第13話 共に過ごしたあの日々に

「お久しぶりです。竜崎先輩。」

「元気そうで何よりだ、篠宮、大鳥。」


UNITTE筑浦研究所の会議室に設置された大型モニターには、国際連合のバッジをつけ、ダークブルーのスーツに身を包んだ、短髪の男性が映っている。

国際連合日本支局から国際連合ウィーン事務局に派遣されている、竜崎悟補佐官の姿があった。


「すまないな、急に会議を設定してしまって。」

「竜崎先輩と話したいとこだったから、ちょうど良かったわ。」

「虎ノ門じゃなくてこちらに直接繋いできたの珍しいね。」


UNITTE日本支局の本部は虎ノ門にある高層オフィスビルに入っている。


「現場と直接話したいと筋は通しておいた。ウィーン事務局からの通信だと、日本支局から色々気を使われてしまってね。」

「気にしなきゃいいさ。ところで今日は次のフィールドワークの話? 」


マックシェイクを抱えた大鳥真美が椅子の上であぐらを組んでいる。


「そうだ。こっちでも少し話題になってる。」

「ウィーンで話題なんて、光栄だわ。」

「次は生きた検体が欲しい、とかな。こっちの科学者は呑気だよ。」

「別の次元で十五年も生きてんだから、それだけで興味深いからね。」


真美はシェイクのストローを口に咥える。


「次元観測チームからは、TL3という報告が上がっています。」

「かなり大きいな。十五年前でもなかなか記録が無いTLスレット・レベルだ。」


スレットは国連および各国の政府で定められた次元獣の呼び名だ。

最初に人類の前に現れた際には適切な呼称が無く、米国の国防省内で仮称として使われた、「脅威」を表す英語「Threat」がそのまま呼称となった。

TLはまさに脅威の大きさを表すレベルを示している。


「とはいえ、中身の次元獣がみんなピンピンしてれば、の話だけどね。」

「戦力的には大丈夫なのか。」

「今回の近接調査はディメンジョン・アーマーを四体全て投入します。」

「四体もか。」

「四体しか、ですよ。竜崎先輩。」


良子が付け加える。


「戦力的なことでいえばあかりと大進くん辺りで対処できるレベルですが、前回の失態を踏まえて、四体の連携訓練も兼ねようと考えています。」

「それに……。」


彼女は少し間を置いて続ける。


「不測の事態が起きても、万全な状態にしてあげたいんです。」

「『彼』の言っていたことか。」


良子は小さく頷く。


「準備できることは何でもしてあげたい。できることなら、本当はディメンジョン・アーマーにだって……。」


良子は言葉を飲み込む。

真美は彼女の張り詰めた表情を横目で追っていた。

画面の中の竜崎が答える。


「わかった。我々もできる限りの支援をしていく。今回は国連軍の協力も取り付けてある。少しは安心してくれるといい。」

「ありがとうございます。」

「いつも通り準備と後始末はウィーン支局と虎ノ門とで協力して行う。その辺の政治的なところは、まあ、僕と義父ちちに任せておいてくれ。」

「その辺は疎いので助かります。竜崎先輩。」

「ジュネーブはどうなの。」


真美から出た言葉に、竜崎はほんの少しだけ顔をしかめる。


「今回は様子見だそうだ。報告書くらいは読むだろうが。」

「なら、やりやすいね。」


竜崎は小さく頷く。


「これだけ大規模なフィールドワークはUNITTEでも初めてのことだ。ウィーンの外的脅威局も注目している。上手く事が運べば、いかに頭の固い事務局のお偉方でも、考えが変わるだろう。」


竜崎の言葉に、良子は今回の会議で初めて小さな笑顔を見せた。


「ところで篠宮、聞いているぞ。随分無理して働いているそうじゃないか。」

「研究所のみんなも頑張ってくれてるし、私がしっかりしないと。」

「竜崎くん、虎ノ門かウィーンに誰か研究企画室を手伝えそうな人いないかな。」


黙って頷く良子を横目に、真美が続ける。


「真面目で働き者で可愛くて。できれば眼鏡っ子がいいな。」


真美の軽口を間に受けたのか、竜崎が頬に手を当てて考え込む。


「眼鏡はさておき、心当たりがない訳じゃない。少し当たってみよう。」

「言ってみるもんだ。頼むよ、竜崎君。」

「どこもかしこも人不足だ。あんまり期待しすぎないでくれよ。」

「力量を信じておりますよ、竜崎補佐官。」


「ところで……。」


竜崎の語り口に、今まで笑顔で受け答えしていた良子の表情が一瞬固くなる。


「彼はどうしているかな。」


紙皿に並んだドーナツに手をつけようとした真美の手が止まる。


「和泉久遠君だ。彼は……」


良子が竜崎の言葉を遮るようにして被せる。


「採用稟議や身元報告書は虎ノ門に上げていますよ。竜崎先輩。」


いつになく固い返答を返す良子をなだめるように、竜崎は言葉を続ける。


「そうではなく……その、元気にしているか、と聞きたかったんだ。」


良子はハッとして言葉を緩める。


「元気ですよ。あかり達ともうまくやってるみたいだし、以前より学校が楽しそうでホッとしています。」

「そうか。それはよかった。」


良子の表情が柔らかくなるのを見ると、竜崎も安心したようだった。

真美は横目で良子の様子をじっと伺っている。


「C教室に集まってるよ。最近。」


小さな紙皿に置かれたドーナツを一つ摘み上げ、良子に手渡す。


「旧校舎のC教室か。懐かしいな。」


竜崎は笑みを浮かべ、口元にコーヒーカップを運んだ。


「懐かしいですよね。」


良子はドーナツを口に入れた。


「やだ、美味しい。静香が作ったんでしょ、これ。竜崎先輩にも食べさせたかっわ。」

「竜崎くんは、料理上手の奥さんがいるから大丈夫。奥さんと娘ちゃん、元気?」

「お陰様でね。妻がよくこぼしてるよ。日本で君たちに会いたいってね。」


竜崎の表情が緩む。


「あの跳ねっ返りのお嬢様がママで、竜崎君はパパか。時が経つのは早いわね。」

「本当にな。正直言うと自分でもまだ信じられない時がある。」

「そんなこと言ってると、また怒られるよ。」

「おっと……。大鳥、妻には内緒にしておいてくれ。」

「どうしよっかねえ。」


ビデオ会議越しに繰り広げられる竜崎と真美のやりとりに、良子にはほんの少しだけ、六年前に戻ったように感じられた。


放課後のC教室。

八人の仲間達。

共に過ごした、あの日々に。


「ところで、さっきの話だが……。今の所、和泉君の話題はこちらでは出ていない。もっとも、分析チームのアシスタントという立場では話題になりようがないだろうな。だが、それでいい。」


竜崎が付け加える。


「彼には……静かな人生を送ってもらいたいからね……。」


彼の言葉に、小さな口元を引き結ぶ良子。


「あんな思いをするのは、我々で最後にしたいからな。」


竜崎の言葉を、良子は目を伏せて聞いている。

真美は良子の姿を横目で見ながら、マックシェイクの残りを吸い込んだ。


「おっと時間だ。次の会議に行かなくてはならない。」

了解りょーかい。じゃあ、竜崎くん、何かあったら知らせるね。サラとアリサちゃんによろしくー。」

会議が終わってもしばらくの間、良子の口元は固く引き結ばれていたままだったが、やがて彼女はゆっくりと立ち上がる。


「真美、行こっか。」

「私はもう少しここで仕事をしていくよ。」

「じゃあ、先に行くね。」


いつもの笑顔と共に、良子は会議室を後にした。

一人残った真美は、静かにノートパソコンのキーを叩くと、ぽつりとつぶやいた。


「このことを知ったら、怒るだろうな。良子は。」


紙皿にひとつだけ残っていたドーナツを齧る。


「事態は想像以上に早く動いている。その分、私達も時計の針を進めなきゃいけないんだ。」


真美は画面に映っている、送ったばかりのメッセージを見つめていた。

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