第30話 異変
厚い雲が夜空に集まり、いよいよ満月を完全に覆い隠そうとしている。
地表には煌々と輝く投光器群が並び、その中心では次元誘導装置が赤い光を灯していた。
フィールド回線を通じて、良子の声がディメンジョン・アーマー各機に届く。
「一真君、状況を教えてください。」
「OC型七体を撃破。DA全機損傷なし。第一研究企画室、モニタリング状況を。」
「目標七体全てバイタルサイン無し。DA各機のパラメータ異常なし。次元エネルギーシステム正常稼働。順調ね。この調子でお願い。」
「了解。」
一真は手にしていた長剣を腰に収めた。
「……なんで一真がいちいち連絡してんのかしら。」
頭部バイザーを開けたあかりが口を尖らせる。
「うちのエースに思いきり活躍してもらうためでござろうな。」
大進は微笑んで右腕を上げてあかりを指す。
「やっぱそうよね。」
あかりは笑顔を見せると、大進が掲げる拳に自分の拳を打ち合わせた。
「静香、見事だったわ。」
フィールド回線に五浦教授の通信が入る。
「五浦さん。」
「第二波が来るまでに、できるだけ気持ちを落ち着かせてね。静香なら大丈夫。」
「はい。」
そう答える彼女の顔には幾条もの汗が流れている。
静香はAポイントに入ってから初めて小さな笑みを見せた。
◇
その時、調査区域全体に振動が走った。
投光器が揺れ、地面に落とされている影がそれに合わせて
振動が収まる頃、再び次元誘導装置周辺の景色が歪んでいく。
やがて歪みは広がり、眼前には黒い闇が広がっていった。
「でかいでござるな。」
「
「三体いるね。」
あかりは頭部バイザーを下げ、身構える。
彼女の胸部装甲に赤い光が宿った。
前衛にはあかりと一真、下がった位置に大進が位置し、そのラインの後方に静香が配置されている。
彼らの目の前には、三体の巨人が出現していた。
その中の一体はすでに片腕を失っており、もう一体の右足は装甲板がひしゃげており、足を引きずるようにして動いている。
◇
「嫌なことを思い出させるぜ。」
Cポイントの国連軍待機エリア。
旧型のモニターを食い入るように見ていた一人の国連軍兵士が苦々しく口にした。
「あのツラは死んでも忘れねえ。」
「お前さんは十五年前に奴等を見たことがあるって言ってたな。」
「おうよ。形こそ微妙に違うが、間違いねえ。ジュネーブの防衛戦では、あいつらにいいようにやられちまった。」
十五年前の侵攻では国連のジュネーブ支局が次元獣が急襲され、施設一帯と国連軍は大きな被害を被っていた。
「あの図体で機械のように正確に攻めあげてきたと思えば、抑えのきかねえ獣みたいに暴れやがる。」
「それが一度に三体とはまずいな。とはいえ、どうやら十五年前の怪我が治ってないのにうっかり来ちまったみたいだ。この分なら、さっきみたいに楽勝なんじゃないか?」
「そうだといいんだけどよ……。」
兵士は火のついたままの煙草を手に持ったまま呟く。
五人の国連兵は目を逸らすことなく画面を凝視している。
画面の中の紫色の巨人は、今にも動き出そうとしていた。
◇
あかりは注意深く様子を伺っている。
OG型と呼ばれる三体の次元獣は、ディメンジョン・アーマーの姿を認めると同時に動き出した。
片腕の無い個体が加速をつけ、足音を響かせながら飛び出してくる。
「大進、諏訪内、そっちは頼む。」
一真は突進してくる巨体を飛び退いてかわす。
速度を落とさずに大進に掴みかかろうとする次元獣だったが、突然頭を押さえてその動きを止めた。
巨人の紫色の額には、鋼鉄製の矢が深々と突き刺さっている。
「静香殿、お見事でござる!」
第一射を命中させた静香は、間髪入れずに矢をつがえて鋼鉄の弓を引き絞る。
特殊鍛造鋼鉄で作られた弓は、屈強な大人が数人がかりでも引くことはできない。
だが、ディメンジョン・アーマーの恩恵により、静香はやすやすと使うことができた。
さらに、放たれた矢に念動力を乗せることで、通常では得られない破壊力と命中率を誇る。
静香の第二射がOG型の肩口を射抜くと同時に、大進が飛び出す。
その胸に宿る緑色の光が輝きを増していく。
「滝川流剣術
大進は背中の大剣を構えると、そのまま身体ごと回転して振り抜く。
彼の身体と大剣を包む緑色の輝きが竜巻のように翻ると、次元獣の巨大な胴体は一瞬で両断され、地面に崩れ落ちた。
「大進くん、大技だ! カッコいい!」
思わず叫ぶあかり。
「こっちも負けてらんないよね!」
あかりは巨人が振り回す丸太のような腕を難なく交わしては、体表を覆う装甲に鋭い打撃を浴びせていく。
「あかり、そいつは殴ってばかりいてもダメだ。俺が奴の頭部を両断する。」
一真が手にした長剣が青い光を纏い、変換された次元エネルギーが巨大な刃を形成する。
「いいとこ見せようっても、そうはいかないわよ。」
あかりの一撃が次元獣の腹部装甲を完全に破壊する。
苦し紛れに大きく振り下ろされたOG型の腕を、彼女は身を逸らしてかわす。
巨大な紫色の腕に取り付けられた金属パーツが、あかりの肩部装甲に掠り、軽い金属音を立てた。
その光景を見ていた一真が一瞬怪訝な表情を見せる。
「いけない、ちょっと掠っちゃった。」
あかりはバイザーの中で小さく舌を見せると、次の瞬間には赤い光の残像と共に懐に飛び込み、体ごとぶつかるようにしてOG型の胴体を思い切りトンファーで殴りつける。
バランスを崩した巨体を飛び越すようにして空中を舞うと、首元に勢いよく回し蹴りを炸裂させた。
頭部を失った次元獣の巨体は膝から崩れ落ちるようにして大地に倒れ込んだ。
「どう、一真。あたしで十分だったでしょ。」
◇
「凄い……。こんな短時間であの
研究員の一人が思わず呟く。
筑浦研究所のモニターには、最後に残ったOG型を遠巻きにしている四体のDAが映し出されている。
張り詰めた表情を変えることなく見守る良子。
その時、一真からの通信が室内に響いた。
「研究室、あかりの機体パラメータをチェックしてください。」
「
真美がキーボードに指を走らせる。
「は? あたしはなんともないわよ?」
あかりが通信で割り込む。
「お前がさっきのあれをかわせないはずがない。念の為下がってろ。残りは大進と俺でやる。」
「ちょっと勝手に決めないでよ!」
「あかり、一真君の言う通りにして。あくまでも念の為よ。」
「良子までそんなこと言うの?」
その時、久遠は不意に額をおさえ、デスクに手をついた。
「……おい、久遠くんどうした。」
彼は北沢の声に返事をすることもできず、片膝をつく。
久遠は、これまで発生した次元震のたびに感じた頭痛より、さらに遥かに強い痛みを感じていた。
静香からの通信が入る。
「篠宮先生、諏訪内です。何か今……。」
その時、研究所を強く突き上げるような振動を襲った。
「次元震……!」
久遠は額を抑えたまま、大型ディスプレイを見上げる。
そこには闇夜を塗りつぶすようにしてうずくまる、巨大な紫色の影が映し出されていた。
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