第31話 巨竜の咆哮

 「何あれ……。」


あかりが思わず呟く。


「次元獣……? 第三波……ですか……?」


フィールド回線から流れた静香の弱々しい声に、大進が振り向く。


「静香殿、大丈夫でござるか。」

「大丈夫です……。一瞬頭痛がして……。」


一真はあかりの装甲に手を当て、声をかける。


「あかり、諏訪内と退がれ。」

「何言ってるの。この状況で退がれるわけないでしょう?」


やがて黒い闇が晴れると、そこには紫色の巨大な次元獣の姿があった。

腹ばいになったその地表から背中までの高さは、ゆうに六メートルはある。

長大な尾を引きずり、蜥蜴とかげのように四つ足で這う姿は、ファンタジー作品に出てくるような巨大な竜を連想させた。


機械で覆われた前足がOG型次元獣を背後から悠々と押し潰し、その頭部を巨大な装甲で覆われた竜の顎が噛み砕く。

巨竜は眼前に並んだ四体のディメンジョン・アーマーを眺めると、闇夜を切り裂くように咆哮した。


「これは……。まさにドラゴンそのものでござるな……。」


大進が思わず呟くと同時に、良子からの通信が各機に届いた。


「四人とも、調査活動は中止よ。すぐにCポイントまで後退して。」


良子の指示に、あかりが血相を変える。


「でも、今退いたら南さん達が!」

「退避を急がせるわ。第三波を予測できなかった私たちのミスです。とにかく今は身を守りながら退くことに専念して。」


良子のいつにない張り詰めた声が、事の深刻さを伝えてきていた。

あかりは口元を強く結んで巨竜の姿を見据えている。

大剣を構えたまま、大進は口を開いた。


「次元獣のデータはあるのでござるか。」

「LD型と呼ばれているタイプだろう。十五年前の侵攻では出現数が少なく、詳しい資料はほとんど残っていない。」

「一真、あれもTL3なの?」

「記録ではTL4だ。」

「TL4……!?」


あかりの声が通信を通して響く。

一真はディスプレイに表示されたアーカイブ画像を閉じた。


OCオークOGオーガーときて、今度はレッサーRドラゴンDか。ゲームだけじゃなく、現実で拝めるとはな。」

「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ。少しでも食い止めないと!」


あかりの胸部装甲が強く輝く。


「相手がドラゴンでも何でも、このディメンジョン・アーマーなら!」


彼女は放たれた矢のように、巨竜目掛けて一直線に駆けていく。


「まずい。誰か、あかりを止めてくれ。」


通信回線から大鳥真美の声が響く。

いつもの彼女とは明らかに異なる口調が、事態の深刻さを予感させた。


あかりは巨竜の側面に回り込むと、鋼鉄製のトンファーを巨竜の前足に連続で叩き込む。

LD型の脚部装甲は吹き飛び、傷ついた紫色の皮膚から黒い体液が噴き出した。


彼女は腰に装備した伸縮式の槍を取り外して長く伸ばすと、剥き出しになった次元獣の脚部に、渾身の力を込めて突き立てる。

穂先が巨竜の皮膚を貫き、深々と突き刺さった瞬間、あかりの腕部装甲が急に力を失った。


「何、今の?」


あかりは大きく跳躍して飛び退く。


(!?)


彼女はいつものように着地をしたつもりが、大きくバランスを崩し、たまらず左膝をついた。


「なぜこんな、何もないところでバランスを……。」


体勢を立て直すあかりの頭上に赤紫の巨大な尾が振り下ろされる。

その瞬間、緑色の光が駆けたかと思うと、大進はあかりを抱えて大きく飛び退いた。


「大進くん!」

「あかり、退がるでござる!」


あかりは瞬時にディスプレイ上の機体パラメータをチェックする。

次元エネルギー炉の出力は変わらず安定し、警告表示も無い。

にもかかわらず、各部の反応が鈍くなっていることを感じ取ることができた。


過負荷オーバーロードで演算装置がいくつか停止しているんだ。」


あかりが心に抱いた疑問を読んだかのように、大鳥真美の通信が入る。


「機体制御の演算が遅れ、次元エネルギーを上手く配分できていない。反応が遅れたり、力が入らないのはそのためだ。」


大進はあかりを一真の傍に預けると、大剣を構えて巨竜と対峙する。


「静香殿!」

「大進くん!」


静香が両手をLD型に向けると、背部の冷却装置が一気に開く。

巨大な竜を模した次元獣は装甲に包まれた顎を大きく開いて苦悶の表情を浮かべる。

念動力が作り出す巨大な圧力の前に膝を折り、次元獣は大地にひれ伏そうとしていた。


「動きが止まっているうちに……!」


大進は一気に詰め寄り、巨竜の首筋に斬撃を浴びせていく。

次元獣の皮膚が裂け、黒い体液が勢いよく吹き出すが、両断には程遠い。


「これはなかなかに硬いでござるな……。む……!?」


巨大な竜が不意に力を取り戻して立ちあがろうとしていることに気が付く。

大進が振り返ると、静香が片膝をついているのが見えた。

次元獣へと伸ばした右手が弱々しく掲げられている。


「いかんでござる……!」


大進は手にした大剣を思い切り竜の足の甲に突き立てる。

そのまま跳躍して大剣の柄を強く蹴り込むと、鋼鉄の大剣が深々と竜の足に突き刺さった。

そのまま両足に力を入れ、再び空中へと高く飛んだ大進は、兵装ドローンから投下された棒状の手裏剣を受け取り、巨竜の足に向けて投げつける。


「忍法・影縫いの術!」


地面に突き刺さった数本の棒手裏剣から高電圧の電界が発生し、竜の足は大地に縫い付けられたように動かなくなった。

巨竜は苦悶に身体を捩り、雄叫びをあげている。


「足止め程度になるといいでござるが。」


大進はそう呟くと、身を翻して静香の元へ走った。


「静香殿!」


静香は大進が辿り着くや否や、彼にもたれかかるようにして崩れ落ちた。


「大進くん……ごめんなさい……。なんだか急に目が霞んで……。」

「よくやったでござるよ、静香殿。これで時間が稼げたでござる。」


大進は金属に覆われた掌で、彼女の背部装甲にそっと触れた。


「大進、あかり、Bポイントまで引くぞ。」


一真の通信に良子が割り込む。


「ダメよ! Cポイントまで引いて、皆と逃げて。」

「Bポイントの電磁トラップを使います。奴は弱ってる。俺たちで仕留めます。」

「何言ってるの!? あとは国連軍に任せて、早く逃げなさい。」

「篠宮先生。俺達は研究員であって軍隊じゃないはずです。命令なら聞けません。」

「な……!」

「それに、国連軍がここをどうするつもりかくらい知っている。」


一真と大進は目を合わせる。


「もう戦場は……ごめんだ。」



 研究員やメカニックが駐屯するCポイントは、ほんの少し前とは打って変わって大騒ぎとなっていた。

データ確認用のタブレットを抱えた五浦教授が、振り絞るようにして呟く。


「静香はなぜあんな無理を……!」


ツナギ姿の南が彼女の肩に手を乗せる。


「五浦さん、落ち着いて。今迎えが来るからすぐに撤収の準備を。」

「……私は残ります。静香を残していけません。」

「何言ってるんです。あなたがここに居たら、あの子も安心して戦えないでしょう?」


その時、天幕に若いエンジニアが飛び込んできた。


「南さん、車両が来ました。乗ってください。」

「バカ言うな。あたしが逃げたら、誰があの子達の面倒を見るんだい?」


ふと五浦と南の目が合い、お互い小さな笑みを見せる。


「ここはあたしと五浦教授がいるから大丈夫だ。あんた達が先に撤収しな。ヤバくなったらすぐに行くから。」

「………それが。」

「何だい。」

「みんなが……南さん達を先に逃して、自分らが頑張るって……。」

「ここはお人好ししかいないのかね、全く……。」


南は頭をかくと、両手を力強く打ち合わせた。


「よし。メカニック班はBポイントで緊急冷却ユニットと電磁捕獲装置電磁トラップ、それから補助電源を準備。」

「はい!」

「大進に予備の武器、あかりには長槍を用意してやって。声かけあって、状況は細かくチェック。危なくなったら即逃げる。いいね!」

「了解です!」



 にわかに活気づいたCポイントのUNITTE調査チーム。

すぐそばの天幕には、それを遠目に見ている国連軍の姿があった。


「やれやれ、素人集団はこれだからな。」

「そう言うな。上の連中もわかってて素人にやらせたんだろ。」

「本当にわかってんのかねえ。」


兵士の一人が苛立ちを隠そうともせずに煙草をふかす。


「わかっててやらせる奴らがいるんだよ。どっちに転んでも構わねえ奴らが。自分達は何もしねえ、ジュネーブの宮殿に篭ったままさ。」


もう一人の兵士が吐き捨てるように呟いた。


「宮殿に篭っているだけならまだマシさ。この状況を見て、ここぞとばかりに総攻撃の催促だろうぜ。」

「ウィーンを出し抜いた上に、恩まで売れるからな。国連での立場も上がる。派手な成果で国連の外にもアピールできる。大したもんだぜ。」

「UNITTEのに乗ろうってのかよ。本当にどうしようもねえな。」


兵士達の喧騒を背に通信機に耳を当てていた軍曹は、ため息をついて通話を切ると、国連軍のジャケットで包んだ屈強な身体を立ち上がらせた。


「本隊から通信が来た。全員B兵装に戦闘用無線で待機。UNITTEからの要請があり次第、作戦を開始とのことだ。」

「本体もこの作戦には後ろ向きだったはずですぜ。」

「ジュネーブの久辺上級補佐官から直々に連絡があったそうだ。」

「スポンサーの意向には逆らえん、か。」


軍曹は眉間に皺を寄せて黙って頷き、やがて口を開く。


「UNITTEからの要請が無くても、あのパワードスーツが全機やられるか撤退した場合、あるいはLD型がこの場所まで到達した場合も作戦を開始しろとの命令だ。」


軍曹の抑えた声に、歴戦の兵士達にも静かな緊張が走る。


「軍曹、作戦を開始ったって、あんなの相手に何ができるんです?」


巨大な竜が映る軍用モニターを指差す。


「説明しただろう。ガイドビーコンを対象に打ち込む。無線機で完了の合図を送る。俺たちの仕事はそれだけだ。」


軍曹はすっかり冷たくなったコーヒーをすする。


「十分後には、新霞ヶ浦駐屯地にいる部隊からの精密誘導弾と迫撃砲で、ここら一帯は火の海だ。これほど簡単な仕事は無い。」

「ドラゴンのバーベキューの出来上がり、か。ドラゴンだけで済みますかね。」


兵士は天幕を忙しく行き来するメカニックや研究員を眺めている。


「……十五年前には珍しくない光景だったよ……。わかるだろ、お前さんも。そん時に戻るってだけさ。」

「そりゃ分かってるけどよ……。」


兵士はつまらなそうにタバコを吐き捨て、残り火を足で踏み消す。


「戻りたくねえから、十五年もの間、あっちこっちで戦ってきたってのによ……。」


彼の言葉に兵士達が頷く。

背中で聞いていた軍曹は、モニターに映る巨竜を見ながら小さく呟いた。


「戻りたい奴なんぞ……いるものか。」

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