第35話 一撃

 「あれは!?」


夜空を切り裂いて進む白い機体に跨った久遠の視線の向こうに、光の柱が立ち上がるのが見えた。


久遠の骨伝導スピーカーに北沢主任の通信が入る。


「大進達がBポイントで電磁捕獲装置を起動させた。」

「倒したんですか?」


エリア13から第一研究企画室に戻った大鳥真美が答える。


「TL3までを想定した装置だからねえ。TL4が相手となると、かなり弱ってくれたらいいかなってとこさ。でも君の到着までくらいは足止めできるはずだよ。」


久遠は真美の言葉に小さく頷く。

機体のディスプレイには、四体のディメンジョン・アーマーが映し出されている。


「城戸さんはまだ動けないのか……。戦い続けていた一真くんや大進くんはもちろん、諏訪内さんもかなり消耗しているはずだ。」


そう小さく呟いた久遠は着陸予定地点を探す。

地上のガイドビーコンを捉えた外部カメラが、着陸地点をクローズアップする。


「あそこか。早く次元エネルギー砲を届けないと。」



(それだけでいいのか?)



「えっ?」


久遠が思わず声を上げる。


「今話したの誰ですか?」

「……誰って、何のことだ?」


北沢が無線で問い返す。


「いえ……その、なんでもありません。着陸地点を確認しました。着陸シーケンスに切り替えます。」

「了解。着陸までそのまま機体にいてくれ。頼んだよ。」


操作パネルに据え付けられたディスプレイは、機体が着陸モードに移ったことを知らせていた。

ArCSは速度を落とし、Bポイントの上空を旋回する。


「あれが次元獣なのか……。」


久遠は地表の巨大な竜を見下ろす。

電磁捕獲装置の力で身体の自由を奪われた次元獣は大地に伏せられ、鉄甲に覆われた頭部と尾は地面に貼り付いたままとなっている。

しかし先ほどまでは真昼のように辺りを照らしていた電磁格子の光は消えつつあり、竜は弱りつつも戒めから自由になろうとしていた。


「対象が動きます!」


久遠の耳元に研究所からの緊張した通信が響く。

眼下では、小山のような巨体が僅かに動き出している。


「このままじゃ、みんなが……」


呟く彼に応えるように、再び耳元で声がする。

それはまるで少年の声のように聞こえた。


(そう思うなら、ここから一撃食らわせてみたらどうだ。)


「……ここからって……?」


(奴は真下にいる。奴の弱点は背中だ。この白騎士なら一撃でやれるさ。)


久遠は眼下の竜の巨大な背中を見下ろす。


「さっきから何を一体……。そんなことできるわけが……。」


無線で入ってきた久遠の小声に、良子は訝しげな顔を見せる。


「……久遠くんは、誰と話しているの……?」



(世話が焼けるな。全く。)



ため息混じりでささやく少年の声が久遠の耳に届いたその時だった。

白い鎧は久遠の意志とは関わりなく、両手のグリップを手放し、両の脚でフットステップを強く蹴りつけた。


鎧に包まれた久遠の身体はふわりと宙に浮く。

視線の先には、着陸地点へと下降していく無人のArCSが見える。

久遠はその時初めて、自分の身体が空中に投げ出されていることに気がついた。


「うわああああああ!!」


思わず前に出した手が空を切る。


「落ちる!? なんとか着地を……!」


ふいに久遠の脳裏に、制服姿の少年の後ろ姿が浮かぶ。


「着地……。いや、そうじゃない……」


久遠は急に視界がクリアになり、時間が止まっているような感覚に襲われた。

雲間に覗く星の瞬きさえも、はっきり見えるようだった。


「そうだ……。奴の背中に……。」


久遠の瞳が、金属で覆われた拳を捉える。


「食らわせるんだ……!」


白騎士の胸部装甲が白く輝く。


地上の竜を目がけて頭から落下していた白い鎧は、拳を強く握り込む。

全身を覆う装甲が久遠の肉体を無理やり捻じ曲げるようにして動き、落下する彼の姿勢を変えていく。



「この一撃を!!」



光の矢の如き勢いで飛び込んでいく久遠。

次の瞬間には、彼の拳は竜の背中に深く突き刺さっていた。

突然の凄まじい衝撃に、巨竜は轟音を立てて地表に倒れ込む。

その光景を見ている者全てが言葉を失っていた。



 「何、今の……。」


あかりは呆然とつぶやいた。

白い鎧は竜の背中から拳を引き抜くと、転げ落ちるようにして地表に倒れ込んだ。


「……あいたた……。」


久遠は全身に痛みを感じながらも、何とか立ちあがろうとする。


(ま、最初はこんなものか)


少年の声はそう言い残して消えていく。


久遠は、金属で覆われた掌を地面につけると、ゆっくりと立ち上がった。


大地に伏した巨竜を背に、屹立する白い鎧。


雲間から覗いた月の光を浴びて、全身がほのかに輝いている。

その姿を目の当たりにしたあかりは、思わず呟いた。


「……白いディメンジョン・アーマー……?」

「知っているの? あかりちゃん。」


静香の問いに、彼女はゆっくりと首を振る。


「知らない……。私、知らないわ。誰が乗っているの……?」

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