第33話 白騎士の出撃

 『電磁カタパルト準備完了。射出シークエンスに入ります。』


格納庫内に、電子音声のアナウンスが響き渡る。


UNITTE筑浦研究室の深層に位置するエリア13。

大鳥真美博士の研究室に隣接した格納庫に設置された電磁式のカタパルトは、新誠学園が位置する高台に開いた射出口へと続いている。

カタパルトの上では、眩いような白色の小型機が出撃を待っていた。


ArCSアークスと呼ばれるその機体は、中央の操縦席を左右に挟み込むようにして大型の推進器が取り付けられている。

後退翼の付いた推進器の上部には、二つに折り畳まれた次元エネルギー砲の砲身が積み込まれていた。

座席には、白く輝く鎧に身を包んだ和泉久遠が静かに発進を待っている。


彼の元に大鳥真美の通信が入った。


「どうだい、久遠くん。カタパルト、そして緊急発進。まさにロマンだと思わないか?」

「……よくわかりません。」


苦笑する久遠がモニターに映る。


「今の子には響かないのかねえ。」


真美は心底ガッカリしたそぶりで、壁面に据え付けられた端末を操作する。


「ま、すぐわかるさ。」


力強くエンターキーを叩くと、ディスプレイに勢いよく制御プログラムのコードが流れ出す。


「調査区域まではオートモードで飛行するから、現地に着いたら着陸シークエンスの操作をしてくれ。着陸ポイントにはマーカーを置くよう伝えておいた。」

「はい。大鳥博士。」

「着陸後、砲撃モードに変形するように設定してある。あとは一真に任せて退避してくれ。銃火器周りはあの子が一番得意だからね。」

「了解です。」


久遠は網膜照射ディスプレイに映る一真の姿を確認した。

その時、外部通信接続のアイコンが点灯し、閉域回線が開かれた。


「和泉久遠くん。ウィーン事務局の竜崎だ。大事な時にすまない。」

「竜崎さん。」

「君のことを巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。だが、もし君の申し出が無ければ、国連軍の攻撃が始まり、我々の今までが……全て無駄になるところだった。感謝する。くれぐれも気をつけてくれ。」

「はい。わかりました。」

「久遠君、大鳥博士、後は頼む。」


竜崎はそう言うと、閉域通信から離脱していった。



「射出のカウントが始まるよ。久遠くん。」

「大鳥博士。今、クローズド回線ですよね。」

「そうだよ。私と君だけだ。何だい、秘密の話か?」

「……その、篠宮先生に、謝るというか、うまく言っておいてください。多分きっと……勝手なことして、怒ってるんじゃないかなって。」


真美は小さく、そして優しげに微笑むと、静かに話し出した。


「君が来てから、良子は少し明るくなった。」

「え?」

「今から六年前のことだ。まだ高校生だった私や良子、竜崎君はね、仲間と共にある目的のために戦っていたんだ。当時は珍しい話じゃなかったんだよ。現役の高校生が国連の作戦に駆り出されるなんてことはね。」


「六年前にそんなことが……。」

「結果的に作戦は成功した。第二次ウィーン会議も成功し、世界も平和への道を進むことができた。……でも、我々はかけがえのない仲間を……大勢失ってしまった。」

「……!」

「その日から、良子はずっと闘いっぱなしだった。身を擦り減らし、心を削り、もがき続けてきたんだ。大切な仲間と交わした約束を守り、今も続くもうひとつの戦いを終わらせる。それだけのためにね。」


真美は目を伏せて続ける。


「UNITTEを立ち上げ、一年前に所長代理として研究所に戻ってきた頃には、良子はロクに眠ることもできず、食べることもできなくなってた。六年前は、寝ることと食べることしか興味ない、普通の女子高生だったのにな。」


久遠は息を呑む。

昨夜の旧図書館で見た彼女の姿と、袋に入ったままのお菓子やマグカップに残されたコーヒーを思い出していた。


「良子はずっと……境界に残してきた後悔リグレットに、捕らわれたままなんだよ。」


真美はわずかな沈黙の後、再び話し始めた。


「君と過ごす旧図書室での時間、そして君の存在そのものが、彼女にとってどれだけ支えになっていたことか。」


久遠の脳裏に、旧図書館で、研究所で微笑む篠宮良子の姿が浮かぶ。


「だから、無事で帰ってきてくれ。良子には、君が必要なんだ。久遠君。」

「……はい。」


久遠は小さく頷くと、金属に覆われた掌で機体のハンドルグリップを強く握りしめた。


ArCSアークス 射出十秒前。』


エリア13の格納庫内にアナウンスが響く。

次元エネルギー砲(ディメンジョン・キャノン)と、それを運搬する飛行ユニットは『Air Craft Carrier with Canon System』を略して『ArCSアークス』と名付けられていた。

両サイドに取り付けられた巨大な推進機が、高周波の音を立て始める。


(みんな……。)


ディスプレイには映像ドローンが電送するBポイントの様子が映し出されていた。

四体のディメンジョン・アーマーは傷つきつつも、誰一人として戦うことを諦めた様子はない。

久遠は装甲に覆われた胸に手を当てる。

指の間からは、次元エネルギー炉が放つ白い光が溢れていた。


(なぜだろう。不思議なほど心が落ち着いている。それに……)


『五秒前。』


(とても、懐かしい気がする。)


久遠はArCSのグリップを握り、身を屈める。

次の瞬間、電磁カタパルトが勢いよく前進し、彼の乗る機体を夜の闇へと送り出した。



 真美は夜空に遠ざかっていく白い機体を見送ると、深く息をついた。

閉域回線に再び竜崎補佐官がつながる。


「大鳥、短い時間での出撃準備、済まなかった。」

「『こんなこともあろうかと』ってのが、天才博士の役目ってもんさ。」


真美はディスプレイを見つめたまま、こともなげに呟いた。

竜崎は穏やかな笑みを見せた後、小さく呟いた。


「なあ、大鳥。」


閉域回線を伝わる彼の声が真美のイヤホンから流れる。


「……あの白い鎧、一瞬、彼かと思ったよ。」


その声は懐かしむような響きを伴っていた。


「私もさ。」


ウェーブのかかった髪に触れながら続ける。


「でも……そうじゃない。彼ではないんだよね。」


真美は黙って後ろを振り返る。


「彼方。」


彼女の視線の先には、主を久しぶりに送りだした後の、巨大な黒い棺が静かに佇んでいた。

真美は棺の表面にそっと手を触れる。


「彼を……守ってやってくれ。」


彼女をそう呟いて目を閉じると、壁面に設置されたディスプレイに目を移した。


「私達が求める『ディメンジョン・ゲート』の鍵。もしかしたらそれは……」


ディスプレイには夜空を切り裂くようにして飛行するArCSに跨った白騎士の姿が映し出されていた。

真美はその姿を見て、小さく微笑んだ。


「頼んだよ。久遠君。」

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