第36話 彗星
久遠が駆る白い鎧のディスプレイには、四体のディメンジョン・アーマーの姿がが映し出されていた。
フィールド回線につながったことを確認するために久遠が呟く。
「みんな、無事……?」
静香が思わず声を上げる。
「その声……久遠くん!?」
「届けに……来たよ……。」
よろめいてバランスを崩す久遠を、駆け寄った大進が支える。
「これは驚いたでござるな。こんなサプライズ、予想もできなかったでござる。篠宮先生達も人が悪いでござるよ。」
「ごめん、大進くん。僕……」
久遠は全身を襲う痛みに思わず呻き声を上げる。
「説明は後で大丈夫だ。次元エネルギー砲のことは、先ほど大鳥博士から聞いた。それに……。」
一真は久遠の背後で地に伏している巨竜を見据える。
「奴はまだ動くぞ。」
腰から長剣を引き抜いて構える一真。
「後はあかりと見物していてくれ。感謝する。」
彼の言葉に、あかりが目を丸くする。
「一真が『感謝する』とか言った……。ていうか、あたしまだやれるんですけど!?」
再起動完了まであとわずかとなったステータス・バーを、彼女はもどかしそうに見つめる。
「さあ、一気に片付けるでござるよ。」
大進は久遠をあかりの機体のそばに下ろすと、予備の大剣を手に取る。
彼は幅広い刃を持つ巨大な剣を軽々と振るうと、背中に装着した。
彼らの眼前で地に臥していた竜は、ゆっくりと巨体を起こそうとする。
しかし、突然何かに押さえつけられたように地表にとどまった。
ディメンジョン・アーマーを通して高められた静香の念動力が、巨大な竜の体躯を地表に押しつけている。
「もう……好きなようにはさせません……!」
静香はもがくように
◇
あかりは傍で座り込んでいる白い鎧に声をかける。
「本当に……久遠くんなの?」
白い鎧はゆっくりと金属製のバイザーを上げる。
そこには、図書室で、C教室で見慣れた久遠のあどけない顔があった。
「……研究室でずっと見てたよ。」
「え?」
「城戸さん、凄いカッコ良かった。」
「ほんと?」
あかりは慌てて顔を背ける。
汗で額に張り付いた髪や、砂埃で汚れた顔を何故か見られたくないと思った。
「……どうしても、みんなに何かしたくて……。まだ何か僕にできること、あるかな。」
「そうね。」
あかりは画面端のステータスモニターに目をやる。
「久遠くんには……見てて欲しいかな。」
力強い笑顔と共に立ち上がり、慣れた手つきで頭部バイザーを下げる。
冷却装置のサインは赤から緑に変わり、装甲を繋ぎ止めていたケーブルが一斉に外れていく。
胸部装甲の中央では赤い光が辺りを照らすように輝いていた。
「ちゃんと、見ててね!」
あかりは傍に置かれた鋼鉄製の長槍を手に取ると、猛然と駆け出した。
立ち上がろうとする竜の側頭部に連続して打撃を加えていく。
そのまま竜の背中を駆け上がると、久遠が拳の一撃で付けた深い傷に、思い切り槍を突き立てた。
たまらず身を捩る竜から飛び降りたあかりを、鋭い爪が襲う。
その瞬間、一真の青く輝く長剣が闇を切り裂き、竜の前足を切り落とした。
大剣を携えた大進が静香に目で合図を送る。
静香は小さく頷く。
大進はその巨躯に見合わない軽やかな動きで、宙を飛び移るようにして高く駆け上がっていく。
静香の念動力で作られた力場を足場にすることで、彼は巨竜を見下ろすほどの高さへと飛び上がっていた。
「忍法・
空中から竜の首筋を目がけて大剣が切り下ろされ、金属の装甲と紫色の皮膚を斜めに切り裂いていく。
巨竜の首筋から黒い体液が噴水のように降り注ぐ。
あかりは大進と入れ替わるようにして高く跳躍した。
巨竜の背中に飛び乗り、紫色の皮膚に深く突き刺さったままの長槍を引き抜くと、竜の首筋に深々と刻まれた傷を目掛けて渾身の力で槍の穂先を振り下ろす。
次の瞬間には竜の首は胴体から離れて宙を舞い、やがてそれは巨大な金属音と共に大地を穿った。
「……やった!」
座り込んでいた久遠が声を上げる。
しかし、首と右前脚を失いつつも、巨竜はまだ動きを止めようとしない。
「なかなかしぶといでござるな……!。」
「和泉、動けるか。」
一真は長剣を構えたまま、口を開いた。
「何とか……。みんなこんな凄いのを着て戦ってたんだね。」
「苦労話は後だな。這ってでもいいから、あれまで行ってくれ。」
「あれって……?」
「和泉が持ってきたんだろう?」
一真の視線の先には、竜を狙うようにして組み上がった巨大な白い砲台の姿があった。
月の光を浴びた砲身が白く輝いている。
「俺たちが奴の足を止める。頼んだぞ、和泉。」
久遠は黙って頷くと、痛みに震える両脚に力を込めた。
◇
「みんなには……もう指一本触れさせない。」
冷却装置を翼のように広げた静香の機体が輝きを増すと、巨竜の動きが急激に鈍っていく。
彼女の全身を覆う光が、紫色の竜をも包まんとばかりに眩い輝きを見せる。
「あかりちゃん!」
静香が叫ぶ。
あかりはすでに竜の足元まで凄まじい速度で駆け込んできていた。
胸部装甲のルビーのような輝きが増し、やがて赤い光が全身を包む。
「どおりゃああああああ!」
全身を真紅の輝きで包んだあかりの機体が、大地を強く蹴り、解き放たれた矢のように竜を目がけて飛翔する。
次元獣に渾身の両足蹴りが突き刺さると、LD型は急激に全身の力を失っていく。
着地したあかりは一気に飛び退いて巨竜から離れた。
「今だ! 久遠!」
一真が叫ぶ。
次元エネルギー砲を構えた久遠は、よろめく巨竜の姿を画面越しに捉えていた。
「
『LOCK』と表示された照準の中央には、巨大な紫色の体躯が映っている。
砲身に取り付けられた次元エネルギーシステムが金色に輝き、それに呼応するように白い鎧の胸部も強い光を放つ。
「いけぇぇぇぇぇ!!」
久遠は引き金にかけた指先に力を込めた。
増幅された次元エネルギーが奔流となって砲身を駆け抜けていく。
砲頭から放たれた光は、暗闇に長大な線を引く彗星のように、暗がりを強く照らしながら夜空を切り裂いていった。
◇
「やった……。」
久遠が思わず声を上げる。
先ほどまで引き金を引いていたはずの指は、弱々しくトリガーから離れ、小刻みに震えて動かない。
「対象のバイタルサイン無し。」
一真の短い通信が入る。
Bポイントの広い空間には、次元獣の身体の一部と、散乱した装甲、そして粉々に砕けた次元石だけが残されていた。
「ふぅ……。」
静香の安堵した声がフィールド回線に入ると、大進は小さく頷いた。
「終わったでござるな。」
「そうだね。」
あかりは頭部装甲を外す。
月明かりにブラウンの柔らかい髪が揺れた。
白い砲身の側で佇んでいる白い鎧を見つけると、あかりは満面の笑顔を見せる。
久遠は頭部バイザーを上げ、少し微笑んで頷いた。
はにかんだ笑顔を返すあかりの姿を、頭上高く輝く月が照らしていた。
◇
「それにしても。」
大進の通信が入る。
「さすがの一撃ござったな。あかり。」
「どおりゃあああ、って。」
静香がそう言って笑う。
「いやあ、あれは勢いで……。」
「こいつがガサツなのは今に始まったことじゃない。」
「あんたの口の悪さもね。」
竜をも蹴り付けた右足が、今度は一真の装甲を打つ。
「みんな。」
白い鎧を着込んだ久遠がふらふらと歩み寄る。
「久遠、まさか来てくれるとは思わなかったでござるよ。」
「それは新しい機体なの?」
「どう……なのかな。」
「お陰で助かった。久遠。」
一真が久遠の肩に手を乗せる。
「……なんか、あたしの時と態度違くない?」
「相手を選んでいるだけだ。」
ふいに訪れたいつもの光景に、久遠は思わず吹き出した。
C教室で聞き慣れた他愛のないやりとりが、想像以上に彼の心を落ち着かせてくれていた。
その時、第一研究企画室から通信が入る。
「みんな、お疲れー。」
「大鳥博士!」
「すごかったろ、
久遠が振り向いた先には白い砲身の姿があった。
あれだけ強く輝いていた金色の光は消えており、いつの間にやらメカニックや研究者の人だかりができていた。
「良子は?」
「さっきそっちに向かったよ。もうすぐ着くんじゃないかな。」
「研究所は大丈夫なんですか?」
静香の問いかけに北沢が答える。
「ああ。こちらは大丈夫だ。彼女、居ても立ってもいられないみたいだったしな。」
「北沢主任。」
久遠の声を聞き、ディスプレイ越しの北沢が安堵したように微笑む。
「見事だったよ、久遠くん。後で話を聞かせてくれ。とにかく、みんな無事で良かった。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます