第37話 月明かりの下で

 先導車に導かれた一台の車両が大規模調査区域に辿り着いた。


Cポイントの広場では、研究者やメカニック、国連軍の兵士までもが集まって歓喜の声を上げている。

車から降りた篠宮良子は、人混みをかき分けるようにしてあかり達が待つ場所へと走った。


「あかり! みんな!」

「良子!」


あかり達の姿を見つけると、篠宮良子は装甲に身を包んだままの彼女達に駆け寄った。


「ごめんね、みんな! 本当にごめん……!」

「良子……そんなこと言わなくていいよ。」


あかりは思わず瞳からこぼれた涙を気にも止めずに呟く。


「そうでござるよ。」


大進と、傍にいる静香も大きく頷く。

土と黒い体液で汚れた頭部装甲を傍に抱えた一真が口を開く。


「……俺たちはそのためにここにいるんだ。」

「みんな、本当にありがとう。」


良子はあかり達一人一人の手を、両手で包むようにして握った。


しばらく目を伏せていた彼女は、突然何かに気がついたように顔を上げる。

辺りを見回す良子に、あかりが声をかける。


「久遠くんなら……。」


あかりの装甲が、先ほどまでいたBポイントの広場を指差す。

良子は少しだけ頷き、駆け出した。


「……良子……?」


あかりは、遠ざかっていく白衣姿の彼女を呆然と見つめていた。



 良子は木々に囲まれた研究区域を息を切らしながら駆けていく。


広場への道はせばまっており、背の高い樹木で作られた回廊のように見えた。

長く薄暗い回廊を抜けた良子の視界が開け、木々に囲まれた広い空間と、その上を覆う満天の星空が姿を現す。

それは星々の天蓋に覆われた、大広間のように見えた。


たどり着いた広間の中央には、白い鎧が一人佇んでいる。

白亜の装甲は満月に照らされ、全身から淡い光を放っているように見えた。

篠宮良子はふらふらと引き寄せられるように彼に近づいていく。


「先生……?」


振り向いた久遠が言うが早いか、篠宮良子は地を蹴り、彼の元に飛び込んでいく。

彼女の長い髪が揺れ、月の光に輝く。

月下で白い鎧が篠宮良子を抱きとめるその姿は、一枚の絵画のように見えた。


「篠宮先生……。」

「久遠くん……!」

「ごめんなさい、先生。僕は……。」


良子は小さく首を振る。


「いいの。あなたが無事でいてくれて本当に……」


彼女はそう呟くと、そっと額を白い装甲にあてた。


辺りは静寂に包まれ、風に揺られた木々の葉が、時折囁くように音を立てている。

長い沈黙の後に、良子は絞り出すように声を出した。


「でも、お願い。」


彼女の細い指が久遠の鎧に触れる。


「もうこんなことはしないで……。」


彼女の消え入るような声に、久遠は何も答えることができずにいた。

白衣を着たままの良子は、細い腕を白い装甲に回し、身体を預けている。

久遠は答える代わりに、鋼鉄の腕を彼女の小さな背中に回し、そっと掌で触れた。



夜空を覆っていた雲はいつしか消えていた。

風は止み、木々を揺らすわずかな音さえ聞こえてこない。

天上で輝く欠けたところのない月が、静かに二人を照らしていた。

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