第5話 図書室の女子生徒
新図書室にはいつしか夕陽が差し込み、真新しい本棚や白い壁も、艶のある木製の床も、全てがほのかに赤く染まっている。
閉室十分前を告げる頃には、試験後ということもあってか、珍しく室内にも自習室にも人が少なく、奥の棚で本を選んでいる女子生徒一人だけになっていた。
肩ほどまでの柔らかそうな髪が印象的な子だ。
(あまり見たことがない子だな。)
そんなことを考えながら受付を片付けていると、女子生徒は受付カウンターに近づき、本を二冊置いた。
「貸し出しですか?」
彼女はこくりと頷いてスマートフォンを差し出す。
久遠は液晶画面に表示された生徒証アプリをタブレットのカメラで読み取り、慣れた手つきで本のバーコードを読み取っていく。
「ありがとうございます。貸し出し期間は二週間です。期間の延長をしたい場合は、専用のサイトがありますので……」
日に何度も繰り返すいつも通りの口上を述べながらふと顔を上げると、目の前の女子生徒がじっとこちらを見ていることに気がついた。
柔らかなブラウンの髪。
丸みを帯びた小さな顔に、意志の強そうな茶色の大きな瞳。
胸の赤いリボンタイを丁寧に結び、グレーの制服を着崩すことなくきっちりと着込んでいる。
「怪我は大丈夫ですか。」
「え?」
急にかけられた言葉に、どきりとして見上げる。
彼女の大きな瞳が額の絆創膏を見ていることがわかった。
「え、ええ……何とか。」
「大丈夫ならよかったです。」
そう言うと、彼女は学校推奨の黒い大きな鞄に、貸し出した二冊の本を丁寧に入れていく。
「ありがとうございました。」
「…どうも…」
軽く頭を下げて立ち去る彼女に、久遠は声にならないような小さな声で答える。
靴音が遠ざかるのを聞きながら、久遠は小さなため息をついた。
(どこかで見たような気がする…。)
自分のクラスはもちろん、図書室でも自習室でも見たことがない子だ。
高校に入学してまだ二ヶ月目。
ただでさえ生徒数が多いこの高校では、どんな生徒がいるのかまだ全然把握できていない。
「あ。」
彼は唐突に思い出した。
入学式の時に、新入生代表として挨拶をした子だ。
学年の優秀な生徒が集められると噂の一年一組を代表する秀才で、品行方正、容姿抜群。
ファンクラブがあるらしい。
学校紙の表紙になるらしい。
クラスで流れる無責任な噂だけは沢山聞いていたが、実際に本人を間近で見るのは初めてのことだ。
確かに、あんなに可愛らしい子を目の前にしたら、同い年の男子生徒など誰もが穏やかな気持ちではいられなくなってしまうだろう。
それに。
久遠は額の絆創膏に手を当てた。
話したこともない生徒の怪我まで気遣うこともできるなんて。
「世の中にはあんな素敵な子がいるんだな……。」
久遠が独り言を呟きながら、貸し出し用のタブレット端末を片付けていたその時だった。
「あの。」
「うわ!」
いつの間にか受付カウンターの前に立っていた先ほどの女子生徒に気づき、久遠は椅子から転げ落ちそうになるのを必死で留まった。
「ま、まだ何か……。」
「和泉さんですよね。5組の。」
「はい…。」
「1組の城戸と言います。」
「はい。」
「明日の放課後、空いてますか。」
「はい……。え?」
口を半開きにしてポカンとしている久遠とは対照的に、彼女の大きな瞳は真っ直ぐに彼を捉えている。
呆然としている彼をよそに、彼女はバッグのポケットから一枚のメモを差し出した。
可愛らしいパンダを形どったメモには、教科書に出てきそうなほど端正な文字が書かれている。
明日の放課後 旧校舎 C教室で待っています。 城戸
「旧校舎には入れますよね。」
「は、はい。」
「では、明日に。」
あかりが頭を下げると、柔らかな髪がさらりと揺れる。
黒いバッグを小脇に抱えて図書室を出ていく後ろ姿を、久遠はぼんやりと眺めていた。
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