第25話 大規模調査活動

 UNITTE筑浦研究所の地下二階に所在する第一研究企画室。


時計の針は、大規模調査活動が始まる2時間前を指そうとしていた。

壁面に取り付けられた巨大なモニターの前では、長机を挟んだ北沢主任と久遠が調査活動の最終確認を行う姿があった。


「奥の広い空間がショッピングモールの建設予定地。入り口に近い方が第二駐車場の予定地だな。」


北沢主任は、A4サイズの白いコピー用紙にサラサラと図を書いていく。


「今回は奥の広いところに誘引装置を設置して、次元獣を誘い出す。ここがAポイントだ。」


何かを説明するときに、彼はノートやタブレットではなく、コピー用紙を使うことを好んでいた。

『安くてどこにでもあり、書きやすい』というのが、若い頃に苦学生だった彼らしい理由だった。


「Bポイントにあたる第二駐車場予定地は、こないだの調査で使ったところですね。」


説明を聞いていた久遠が図の中央の円形部分を指差す。

その場所は、数週間前の調査であかりと一真が水たまりでひっくり返って泥だらけになったところだった。


「そうだな。君もデータで見たと思うが、今回の次元獣は前回よりも大型か、数が多いことが予測されている。そのため、奥の広いエリア、Aポイントを使う。」


良子が主管を務める「第一研究企画室」も兼任する北沢主任は、フィールドワークにおける計画立案にも携わっていた。

軍隊とは異なる『研究機関』であるUNITTEには『司令室』といった作戦指揮を執る部門が存在しない。

フィールドワークと呼ばれる調査活動においては、主に第一研究企画室が調査活動の全体管理を行っている。

今回の大規模調査活動もまた、篠宮良子が全体指揮を執ることになっていた。


「ところで、篠宮先生はどこですか?」

「そうだな。もうすぐ調査が始まるんだが、姿が見えないな……。」



「やっぱりここにいたか、良子。」


白衣のポケットに両手を手を突っ込んだ大鳥真美が篠宮良子に声をかける。


彼女はエリア6にある、エレベーター横にひっそりと佇む小さな休憩所を訪れていた。


「あら、わかった?」


白衣を無造作にベンチに置き、ハンカチを片手にペットボトルの水を口にしていた良子は、口元だけで笑みを見せる。

その顔は、血の気を失って真っ白だった。


「わかるよ。ここの女子トイレは誰も来ないからね。」


真美は肩をすくめた。


「そんな青白い顔してたら、あの子達が心配するよ。」

「後でメイクで誤魔化すから大丈夫。もう落ち着いたし。それより、準備の方はどう?」

「現地のセッティングは終わり。あかり達はもうすぐ現地に到着するよ。」

「車酔いでもしてないといいけど。あのトラック、乗り心地悪いから。」

「多分、君よりかは元気だよ。」


真美はため息をつくと、そっと手を差し出す。

良子は何も言わずに手を取り、立ち上がった。


「私もこうしてはいられないね。真美。」

「頼むよ、所長代理。」


眼鏡の奥の瞳は、優しげに笑っていた。



 「うー、いつもながらひどい揺れ……。」


大型輸送トラックを改装したコンテナの中に、黒のインナースーツにUNITTEのジャンパーを羽織ったあかり達の姿があった。

トラックの外装にはオオトリ・ロジスティックの社名と共に、キャッチコピーが書かれていた。


『安全迅速誠実。精密機械・アシストスーツ・ロボットの輸送は私たちにお任せください』

精密機械やロボットなどの輸送に特化した企業らしいフレーズだった。


「よく考えてみたら、私たちは普通の車でよくない?」

「それもそうでござるな。次は篠宮先生に頼んでみるでござるか。」


コンテナの中央には簡易の長椅子が取り付けられており、奥には分解した四体の装甲が鎮座している。

後方に続くトラックには、調整用の器材や治具などが目一杯詰められていた。


「なんかこう、飛行機とかでバーンと行けるとカッコ良くない? 地下からカタパルトとか使ってさー。」

「それは格好いいでござるな。」

「篠宮先生が、そんな予算無いわよー、とか言いそう。」

「あー、言うね、絶対。……ああ、もう揺れで気分悪くなりそう。」


あかりはペットボトルの水を口に含んだ。


「あと少しで着くから我慢していろ。」

「何よ、一真。静ちゃんにはそんな言い方しないくせに。」

「諏訪内は黙って乗ってるだろ。」

「私、昔からこういうの結構慣れてるので……。」

「そうなんだ。」


目を丸くするあかり。

顔を少し上げた大進と静香の目が合うと、静香はほんの少し微笑んだ。


「なんかさ。大進くんと静ちゃんってたまに目で会話してるよね。」

「?」


大進と静香は一瞬目を合わせると、同じタイミングで微笑んだ。


「そう、そういうの。いいなあ、私も幼馴染とかいたらよかったのに。」

「……着いたようだぞ。」


一真は手にしていたゲーム機の電源を切る。


トラックが止まり、コンテナのウィングが開いていく。

彼らの目に飛び込んできたのは、木々に囲まれた広々とした空間と、煌々とした照明群だった。

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