第28話 Threat Level 3

 Aポイントと呼ばれる空間は、周囲を森に囲まれた広々とした空間となっていた。

入口には「水と緑の商業都市 北筑浦ショッピングモール建設予定地」と書かれた古びた看板が立っている。


事前に複数設置された野外催事用の巨大な投光器が中心部に向けて光を投げかけ、一見しただけでは夜間のサッカースタジアムのようだ。

光に照らされた中央部分には、四体のディメンジョン・アーマーの姿があった。


「奥はこんなに広いんだね。中高津のイオンよりは狭いかな。」

「建物が無いと余計に広く感じますね。」

「それだけ研究対象の規模が大きいということでござろうな。」


四体それぞれの腕や腰には近距離戦用の武装が取り付けられている。

すでに他のスタッフはCポイントに戻り、支援用のドローンだけが空中に待機していた。

支援ドローンには映像の伝送や、通信の媒介、投光や補給物資の運搬など、様々な用途が割り当てられ、DAの近接調査を補助する役割を担っている。


「みんな、準備はできてる?」


頭部装甲内のコミュニケーターから、良子の声が届いてくる。


「いつでも大丈夫よ、良子。」

「今回の計画は説明した通り、TL3級の相手となります。」


TLは『Threat Level』の略となり、外的脅威、すなわち次元獣の全体的な脅威度を示している。

国連により定められた算出方法により、次元獣の個体数や個々の強度などのデータから計算された値が設定される。


「知っての通り、私たちが近接調査を行ったことがあるのは、TL2まで。それも、まともに動く対象を相手にしたことはほとんどないわ。」


直近でTL2と認定されたのは、良子と久遠を襲った一体だった。

モニターに映し出された北沢主任が補足をつけていく。


「今回の予測では、次元接続は二回あると考えられる。次元震も二回発生する可能性があるので、頭に入れておいてくれ。」

「二波に分かれて出現するということですか?」

「その予測だ。両方合わせてTL3と考えてくれ。」

「今までは一体以上を相手にしたことがないから、ちょっと腕が鳴るね。」

「自分一人で張り切らないでね、あかり。今日はチームプレーよ。」

「もちろん。今日は大進くんと静ちゃんがいるから心強いわ。……あと一人は足引っ張んないでよね。」

「……。」

「こら。チームワークよ、あかり。」


調査活動の前は青白い顔をしていた良子も、少し調子が戻ってきたようだった。



 UNITTE筑浦研究所内。


久遠は、前日に開かれたミーティングのメモを確認していた。


調査計画の段取りはこうだ。

まず、次元誘導装置を研究所側でリモート起動させる。

次元誘導装置の役割は、簡単に言えば異なる次元間の接続を促すことにある。


外的脅威は「境界」と呼ばれる別の次元にある空間に存在しているとされる。

次元誘導装置は別の次元を繋ぐ空間を人為的に作り出し、一時的に異なる空間を繋ぐことができるシステムだ。

大鳥博士の言葉を借りれば、「裏口を開ける」らしい。

人為的に開けられた「裏口」を通して次元獣がこちらの空間に侵入をしてくるという仕組みだ。


(まず、ひとつ目は……)


久遠は愛用のスタイラスペンで、自分のメモに図を書き足していく。


次元誘導装置を起動させ、Aポイントに次元獣を誘導する。

Aポイントに待機しているあかり達がDAを用いて近接調査、すなわち戦闘行為を行い、対象の動きを止める。


今回は二波に分かれて出現することが予測されているため、二回近接調査があることになる。

万が一、Aポイントでの戦闘が長引く場合は、Bポイントまで後退する。


Bポイントは若干狭い空間になっているが、その狭さを活かし、Cポイントに設置された電源装置を利用した強力なトラップで支援ができる。


(もしもBポイントで仕留められない場合は……。)


久遠は小さなバツ印をつけ、Cポイントの外側から矢印を数本引いた。

そのような状態になった場合は、待機している国連軍に調査活動の指揮を渡す。

すなわち、そこから先は調査活動地域ではなく『戦場』になるということだ。


良子はその説明をした後、念を押すようにして付け加えていた。


『決して、自分達だけの力で何とかしようと思わないようにね。私たちのできることは調査活動と、それに伴う最低限の制圧だけなの。もし、私たちの手に負えなければ、遠慮なく本職に渡しましょう。』


久遠のペン先は再びポイントAを指す。


(みんな……どうか無事で……)


彼の不安そうな姿に気がついた北沢主任が声をかける。


「久遠君。気持ちはわかるが、君がそんな顔をしていても始まらないな。」

「はい……。ただ、みんなのために何もできないのが、もどかしくて。」

「何を言っているんだ、十分にしているじゃないか。」


北沢主任は久遠の手にある研究所用のタブレットを指指す。


「我々の取ったデータが、今まさに彼らの装甲の中で活きている。北米の予測チーム、南達メカニック班、それだけじゃない、UNITTEの皆の力があの場所に集まっているんだ。信じたまえよ。」

「はい。北沢主任。」

「まあ、本当のことを言えば、僕も君と同じく、もどかしい気持ちが無いわけではない。それでも彼らを信じるしかないな。」


北沢は、そう呟いて篠宮良子の方に視線を向ける。

良子は白衣の袖で額の汗を拭うと、静かに口を開いた。


「次元誘導装置を起動させてください。」


大型モニターには、赤く点滅を始めた次元誘導装置が映っている。

画面の右側にはDA四体それぞれの映像と、簡易なステータスが表示されていた。


(頼むわよ、あかり、一真君、大進君、静香……!)


胸に当てた左の掌には、じっとりと汗が滲んでいる。

その瞬間、研究所を下から突き上げるような振動が襲った。

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