第18話 UNITTEは証明する

 「もう一度ご説明を願えませんか。」


 篠宮良子の声が会議室に響く。

彼女としては可能な限り抑えた声だが、その張り詰めた雰囲気は確実に出席者に伝わっていた。


「先ほど説明したとおりだ。我々ジュネーブ事務局国際秩序局は、今回の大規模調査における国連軍の増兵を起案し、承認された。」


モニターに映る細面の男性は淡々と答える。

彼はイタリア製らしい細身のスーツを着込み、胸には国際連合のバッジと国際秩序局のマークである剣と天秤を模った紀章を身につけていた。


ウィーン事務局より接続している竜崎補佐官が発言する。


「久辺上級補佐官。こちらの計画はすでにウィーン事務局に承認され、国連軍一分隊による監視、緊急時には新百里基地に駐屯する国際自衛隊による協力という形で話がついています。」


「それはウィーン事務局そちら側の計画だ。我々は今回の大規模作戦を国際秩序への脅威につながると重く見ている。すでに国連軍対外的脅威連隊より二個小隊を日本に向けて派遣した。日本政府にも通達済みだ。」

「対外的脅威連隊を二個小隊!? TLスレットレベル3とはいえ、学術研究に使う兵力とは思えません。」


ジュネーブ事務局が指揮権を擁する「対外的脅威連隊」は、外的脅威が再侵攻することに備え、国連軍でも特に高火力の兵科を揃えた部隊であった。


「国連本部の承認もされていることだ。今更変えるわけにはいかん。」


久辺は良子の訴えを、こともなげに退ける。


「ニューヨークの蝙蝠共を抱き込んだのか。やるねえ。」


マイクをミュートにした大鳥真美がこっそり呟いた。


「十五年前、ジュネーブ事務局の防衛隊を壊滅させた外的脅威はTL2だった。」


沈黙を守っていた、初老の男性が言葉をかける。

精悍な顔に髭をたくわえ、額に大きな傷をつけた彼は、ジュネーブ事務局国際秩序局長であった。


「君たちにとっても、悪い話ではないだろう。」


スイスのジュネーブに位置する国際秩序局の会議室からオンライン会議に繋いでいる彼の周りには、同じ国際秩序局に所属する職員が顔を揃えている。

時折スピーカーから聞こえてくるフランス語での会話からは、決して好意的とは言えない雰囲気が感じられた。

ジュネーブとは別の場所から繋いでいるらしい久辺が口を開く。


「そもそも、あんな玩具のような補助器具で、次元獣の相手ができるとも思えませんからな。」

「お言葉ですが久辺上級補佐官、我々のディメンジョン・アーマー、研究員、そして近接調査員達の実力を見誤っておられます。」


久辺は口の端を歪ませて笑みを作る。


「どうかな。君たちも研究者なら、ぜひそれを証明してみせたまえよ。」


彼はウィーン事務局側の表情を気にすることなく続ける。


「安心するといい。証明できなかったとしても、せいぜい小さな街の片隅が灰になる程度で済む話だ。国際連合の体面と世界の秩序は保たれる。我々によってな。」


良子は張り詰めた表情を変えることなく正面の映像に目を向けている。

机の下に隠した細い指先は、足に食い込むほどに力を込められ、わずかに震えていた。

彼女を横目に、大鳥真美が口を開く。


「私達が証明できれば、君たちの出番はないってことだよね。」


国際秩序局長が静かに答える。


「そういうことになるな。久辺上級補佐官?」


久辺は不機嫌を隠そうとせず、口の端を歪める。

真美は少し考え込むように宙を見上げてから、口を開く。


「れんこんサブレーがいいな。」

「は?」


真美の言葉に、思わず良子までもが彼女に視線を向ける。


「筑浦市の銘菓だ。名産品の蓮根をパウダーにして練り込んでいる。さくさくして美味い。蓮根を模した形はユニークで視覚的にも楽しい。」


「何が言いたいのかな、大鳥博士。天才と名高い貴女あなたらしくありませんな。」

「土産に持たせてやるよ。何の成果もないのに、手ぶらで帰らせるのは悪いだろう?」

「それは挑発と取ってよろしいのかな。それとも、根拠の無い妄言ですかな。」

「実績と調査に基づく正確な予測だよ。」


真美は良子に視線を送ると、彼女は静かに頷く。


「大鳥博士のお話したとおりです。ウィーン事務局外的脅威局UNITTE筑浦研究所は、証明をしてみせます。それだけです。」

「む……。」


顔を引き攣らせる久辺を見ながら、良子は続ける。


「後で人数をお知らせくださいね。久辺上級補佐官。」

「何の話だ?」

「れんこんサブレーを発注しておきますので。いりますよね、お土産。」

「……! ……後悔しても知らんぞ。」


頬を引き攣らせた表情を残し、久辺の通信が切れる。


「電波状況が良くないようだな。ブリュッセルは。」


国際秩序局長の太い声がスピーカーから響いてくる。


「我々が望んでいるのは国際秩序の回復だ。そのためには我々国際連合は威信を示し続ける必要があることはご理解いただきたい。諸君らの検討を祈る」


彼は黙って一礼をすると、オンライン会議から退出していった。

会議室に静けさが戻り、その場に残っているのは篠宮良子と大鳥真美、画面の中の竜崎だけとなっていた。


「また久辺さんを怒らせちゃった。真美のせいよ。」


良子は息をつき、やがて小さく微笑んだ。


「私はあそこまで煽ってないぞ。」

「まあ、後は竜崎先輩がなだめてくれるわよ。」


画面の中で苦虫を噛み潰したような表情をしている竜崎に、良子が声をかける。


「おいおい、俺をなんだと思っているんだ。また国連内を駆け回って頭を下げるんだぞ。」


竜崎は言葉の内容とは裏腹に、表情を緩ませながら続ける。


「つまるところ、国際秩序局も焦っているのさ。六年前の第二次ウィーン会議以降、世界的に紛争や小競り合いが激減しているからな。」

「だから横からちょっかい入れてくるのね。自分達の存在を印象付けるために。」

「それに国連軍もニューヨークの国連本部も乗った、と。」

「そういうことだ。」

「久辺さんはそういうのホント上手いのよね。感心しちゃう。」

「あの人は外務省時代からそこだけは買われているからな。それに、ジュネーブあそこの外的脅威への怨恨は今も根強い。調査研究など頭になく、殲滅しか考えていない。」

「一回、コテンパンにやられてるからねえ。」


真美が呟く。


十五年前の外的脅威侵攻において、国連内で最も被害が大きかったのがジュネーブ事務局だった。

そのことは組織に大きな傷跡を残し、国際秩序局の発足と、国連軍に対外的脅威連隊が創設されるきっかけとなる。

そして、五年前に発生した、国連史の中でも最も後ろ暗い出来事となる「ジュネーブ騒乱」に繋がっていくことになった。


竜崎が口を開く。


「ジュネーブ事務局も国際秩序局も、真剣に世界の秩序を取り戻そうとしている職員が大半だ。だが、一枚岩じゃない。久辺さんのように、国連の威信を高めることに躍起になる連中もいれば、今でも外的脅威とその裏にいる存在を追っている連中もいる。」

「……外的脅威の裏にいる存在なら、ウィーン事務局でも……。」

「私たちとは、追う意味が根本から違うのさ。」


真美の言葉に、良子の表情が固くなる。

短い沈黙の後、竜崎は姿勢を正して言葉をかける。


「篠宮、大鳥。まずは次の大規模調査に集中するとしよう。」

「そうですね。」


良子は小さく頷いて続ける。


「『彼』が……、そして『みんな』が残してくれたディメンジョン・アーマーは、次元獣に遅れを取ることはないということを証明する。」


彼女は長いスカートの上に置いた手に、強く力を込めながら続ける。


「そして、外的脅威の侵攻は『終わったこと』ではなく、『今も続いている』ということを明らかにする。……そうすれば、頭の固いウィーン事務局でもわかるはずだわ。」

「……篠宮。」

「だから負けてはいけないの。絶対に。」


そう自分に言い聞かせるように強く言葉にする彼女の張り詰めた表情を、竜崎と真美は言葉なく見つめていた。

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