第14話 もしも君が

 「珍しいな。大鳥博士から直接連絡なんて。」


地下に向かうエレベーターの中で、スマホをポケットに戻しながら久遠が呟く。


『エリア6の自動販売機で待つ。』


その短い言葉に、待ち合わせ時間が書いてあるだけのシンプルな文面だ。

しかも、エリア6という珍しい場所を指定してくるのが彼女らしい。


UNITTEの地下に位置する大鳥研究所は大鳥博士の庭のようなものだ。

所内のあちこちに現れては早口で指示や伝達を行い、凄まじい速さでノートパソコンを叩いていたと思ったら、いつの間にかいなくなっている。

神出鬼没という言葉がこれほど似合う人はいないだろう。


エリア6はその名が示す通り、研究所の地下6階に存在する。

資材や用具の倉庫として使われているフロアだ。

とはいえ、研究所のメンバーも滅多に近づくことがなく、久遠も訪れるのは初めてだった。


エレベーターの横には狭い休憩所があり、今ではほとんど使われる事のない硬貨の投入口が付いた古めの自動販売機が置かれている。

地下6階に着いた久遠は、待ち合わせの時間まで何か飲みながら待とうかと自販機に向かった。


「早いじゃないか。」

「うわ!」


声の方を見ると、自動販売機横の隙間に小さな体を潜り込ませるようにして座り込んでいる大鳥博士がいた。

黄色い小さな缶を片手に、ノートパソコンの画面を高速で流れる複雑で長いプログラムのコードを読んでいる。


「ここは静かだし捗るんだ。夏でもコンポタが売ってるしね。飲むだろ、君も。」


白衣のポケットからまだ温かい缶を取り出す。

久遠は眼下に見える彼女の胸元から目を逸らしながら缶を受け取った。


「……いただきます。」


静かな休憩室にプルタブを開く音が響く。


「急に呼び出してすまないな。」

「いえ。何かお手伝いですか?」

「お手伝いか。そう考えると、そうなるのかな。」


真美はコーンポタージュの缶を両手で包んで宙を見上げている。


「南から聞いたよ。色々とよく勉強しているみたいだね。」

「……はい。南さんからロボティックス技術のことを色々教わって。北沢主任からも制御プログラムのこととか教えてもらってます。」

「実際に腕部ユニットの制御に使うAIの学習モデルまで組んでたって聞いたよ。」

「夢中になると、何でも自分で試してみたくなっちゃうんです。」


久遠は少し恥ずかしそうに笑った。

真美はほんのわずかに口元に笑みを浮かべる。


「興味があるのかい。」

「……ええ、中学の時に自由研究で医療支援ロボットを扱ったことがあって……。」

「本当に興味があるのはそれかい?」


真美が重ねた言葉に久遠がハッと息を呑む。

彼女はノートパソコンを閉じ、久遠の目を射抜くようにして見つめていた。

久遠が返答に困っていると、真美は小さく笑みを見せた。


「意地悪い聞き方をしてしまったね。医療支援ロボットやアシストスーツに興味があるなら、いくらだって教えてあげるよ。」


真美はそう言って立ち上がり、白衣の埃を払った。

そして、自販機の影に隠されるようにして壁に取り付けられていた金属製の操作盤を開け、短い暗証番号を打ち込む。

壁の奥から大きな金属音が鳴り、操作盤の黒い液晶画面に「13」の数字が現れた。


「もしも君が。」


大鳥博士の小さな掌が久遠の胸に添えられる。


「大地を駆け、宙を舞い、鋼鉄をも砕く。あの機械の鎧に興味があるのなら。」

眼鏡の奥の大きな瞳が、久遠の不安げな表情をまっすぐに捉えている。

「私は君に、もう少し何かできるかもしれないよ。」


真美の後ろで金属の扉がゆっくりと開く。


「君の意志を聞きたいんだ。……良子に怒られたくないからね。」


久遠は息を呑んで真美の顔を見つめる。

蛍光灯の光に照らされた彼女の顔は、不敵に試すようにも、優しく微笑んでいるようにも見えた。

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