第23話 ノートと美咲

 昼休みの時間も半分を越えた頃の一年三組。


大進と静香が在籍しているその教室では、生徒たちがそれぞれに昼休みを過ごしていた。


昼食を終えた静香は、窓際にある自分の席で文庫本を読んでいる。

先ほどまで彼女と机を囲んでお昼を食べていた友人達も、一人はタブレットで小説の続きを読み、バスケット部に所属しているもう一人は机に突っ伏して寝息を立てていた。


教室の最前列、教卓のすぐ目の前に席がある大進は、数人のクラスメートと共に、購買部で買った焼きそばパンを頬張りながら談笑していた。


「大進、こないだ薦めたバンドの曲聴いた?」

「聴いたでござるよ。あのベースがまた最高でござるな。」

「だろー? エモいよな!」


別の生徒が大進の大きな肩に寄り掛かるようにして話しかける。


「今度、俺の推しも聴いてくれよ大進。歌詞がすげー良くてさー。」

「おう、もちろん。後でアドレスを送ってくれでござる。」


男子生徒達と盛り上がっている大進の制服の肩を、女子生徒がポンと叩く。


「大進くん、歴史のノートありがとう。」

「おお、柚原さん。」


声をかけたのは同じクラスの柚原美咲だった。

肩まで伸びた柔らかな髪を緩く巻き、大きな瞳に長いまつ毛が印象的な女子生徒だ。


「まとめるの上手くない? すごいね。次は良い点取れそうだよー。」


大進の目を覗き込むようにして笑顔を見せる。


「それは嬉しいでござるな。」


焼きそばパンの二本目を開けながら、大進も屈託のない笑顔で女子生徒に応えた。


「化学のノートは明日返すから。今度お礼するね。」

「お礼なんていいでござるよ。また何かあったら、いつでも言うでござる。」

「ありがと! よろしくねー!」


美咲は笑顔で小さく手を振ると、柔らかな髪を揺らして自分の席へと戻っていった。


   ◇


 「美咲、おつかれ。」


いつも美咲と一緒にいる女子生徒達が彼女に話しかける。


「大進くん、男子に人気あるよねー。」

「女子は遠慮してんじゃない? ほら。」


女子生徒は目の端を窓の方に向けた。

目線の先には、文庫本を読んでいる諏訪内静香がいる。

すっと伸びた背筋で席に座り、白く小さな手が時々ページを捲る。

女子生徒から見ても目を引くほどの美しさとうらはらに、彼女は不思議なくらいに目立たず、教室の一部に溶け込んでいるようだった。


「確かに遠慮してるかもねー。」

「そうかな。あの二人、中等部から一緒なだけで、別に付き合ってるとかじゃないんでしょ?」


美咲はそう反論しながら、ビニール袋から小さなサンドイッチと牛乳パックを取り出す。


「新誠の中等部に転校してくる前から一緒だったんでしょー。」

「それは単に付き合いが長いってだけでしょ。」

「旧校舎のあたりで一緒にいるの見かけた子がいるって。」

「たまたま一緒にいただけじゃない?」


美咲が重ねて反論すると、女子生徒も諦めたようにため息をつく。


「まあ確かに。クラスでも喋ってるのたまにしか見ないしね。」

「えー、そういうのかえって怪しいじゃん。男って、結局ああいう大人しそうなタイプが好きだしさ。」


別の女子生徒が混ぜ返すようにそう言って美咲の様子を伺う。


「そうかな。人によるんじゃない。」


美咲は紙パックの牛乳にストローを挿しながら続けた。


「付き合ってないんだったら、今フリーってことかな。大進君。」


彼女の言葉を聞いた女子生徒二人が身体を乗り出す。


「何、美咲。行くの?」

「どうしよっかな。」


前のめりで聞く女子生徒を流し目でかわしながら、美咲が答える。

彼女の様子に肩透かしを喰った女子生徒がため息混じりに呟く。


「ま、噂通りに影では付き合ってるかもしんないしねー。」

「そういうのは関係ないかな。」


美咲はそう言うと、机の中にある大進から借りた化学のノートに手をあてた。

目線の先の大進は、クラスメートに囲まれて談笑している。

美咲は彼の大きな背中を見ながら、小さくつぶやいた。


「行くと決めたら、真っ直ぐ行く。そんだけだからね。」

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