第27話 必ずC教室で

  UNITTE筑浦研究所。

第一研究企画室に集まっていた十数名の研究者の目は、大鳥真美博士に集まっていた。


彼女のノートパソコンには、調査区域に設置されたディスプレイを見つめているあかり達の姿が映し出されている。


「お堅いスピーチが続くと、視聴者の皆さんも力が入っちゃうよね。」


真美の言葉にハッと気が付く良子。

彼女の目の前のディスプレイには、現地のあかり達と同じく固い表情をした自分自身の姿が映し出されていた。


「ここはひとつ、お友達代表にひと声かけてもらうのはどうかな。所長代理。」


彼女の意図を察した良子は、後ろにいる久遠に向き直る。


「久遠くん。いいかしら。」


思いもしなかった提案に、彼は思わず良子に目線を送る。

彼女は小さく笑顔を作って頷くと、手元に据え付けられたマイクを促した。

室内の研究員達の視線が久遠に集まり、彼は白衣をなびかせて良子の元に駆け寄っていく。


大型ディスプレイには、あかりや大進達の姿と、現地にいる大勢のスタッフの姿が映し出されている。

彼はひと呼吸おくと、ゆっくりと話し始めた。



 C地点のモニタリングセクションに据え付けられたスピーカー越しに、久遠の控えめな声が響いてくる。


(久遠君。)


ディスプレイに映し出された彼の姿に、あかりが目を丸くする。


「第一分析チーム 和泉久遠です。今回近接調査にあたる4名は、大切な研究所の仲間であり……その、ゆ、友人です。」


大進と一真、静香はディスプレイを見つめている。


「……みんな、とにかく無事で。僕はここで見ているしかできないけど……。」


一瞬の沈黙の後、張り詰めていた久遠の表情が変わる。


「そうだ。みんな。明後日は、水曜日だよね。」


画面を凝視していたあかりが思わず目を見開く。


「水曜日の放課後に。」


久遠の声に力がこもる。


「必ずC教室で……!」


彼の言葉に、装甲を身につけた四人が一斉に頷く。

あかりは金属で覆われた腕を高く掲げた。


「C教室で!」


続いて大進、静香、一真の金属に包まれた腕が高く掲げられる。


「C教室で!!」


あかりは両腕を広げて、静香達3名を抱きすくめるようにして抱えた。


「よし、行こう! みんな!」


あかりの掛け声のもと、四人は再び腕を掲げ、金属製の拳を互いに打ち合わせた。



「C教室ってなんだ?」


研究員の間で小さな騒めきが起きている中、五浦教授はモニターセクション内のテントに入った。

中はまるで移動する研究室であるかのように、多数の計器類と電子機器が所狭しと並んでいる。


「……みんなの表情が良くなったわ。」


五浦は桜色のポットからコーヒーを二つのマグカップに注ぐと、ひとつを手に取り、ツナギ姿で折り畳み椅子に座っている南に手渡した。


「あの子達にしかわからない、あの子達だけの世界があるのね。」

「そりゃそうさ。」


南は笑いながら答える。


「若い子なんてそんなもんさ。うちらだってそうだったろ?」

「そうだったわね。」


五浦はそう言って笑みを見せると、マグカップに口をつけた。



 「第17号調査活動が開始されました。近接調査員は誘導員の指示に従ってAポイントに移動してください。研究員及びスタッフは計画書3の5に基づいて行動してください。調査活動終了までコミュニケーターをオフにしないようにお願いします。」


アナウンスがフィールド通信に乗ってスタッフ間を駆け巡り、多数の投光器が光を降らせる中、四体のディメンジョンアーマーがゆっくりと歩いていく。

待機していた無数の支援ドローンが、彼らを追うようにして地上から浮かび上がり、Aポイントに向けて飛び去って行く。


 あかり達を見送りながら高揚しているUNITTEのメンバーから距離を置くように、森の中で待機する集団の姿があった。


Cポイントの広場から離れて設置されたテントの一角は、国連軍の待機エリアとなっている。

UNITTEの最終ミーティングが終わると同時に、国連軍のテントでも作戦前の打ち合わせが行われていた。

軍用の古いディスプレイには、ジュネーブ事務局内にある豪奢な応接室を改装した会議室と、国際秩序局の特別補佐官である久辺の姿が映し出されていた。


「……手筈は説明したとおりだ。くれぐれもジュネーブの顔に泥を塗らないようにな。」


「了解した。善処する。」

「善処では困るのだ、軍曹。諸君らの給料がどこから出ているかをゆめゆめ忘れぬよう。」


「少なくともジュネーブのキザ野郎からじゃねえよ。」


小声で吐き捨てる兵士を軍曹が無言で静止する。


「以上だ。国連軍諸君。」


久部が言い終わるのが早いか、軍曹はオンラインミーティングを切ると深くため息をついた。

軍帽を浅く被った兵士が、いきりたって声を上げる。


「宮殿に巣食うキザ野郎め! これじゃウィーンについた方がよっぽどマシだぜ。」

「そう言うな。あっちはあっちで面倒なもんだ。」

「それにしても、調査活動に近接調査か。素直に作戦、戦闘と言えないのは不便なもんだねえ。」


国連軍の軍章が刺繍された兵装に身を包んだ別の兵士が呟く。


「UNITTEってとこは、名目上は研究チームなんだ。どこの組織も、建前にはこだわるもんさ。」


兵士はポケットから煙草を一本取り出し、口に咥える。


「それにしてもあんなオモチャみたいなアシストスーツで何ができるもんかね。」

「軽口を叩いていると、昨日資料で回ってきたブリキのゴリラみたいにスクラップにされるぞ。」


兵士の脳裏に、頭部カメラを破壊された多足歩行ロボットの姿が浮かぶ。


「おい、冗談だろ。あれ、あいつらがやったってのか。」

「正確に言うと、『あいつら』じゃなくて『彼女』らしいな。」


兵士は口にしていた煙草を思わず取り落とす。


「おいおい、まだティーンの嬢ちゃんだろ!? 俺んちのガキ共と対して違わねえように見えるぞ。」


彼は焦ったように早口で喋りながらポケットを探っている。


「まったくだ。あんな子供の後始末のために、オーストリアからはるばる来ることになるとはな。」


隣の国連軍兵士がポケットから煙草を一本取り出し、彼に手渡す。


「子供の後始末が大人の仕事ってもんだけどよ……。」


彼は煙草に火をつけ、煙を吐き出す。


「この分じゃ、後始末どころか、見物だけで帰ることになるかも知れねえな。」


暗がりに遠ざかっていく四つの機体を見ながら、彼は小さく呟いた。

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