2-7 「どんでん返し」としての「叙述トリック」
二〇一八年、似鳥鶏『叙述トリック短編集』が刊行される際、講談社の編集部が装丁のためにtwitter上で「叙述トリック」にあたる英語を募集し、どうもいずれもしっくりこない、強いて言えば「信頼できない語り手(unreliable narrator)」だろうか、といった流れに落ち着いたことがありました。
先述の1〜4に共通する点をあえて挙げれば、「どんでん返し」です。つまりsurprise、twist endingをもたらす手法の一つとして、叙述トリックは理解され、消費されている。
「叙述トリック」という語に関する調査の一環として、私は以前、ネット掲示板の旧2ch(現5ch)内のスレッド「★面白い叙述トリック考えた★」に投稿されたネタを全て読んでみたことがありました。その最初の投稿(二〇〇二年十月三日)は、たとえば以下のようなものです。
【山田太郎という男が、自宅で殺害された。
当時自宅に居たのは太郎の息子である次郎、一人だけである。
しかし次郎に動機は無い。
さて犯人は一体誰か?
答え/太郎の息子・一人(かずひと) 】
これは叙述トリックなのでしょうか。「頓知じゃん」「なぞなぞじゃん」「頭の体操じゃん」といった当然予想されるツッコミを受けつつ、次第にそれらしく練られたアイデアが集団で投稿されるようにもなっていくのですが、そのうちいくつかは、「意味がわかると怖い話」などとして、ネット上の面白ネタとしてコピペされ拡散されていったのが確認できます(逆に、ミステリとは無関係な小咄が「叙述トリック」としてスレッドに投稿されている例もあります)。
「新本格」のある傾向が、「これは小説ではなくパズル(ないし、クイズ)にすぎない」といった「反発」をかつて招いたのは、こうしたささやかな娯楽としての「面白い話」、大げさに言えば稚気を求める心性に応える部分があったからだろうと思います。
またその後、叙述トリック作品のうちのいくつかが、発表から数年を経て、その作者としては例外的なベストセラーとなる例があるのも、「面白い話」、ひいては「どんでん返し」好きな読者層にアピールする力を「叙述トリック」が備えていたからではないか。
しかしその結果、「叙述トリック」は「どんでん返し」の同義語として拡大解釈されかねずにきたきらいもあります。これはおそらく、「叙述」という言葉の意味の広さにも由来するでしょう。というのは、全ての小説は言葉、すなわちなんらかの「叙述」から成り立っているからで、だとすると「叙述」の「トリック」とは何か? と素朴に、非歴史的に考えようとすると、どんどん範囲が広がってしまう。
そこで、先の1〜3について「叙述トリック」という言葉がカバーする範囲について考察したのち、叙述トリックがもたらす「驚き」についても検討することにします。
付言すれば、印刷媒体のみならず、ウェブ上でも叙述トリック論を展開している論者はいくつか見受けられます。が、今のところ最も充実しているのは、SAKATAM「叙述トリック概論」「叙述トリック分類」だと思われます(→http://www5a.biglobe.ne.jp/~sakatam/text/jojutsu.html)。こちらの「分類」(「叙述トリック」を用いると何ができるのか)のほうは唯一無二の詳細さで、それは、
● [A] 人物に関するトリック
● [B] 時間に関するトリック
● [C] 場所・状況に関するトリック
● [D] 物品に関するトリック
● [E] 行為に関するトリック
● [F] 動機・心理に関するトリック
● [G] その他のトリック
● [H] 逆叙述トリック
という目次を見ればお分かりでしょう。
ただ、「概論」(「叙述トリック」とはどのような仕組みか)のほうはそれに比べると記述がはるかに少なく、二〇〇六年の掲載開始から十五年以上経っても未完です。なので、この「概論」の方向性を勝手ながら発展させてみたい、それには物語論からのアプローチが有効であろう、と思ったのがきっかけです。つまり、先のA〜Hが叙述トリックの「内容」についての分析だったとすれば、私は「形式」のほうを攻めてみよう、というわけです。
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