2-6 「叙述トリック」に関連するキーワード
「叙述トリック」という語がタイトルに含まれる論考をざっと眺めてみました。もちろんタイトルにはなくとも、文中に重要な論述を含む評論書もいくつかありますが、それらについてはおいおい、必要に応じて触れていくことにします。
さて、前節で挙げた論考に共通するキーワードはなんでしょうか。「暗黙の了解」「言い落とし」「メタフィクション」「メタレベル」「手記」「サスペンス」「後期クイーン的問題」といったあたりでしょうか。
この第2章の冒頭で、『日本ミステリー事典』中の「叙述トリック」の項について、主に三つのタイプの作品が挙げられている、と述べました。
1 アガサ・クリスティ『アクロイド殺し』(一九二六)をターニング・ポイントとする「記述者=犯人型」から始まったタイプ。特に、フェアプレイを重んじる本格系。
2 ビル・S・バリンジャーあたりに始まる、構成を錯綜させることで騙すタイプ。サスペンス系。
3 狭義のミステリのみならず、いわゆるポストモダン文学とも重なるメタフィクション系。
引用してきた一九九〇年代以降現在までの論考においても、論じられている作品傾向はこの三タイプに当てはまりそうです。
もう一つ挙げるとすれば、小森健太朗も論じていたマーガレット・ミラーやヘレン・マクロイ、あるいはリチャードでニーリィの作品などに代表される4 心理サスペンス系でしょうか(前章で引いた似鳥型もおそらくこちら)。
ただ、個々の論考を見ると、これら三つのタイプが包括的に論じられているわけではありません。たとえば『アクロイド殺し』は1でありながら3の文脈で論じられることもありますが、では2とはどこで接点を持つのか。『探偵小説と叙述トリック』を読むと、連城三紀彦が1と2を総合し、その後『十角館の殺人』で3が合流すなわちメタ・ジャンルとしての新本格が始まった、と一応はまとめられるのかもしれない。連城のデビュー作「変調二人羽織」(一九七八)が中井英夫『虚無への供物』(一九六四)を下敷きにしていたとする法月綸太郎の指摘(「謎解きが終ったら」一九九八)も考慮すると、その考えは強まります。しかし『探偵小説と叙述トリック』では、2「サスペンス系」は1「本格系」に比べると一段劣るというか、同等のものとしては考慮されていないので、私としては1と2のつながりも詳しく見てみたい。
いったん叙述トリックが技法的に完成し、折原一「叙述トリックを成功させる方法」や我孫子武丸「手段としての叙述トリック」のように技術指南として論じられると、1と2の違いはすでに、一人称で書くか三人称で書くか、といった作者による選択の問題となり、その差は見えにくくなります。ただ、それは元々異なる流れから始まった、という点は踏まえておきたいところ。したがって本稿ではこの、
「本格系」
「サスペンス系」
「メタフィクション系」
について、それぞれ個別に見ていくことにします。
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