第32話 僕にできること
UNITTE筑浦研究所。第一研究企画室。
静まり返った部屋に、次元獣を観測していた研究員の報告が響く。
「LD型は移動を再開。速度は四割まで低下しています。」
真美はノートPCのキーを高速で叩きながら答える。
「了解。あかりと大進の攻撃が効いてるね。時間稼ぎできそうだよ。」
「真美、一真達の様子は?」
「たった今、大進があかりと静香をBポイントに送り届けたところだ。二人は南達と五浦教授がケアしてくれている。一真はLD型を牽制しながらBポイントの電磁捕獲装置まで誘導しているところさ。」
ノートPCを操作していた真美がエンターキーを叩くと、画面には電磁捕獲装置がスタンバイ状態に移行したことを示すメッセージが現れた。
大型モニターには、兵装ドローンから投下された多連装ボウガンを使い、次元獣に大量の矢を浴びせる一真の姿が映し出されている。
ディメンジョン・アーマーには様々な兵装が用意されており、それぞれの体格や適正に合わせて装備される。
多様な装備を使いこなすセンスと個体の弱点や特性を見抜く眼力は、御堂一真が頭ひとつ抜けていた。
「御堂くんはよく食い止めてくれているな。」
北沢がディスプレイから目を離さずに呟く。
「ええ。ただ、決定的な打撃を与えられていません。射撃装備の火力が足りていないんです。」
額から流れる汗を拭おうともせずに良子が続ける。
「電磁捕獲装置を使ったとしても、連戦してる一真達や、動けないあかり達では危険だわ……。」
久遠は画面に映るあかり達と、憔悴している良子の姿を見て、拳を強く握りしめていた。
(みんなが危ないのに……。なぜ僕はこんなところにいるしかないんだ……)
彼の苦しげな横顔と、デスクの端を掴んで肩をこわばらせている良子の背中を見ていた大鳥真美は、やがて静かに口を開いた。
「
久遠が顔を上げて真美に視線を向ける。
良子も大鳥真美の言葉に反応して、素早く振り返った。
「真美、それって確か……。」
「ようやく使える目処がたってね。今回まさか必要になるとは思ってなかったから、南にも持たせてなかった。なにしろ、ろくにテストもしてないしね。」
真美は立ち上がり、白衣の裾を払う。
「でも、威力は十分保証できる。次元エネルギー砲を積む
不安な表情を崩さない良子に、真美が続ける。
「ただ……あんなところだと、流石に無人機じゃ心配だよね。届ける人がいないと。」
良子は小さくため息をついた。
「届ける人なんてここには……。それに、ディメンジョン・アーマーも無しに、あんなのがいる真っ只中に行かせるわけにはいかないわ。」
良子はそう言って再び壁面の大型ディスプレイに向き直ると、デスクに置かれたジュネーブ支局への特別回線に手を置いた。
「……国連軍に救援の要請をします。真美、みんな、ごめんね。」
良子の声に、研究室に沈黙が訪れたその時だった。
「僕が行きます。」
良子が振り向く。
「久遠くん?」
「篠宮先生、僕に行かせてください。」
良子は彼をなだめるように、ひとつずつ言葉を選ぶ。
「久遠君。あなたの気持ちはわかるし、嬉しく思う。でも、ここは私たちや一真くん達に任せて。」
「持っていくだけでいいなら、僕にできませんか。」
「ディメンジョン・アーマーは、この世に四体しか無いの。お願い……」
お願い、もうそれ以上言わないで。
良子が言葉を飲み込む。
久遠は良子の言葉に返さず、大鳥真美に視線を向ける。
「大鳥博士。」
「うん、わかってる……。」
真美はウェーブがかかった前髪をいじりながら、独り言のように呟く。
「火は入っている。すぐに使えるようになってるよ。」
「真美、なんの話?」
久遠の思い詰めた表情と、目を逸らしている真美の顔を交互に見る。
「まさか……。」
良子の端正な顔が一瞬険しい表情を見せた。
「真美! 見せたの!? 白騎士を!!」
これまで一度も見せたことのない良子の剣幕に、研究員たちの視線が注がれる。
「あれを……久遠くんに……。」
一転して、細い声を絞り出すようにして呟く良子。
デスクに手をついて
「白騎士のことは。」
真美が
「いつかはわかることさ。そのことは誰よりも知っていたんじゃないか、良子。」
無言で立ちつくす良子。
長いまつ毛の目は伏せられ、小さな整った口元はきつく結ばれている。
「篠宮先生、ごめんなさい。僕は……。」
久遠の拳は強く握られている。
「できることをしたいんです。みんなのために。」
大型ディスプレイには、一人戦う一真や、Bポイントにたどり着いた大進、あかり、静香の姿が映し出されている。
「僕に……行かせてください。」
第一研究企画室に再び沈黙が訪れる。
良子は久遠に目を向けることなく押し黙っていたが、やがて小さく頷いた。
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