第29話 次元獣、襲来

 あかり達が待機するAポイントの中央では、次元誘導装置が起動中を示す赤いランプを点している。


先ほどまで一帯を襲った次元震と呼ばれる短い地震はすでに収まっていた。

辺りの森の闇が濃くなったことに気がついた一真は、空を見上げる。

機体の外部カメラが網膜照射モニターに映す満月は、厚い雲に覆われようとしていた。


「来るようでござるな。」


大進が正面を指差す。

金属に覆われた指が指し示す先には、空間にわずかな歪みが生じていた。

歪みは大きくなり、十数メートル四方はあろうかという黒色の闇に変わっていく。

一真は視界を赤外線モニターに切り替えた。


「七体か。」

OG型オーガータイプでござるか。」

「小型のところを見ると、おそらくOC型オークタイプだな。こちらを伺っている様子だ。稼働していると見ていい。」

「来たわね……。」


あかりは金属製の拳を握りしめる。

赤く染め上げられた胸部装甲の中心部には小さな輝きが宿っていた。


眼前の黒い闇が薄れていく。

そこには投光器の光に照らし出された七体の次元獣が出現していた。

前傾した2メートルほどの体躯は深い紫色の表皮であり、その上に銀色の金属装甲が取り付けられている。

次元獣は辺りを伺う様子もなく、DAの姿を認めるなりゆっくりと進んでくる。


「敵と認めたら問答無用か。全く資料通りだな。」

「第二波が来ることを考えて、まずは落ち着いてかかりたいでござるかな……」


大進が言い終わるのが早いか、疾風のようにあかりの機体が飛び出し、突き進んでいく。

両手には特殊金属を鍛えたスティック状の武器が取り付けられていた。


「あの、バカ!」


一真が叫ぶと同時に、あかりが振り抜いた金属製のトンファーが一体の次元獣を捉え、頭部を吹き飛ばしていた。


「まずは一体!」

「あかり、一人で突っ込むな!」

「片付ければいいんでしょ?」


あかりは両手のトンファーを手近の次元獣に連続で打ち付ける。


「第二波が来る前に!」


二体目の次元獣は大地に倒れ込み、その動きを止めた。

動かなくなった次元獣を見下ろす灰色の装甲を、月明かりが照らしている。

その胸部装甲の中央はルビーのような赤色の光が強く灯っていた。



「あの赤い光は……?」


研究所で見ていた久遠が思わず口にする。


「そっか、久遠くんに話すのは多分初めてだね。」


大鳥真美がノートパソコンの液晶画面から目を離さずに答える。


「ディメンジョン・アーマーには、現行の技術の転用や発展型が多く使われているって話は前にしたよね。」


久遠が黙って頷く。


「なので、軍が使うようなちょっと性能が良いパワードスーツとそう性能は変わらないんだ。しかし、それを無敵のディメンジョン・アーマーに変える魔法がある。それがあれさ。」


研究室の大型ディスプレイには赤い輝きを見せるあかりの装甲が映し出されている。

その横のステータスモニターでは、それまでに見たこともない出力の数値が踊っていた。


「これこそがDeuSデウスの力さ。次元エネルギーシステムの方がわかりやすいかな。」

「次元エネルギーシステム……?」

「別次元に存在するエネルギーを直接取り込んで変換するシステムさ。バッテリーなどの蓄電装置と違って、大量のエネルギーを機体に直接供給し続けることができる。凄いよね。」


真美が満足気に呟く。


「DeuSがある限り、並の次元獣じゃ相手にならないよ。」

「凄い……。」


久遠はモニターの赤い光を食い入るように見つめている。


「それはそうと、あかりは後でお説教ね。チームワークって言ったのに。」


良子がため息をつく。


「いいとこ見せようとしちゃう年頃だからねえ。それに、これからがチームワークの見せ所じゃないかな。」


真美は映像用ドローンに素早く指示を出しながら、モニターの映像を切り替えていった。



  一瞬で二体を失ったOC型の部隊は、特に身じろぐこともなく、三手に別れた。

対人強襲に特化したとされるその次元獣は、ずんぐりとした体躯からは想像できない素早い動きを見せる。


「意外と速いでござるな。」

「今はな。」


一真は長剣を構えながら呟く。

次の瞬間、五体の次元獣は何かに抑えつけられたようにその動きを止めた。

金属製の足首が地面にめり込もうとしているのが見える。


「静ちゃん!」


あかりが振り向くと、視線の先では、静香の機体が胸部を桜色に輝かせている。

胸部装甲の輝きは装甲を伝い、身体の横で軽く握られた両拳や、大地に立つ足先、翼のように広がる背部冷却装置まで包み込んでいた。


「静香殿、凄いでござるな!」


眼前に迫っていた五体の次元獣は、静香がディメンジョン・アーマーを介して発生させた強力な念動力に抑えつけられ、わずかにもがくことしかできなくなっている。


「よし今だ! 行くぞ、大進、あかり!」


一真の掛け声と共に、大進とあかりはそれぞれに目標を捉え、立て続けに五体の次元獣を撃破していった。



 「やった!」


Cポイントに設置されている大型ディスプレイの画面を凝視していた研究員達が一斉に歓声を上げた。


「やれやれ、サッカーの応援じゃないんだよ。」


傍で見ていた南ひろ子がため息をつく。

その横では五浦教授が静香の機体から転送されてくるパラメータや脳波を無言でチェックしている。

五浦教授が安堵のため息をつくのを待って、南が声をかけた。


「なんとか第一波は抑え込めたね。」

「小型の次元獣だったら、機体の力を借りた静香の念動力が効くと思ってたけど、まさかこれほどとは思わなかった。」


(静香、よくやったわ)


五浦教授は目を閉じ、深く息をついた。


「さて……問題は次だね。」


南の言葉に五浦は黙って頷く。


「これで終わりってわけじゃないだろうからね。」

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