第26話 高鳴る心臓

 大規模調査の舞台となるショッピングモール建設用地は、全体が広い森に囲まれた広大な敷地となっている。

元は二十世紀中のバブル時代にゴルフ場として開発された経緯があり、奥に長い形状となっているのが特徴だ。


県道から少し入った建設用地の入り口にあたる『Cポイント』と呼ばれる円形の草地には、投光器が複数台据え付けられ、イベントにも使用されるような巨大なテントがいくつも立てられていた。

長時間勤務しているスタッフに簡単な食事を提供するスペースまであり、さながら野外フェス会場のようだ。


ウィングを大きく開いたトラックから降りたあかり達は、目の前に広がるその光景に目を丸くしていた。


「うわ。なんかいつもより賑やかじゃない?」

「なんだかお祭りみたいですねえ。」

「そうでござるな。今までで一番大規模なフィールドワークでござるから、人も多いし、活気付いているでござる。」

「映画撮影という名目で使用許可を取ったらしいな。全くよくやるもんだ。」

すると、天幕の奥からツナギ姿の女性が駆け寄ってきた。

「お、主役達が来たなー?」

「南さん!」

「今日は四体全機出動だからね。現場でいつでも面倒を見てあげられるようにしないとな。」


リードメカニックの南ひろ子は、いつものツナギ姿で力強く笑う。

同じ天幕から出てきた短髪に細身の女性がコーヒーを片手に声をかけてきた。


「静香、気分はどう?」

「五浦教授。」

「無理をしては駄目よ。静香。」


静香は小さく微笑んで頷いた。


「ひょっとして良子も来てるの?」


辺りを見回すあかりに南が答える。


「大鳥博士と一緒に、第一研究企画室さ。今日の調査活動はウィーン支局も見てるらしいからね。」


無数の投光器に照らされて昼間のように明るいCポイントでは、多くの研究者や技術者が慌ただしく動きわっている。

一真は、森の奥に隠れるようにしてテントを張って待機している見慣れない集団がいることに気がついた。


「大進、あれは。」

「おそらく、国連軍でござろうな。」

「やっぱりそうか。手伝ってくれるわけじゃなさそうだが。」

「やるとしたら、後始末でござろうな。」

「なるほど。奴らには見物客のまま帰ってもらわんとな。」

「そうでござるな。」


大進は小さく頷いた。

天幕から、薄灰色の作業服に身を包んだスタッフが彼らに声をかける。


「装着の準備が整いました。」


一真と大進が自分達の装着用テントに向かうと、あかりと静香も女性スタッフに付き従って別の天幕へと入っていった。


「よし、みんな、着付けをするよ!」


南が慣れた様子でスタッフに指示を出していく。


「着付け……。」


静香がぼんやり呟く。


「着物みたいに自分で着付けができると良いのですが。」

「え? 着物って自分で着られるの?」

「着られますよ。あかりちゃんも今度着てみましょう。教えますよ。」

「え、私かなり不器用だけど、大丈夫かな。」


金属装甲を前にした静香とあかりの会話があまりにも呑気なことに、南は思わず笑顔になった。


「そのうち、この装甲も自分で着られるように改良してあげないとな。」

「本当? 空中でガシーンと合体するみたいな、変身バンクみたいなやつがいい!」

「へんしんばんく?」


目を輝かせるあかりと、首を傾げる静香の姿に、スタッフ達も思わず釣られて笑いだす。


「それは大鳥博士と相談だな。さて、組み付けていくか。綺麗にドレスアップしてやるからなー。」


ディメンジョン・アーマーは特殊繊維で編まれた全身を覆うインナースーツの上に、分解したパーツをさながら鎧を着せていくように身につける。

インナースーツは種類の異なる特殊繊維を組みあわせて複数の層を織りなす形で編まれ、耐刃・耐衝撃に優れており、すでに鎧のような頑丈さを誇っている。

その上にパーツごとに分解された金属製の装甲を組み付けていく。

事前に準備がされていれば、五分もかからない作業だ。


ぼんやりとした表情で女性エンジニアに「着付け」されている静香を、あかりは横目で眺めている。


「静ちゃんの機体はシュッとしてるね。いいなあ。」


慎重に組み付けを行いながら、南が声をかける。


「最新の五世代型だからね。あかりの三世代型も自分で気に入ってるって言ってたじゃないか。」

「もちろんそうよ。何年も一緒にいるんだから。……でも静ちゃんの方についてる羽根はちょっと羨ましいかも。」


静香の背部に取り付けられた羽根のようなパーツに目をうつす。


「ひょっとして、飛べたりする?」

「残念ながら、それは羽でも翼でもない、機体の冷却装置よ。静香の機体はパワーを抑える代わりに、冷却性能を高めて持続性重視に振ってあるの。」


五浦教授が機体の設定数値を丁寧にノートを取りながら答えた。


「なんだ、飛べないのか。残念。」

「飛べはしないけど、効果は抜群さ。DAは熱対策が命だからね。あかりの第三世代はパワーがあるけど、そのあたりが今の世代より劣るんだ。無理すんじゃないよ。」

「大丈夫よ、南さん。上手くやる。」


頭部以外を装甲で身を包んだあかりが、いつものように胸の前で両手を打ち合わせる。


「ディメンジョン・アーマーを着た私は、無敵なんだから。」



 「調査活動前の最終ミーティングがあります。モニターセクションの前に集まってくださーい!」


若手研究員が呼ぶ声と、無線通信での連絡が各テントに飛ぶ。

ディメンジョン・アーマーを装着したあかり達四人と、現地でサポートをする研究員やスタッフは、モニターセクションと看板が掲げられたテントの前に集まった。


大型モニターには、地下研究所の第一研究室に取り付けられた広角カメラの映像が映しだされている。

そこには篠宮良子や大鳥真美、北沢主任をはじめとする研究企画室の研究員や分析スタッフ、そして和泉久遠の姿があった。


据え付けられたスピーカーから良子の声が流れる。


「みなさん、お疲れ様です。今回の調査活動は、かつてない大規模なものとなります。近接調査員並びに研究員、スタッフは、調査計画に基づき、安全を最優先に調査活動を行なってください。」


良子は一息ついて続ける。


「今回の活動を今後の外的脅威の調査研究に繋げていくために、国際連合ウィーン支局外的脅威局からオンラインで視察をされますので、簡単に紹介をいたします。まず、ウィーン支局を代表し、竜崎悟特別補佐官。」


画面の中の竜崎が深々と頭を下げる。


「国際連合ライプツィヒ研究所よりマリー・ヤンソンス主席研究員、ケルン大学量子力学研究室よりウェルナー•キュッヒル博士。続いて……。」

「やれやれ、御大層なことだな。」

「ばか、失礼よ。」


あかりが一真の装甲をこずくと、ゴンと鈍い音がした。


「ジュネーブ事務局の姿が無いようでござるな。」

「どっかでこっそり観てるんだろ。その方が性に合う奴らもいる。」


一真は横目で国連軍の天幕を見据えた。


 良子からの紹介が一通り終わると、ウィーン側を代表して竜崎がマイクを取った。


「ウィーン支局外的脅威局の竜崎です。まず、今回の調査活動への皆様の多大な貢献に、局を代表して敬意を表します。」


若くして外務省から国連に出向している彼らしい、力強い声と射抜くような視線から、その優秀さと人となりが伝わってくるようだった。


「篠宮所長代理からもあったように、安全を最優先に調査活動を行い、人類が外的脅威の実態を紐解くことに繋げていく実りある研究となることを祈ります。」


張りのある芯の通った声は、威厳を感じさせるが、どこか温かみのある声だった。

彼が深々と一礼し、カメラは再び篠宮良子に切り替わる。

画面の中の良子は小さく息を吸い、胸に手を当てた。


「これより、調査活動を開始します。」


(始まる……)


あかりは思わず乾いた喉を鳴らした。

周りを見ると、研究員やメカニック、スタッフ達がこちらの様子を伺っているのがわかる。

この大規模調査のために、篠宮良子を始め大勢の人たちが力を尽くし、海の向こうの人たちまでもが、様々な願いや思惑といった中で観ていることが、今さらながらに伝わってきた。

心臓が高鳴り、装甲に包まれた手が小刻みに震えているのがわかる。

横に目をやると、静香も固い表情でモニターを見ている。

白い顔が普段よりも血の気を失っているようにも見えた。


「静ちゃん……」


あかりが耐えきれずに思わず声をかけようとしたその時だった。


「ちょい待ったー。」


Cポイントに仕掛けられたスピーカーが辺りに響かせたのは、いつもの間伸びした大鳥真美の声だった。

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