らした。村本がトチ狂った真似でもするかと思ったのだが、妙なことにならなくて本当によかった。

 仕方ない。今は、その箱とやらを探そう。ここをうまく切り抜けたら、必ず秋山を見つける。あらゆるネットワークを用いて、徹底的に叩き潰す。

 でないと、こいつはまた同じことをするだろう。



 


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