第22話 昼休みの図書室にて

 昼休みの新図書室は今日も静かだった。


久遠は椅子の上で軽く伸びをする。

新誠学園高等学校の図書委員は、昼休みに交代で図書カウンター業務に入ることになっている。


とはいえ、昼休みに入ったばかりの図書室には訪れる人も少ない。

この時間帯は学食や購買部が賑わい、校庭や教室などの思い思いの場所で、生徒達が午後の授業までの束の間の楽しみを味わっている。

どこの高校でもそう変わりない風景だろう。


久遠は夕方の図書カウンター当番を、同じ図書委員の辻野真由に替わってもらう代わりに、昼の当番に入っていた。

あまりにも人が来ないので、教科書用のタブレットに手を伸ばそうとしたその時、木製のカウンターに二冊の本が置かれ、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「返却お願いします。図書委員さん。」

「延滞ですよ。城戸さん。」

「へへ。ごめん。」


制服姿の城戸あかりが照れ笑いをしながら立っていた。

グレーのスカートと夏用のブラウスをきっちりと着こなし、胸のリボンを正しく結んでいる。

放課後のC教室や研究所で見る彼女との違いに、いつも驚いてしまう。


「普段は全然借りないから、すっかり返すの忘れちゃった。」


彼女の屈託のない言葉に、久遠は小さく笑った。

慣れた手つきで本のバーコードをタブレットに読ませていく彼の姿を見ながら、あかりが声をかける。


「ひょっとしたら、お昼休みはここにいるかな、と思って。」

「今日は昼の当番に替わってもらったんだ。放課後は出られないから。」


久遠はそう答えた後、小声であかりに話しかける。


「みんな、今日みたいな大規模調査の日も学校に来ているんだね。」

「あくまでも『学業優先』だからね。」


あかりも小声で答え、少し微笑んだ。

機体の調整や打ち合わせなど、準備の大半はすでに終わっていた。

あとは、今夜始まる大規模フィールドワークを迎えるだけだ。

あかりは図書カウンターに手をかけて少し身を乗り出すと、顔を近づけて囁く。


「久遠くんも放課後、研究所に来るんでしょ。」

「うん。」

「良かった。ここまで大きいフィールドワークは初めてだからね。」

「城戸さん、気を付けてね。無理しないで。」


彼女は嬉しそうに微笑んで久遠の顔を見つめる。


「大丈夫。ディメンジョン・アーマーを着た私は、無敵だから。」


そう言うと、いつもの力強い笑みを見せた。


「久遠くん、しっかり見ててよね。」


あかりは軽やかに身を翻すと、手を振りながら廊下に出ていった。


(今日は忙しいだろうに、なぜ本を返しに来てくれたのかな)


急に新図書室を訪れた彼女の姿に、久遠は少し不思議な気持ちを抱いていた。

そういえば今夜の調査活動が終了するまで、あかり達と言葉を交わす時間が無いことに、今更ながらに気がついていた。



 程なく、あかりと入れ替わるようにして、辻野真由が新図書室の入口に姿を見せる。


「あれ? 辻野さん。」


珍しい人がよく現れる日だな、と思った。


「あたしさ、午後当番に入っても新図書の閉め方とか知らねーじゃん? だから今のうちに聞いとこうと思ってさ。」

「あ、そっか……。言ってなくてごめん。今日の午後当番は小川先輩も一緒に入ってくれるから、その辺りは大丈夫だよ。」

「なんだ。じゃ、いいか。」


(結構律儀なとこあるんだな。今日は何も言わずに替わってくれたし。)


「ところでさ。」

「何?」

「城戸とすれ違ったんだけど。」

「え? ……ああ、本の返却で。延滞で。それ以外は何もないよ。何も。」

「まだ何も聞いてねーし。」


いつも通り、無表情でスマホをチェックし始める。


「本の返却であんなニコニコしてっかね。」

「……するときもあるんじゃないかな……?」


久遠の下手なフォローには一ミリも興味がないといった感じで問い返す。


「和泉、本当になんもないの?」

「ない、ない。本当にないから。」


久遠は慌てて首を振る。

真由は訝しげな顔をしながらスマホをいじっていたが、唐突に何か頭の中で結びついたらしい。


「何、放課後予定あるって言ってたの、そういうこと?」

「そういうことって、どういうこと!?」

「……別に無理には聞かねーけどさ。まあ、あの子も人気あっからね。」

「何か話がおかしな方向にいってない?」

「そうだ。今週はイオンのサーティーワンでカップル半額だったな。」

「それが何か……。」

「クーポン出す時は、女の子がいるときに出すとカッコ悪いからね。」

「出さないよ! あと、行かないし!」


顔を真っ赤にして声を上げる。

気がつくと、昼食が終わった生徒達がちらほらと図書室内に訪れていた。

騒がしい図書カウンターを見て、訝しげな顔をしている。


「図書室ではお静かに」


辻野はスマホから目を上げて久遠の顔を見ながら表情を変えずにそう言うと、耐えきれなかったのか、ほんの少しだけ笑みを見せた。

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