第40話 放課後のC教室

「おおお……。これは……。」


あかりが思わず声に出す。


明くる日の水曜日。

放課後のC教室。


並べた机でいつもよりも広く作られたテーブルには、格子柄のクロスが敷かれていた。

その上には小さな耐熱ガラスの器に入ったさまざまなプリンが並んでいる。

中央には生クリームとフルーツで彩られた、直径二十センチほどの大きさのプリンケーキが鎮座していた。


「凄い! これ全部プリンなの?」

「そうです!」


久遠の声に、静香は得意そうに胸を張る。


「……ひょっとして、みんな味が違うのか。」


一真がガラスの器を手にとって興味深そうに眺める。

静香はよくぞ聞いてくれたとばかりに、弾む声で答える。


「そうなんです。これがチーズプリンで、こっちがミルク、これはチョコで……。」

「すごいな。大変だったろう。」

「珍しいわね、一真が食べ物に興味持つなんて。プリン好きのお子ちゃまかな?」


すでに器をひとつ空にしたあかりが、一真の袖をつつく。


「待ちきれずに食ってるお子様には言われたくないぞ。」

「仕方ないじゃない、美味しそうなんだから。」


久遠が静香に話しかける。


「諏訪内さん、覚えててくれたんだ。」


彼は、以前二人で食器を洗っていた時の出来事を思い浮かべていた。


「もちろんですよ。久々に作ってみたら楽しくなっちゃいました。それに。」


静香が久遠の目を覗き込むようにして付け加える。


「久遠くんが大規模調査で頑張ってくれたから、今日は私も頑張っちゃいました。」


彼女の眩いばかりの笑顔と、気恥ずかしさに、なんだか気恥ずかしさに、思わず目を逸らしてしまう。


「僕は特に何も……。それだったら、諏訪内さんやみんなこそ……。」

「そうだ!」


あかりがすでに二個目のプリンを手にしながら久遠の腕をぎゅっと掴む。


「あの白い装甲は何なの?」

「あれは……僕にもよく……。」

「良子に聞いても、なんかはぐらかされちゃうのよね。」

「まあ、良いではござらんか。」

「あたしも知らない機体だったからさ。なんかちょっと悔しい。」


あかりが口を尖らせる。

白騎士について突っ込まれたことよりも、あかりがそのことで子供のように拗ねた表情を見せたことになんだか驚いてしまった。


「お仕事のお話はそれくらいにいたしましょう。」


三個目のプリンをあかりに渡しながら、静香が声をかける。


「今日はとっておきの紅茶を淹れます。」


静香はいつもより少し大きめのティーポットと、黒い円筒形に金色の装飾文字が入った容器を置いた。


「ベノアのダージリン・セカンドフラッシュを持ってきました。」

「おお!!」

「あかり、知ってるのでござるな。」

「いや。何か強そうだなと思って。」

「お前の発想には時々感心する。」

「あんたに褒められても嬉しくないわよ。」

「別に褒めてないぞ。」


二人の喧騒を聞きながら、久遠が静香に声をかける。


「確か、夏に摘んだ紅茶のことだよね。セカンドフラッシュって。」

「そうです。香りが豊かで、味が深いんです。」


静香が金属製の容器を手に取る。


「まだ東京にいた頃、母にべノアのお店へ連れてってもらったことがあって。それ以来特別な時に買ってるんです。思い出の紅茶なんですよ。」


静香は愛おしげにそっと容器の蓋を開けると、果物を連想させるほのかに甘い香りがした。


ティーポットにお湯を注ぐ静かな音。

砂時計の砂が落ちるのを待ち、優雅というより他にない手つきで丁寧に紅茶を注いでいく。


「そういえば、乾杯がまだでしたわね。」


最後の一滴を注意深くティーカップに注いだ静香が、ちらりとあかりを見る。


「そうだね。よし、それでは……。」


あかりは静かにティーカップを胸の前に掲げる。


「大規模調査活動の成功と、私達の輝かしい成果を祝しまして……。それから。」


あかりは向かいに座っている久遠の顔を見て微笑む。


「久遠くんのデビュー戦と初勝利に! 乾杯!」

「乾杯!!」


五つのティーカップが掲げられる。

紅茶の香りの中、笑いあう五人。

C教室で過ごす水曜日の放課後は、いつしか彼らにとってかけがえのない時間となっていた。


久遠は深い琥珀色の紅茶に口をつける。


「……美味しい。」

「さすがべノアね……。」


あかりは満足げに頷く。


「お前は知らなかっただろ。」

「あかりちゃん、アップルパイも焼いたんだけど食べます?」

「食べる!」

「……あれだけ食べて、まだ食べられるのか。」

「甘いものとアップルパイは別腹なの。」

「……やれやれ。」


一真は小さくため息をついて、丁寧に切り分けたプリンケーキを口に入れた。


「諏訪内さん、いつもありがとう。今日も洗い物手伝うよ。」

「助かります。」


静香は微笑んだ後、何か思い付いたように付け加える。


「久遠くん、お願いついでに頼みがあるんです。」


彼女はそう言って笑みを浮かべ、青みのかかった黒い瞳で久遠の目を覗き込んだ。

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