第19話 買取をしてもらった

ギルド長との二回戦を一撃で終わらせて、俺は転移陣で転移した。


転移した先には誰もいなかった。


ギルド長の話だとラナは俺とギルド長の戦闘を見ているらしい。


さっきと比べると結構早く終わったから少し待つ。


「ご主人様、この後はどうするんですか?」


なぜかずっと黙っていたスイがやっと口を開いてくれた。


「そうだな、魔石の買い取りを頼んで、その後に買い物かな。」


とりあえずは金がないと宿にも泊まれないし、旅の準備も出来ない。


「それよりなんでさっきまで喋らなかったんだ?」


俺は気になっていたことをスイに聞く。


「それは…、人は亜人も奴隷も嫌いなので、喋らない方がご主人様が楽かと思って。」


スイの元気が明らかになくなっている。


「そうか、じゃあそういうの二度とやめろ、俺はスイの意思を尊重するから。」


スイが俺の為になにかをしてくれるのは嬉しいが、そのせいでスイが嫌な気分になるのは気に食わない。


「もしスイが不快になることがあるなら、俺がなんとかする。」


さっきはスイに言われた通りに後先を考えてなにもしなかったけど、インカのことはあの場で殺したいと思ってしまった。


スイの周辺に幻惑魔法をかけて亜人であることと、奴隷であることを隠すことも多分できると思うけど、それはなんか違う気がしてやっていない。


もしスイがそれを望むならやるが、俺はスイにはありのままでいてほしい。


ただのエゴだが。


「ご主人様は私に優しすぎるんですよ、勘違いしますよ?」


スイがなにかを堪えたような表情をした。


「別に優しくはないと思うけど、それよりいいですよ、出てきても。」


俺は後ろを向いて、さっきから扉の隙間からタイミングをうかがってたラナに声をかける。


「バレてた、すいません盗み聞きするつもりはなかったんですけど。」


ラナが部屋から出てきて頭を下げた。


「別にいいですけど、なにか?」


ラナがなにかを言いたそうに俺の方を見てくる。


「まずお名前をいいですか?」


そういえば名前を言ってなかった。


知らない人を名前を教えるのは気が引けるが、どうせ冒険証の発行の時にバレるからしょうがない。


「リンです。」


「リンさんですね、リンさんは旅人なんですよね?」


ラナには旅人とは言ってなかったはずだけど、さっきのギルド長との戦闘の後の会話を聞いたのか、なぜか知っている。


「そうですけど。」


「じゃあ犬の亜人でリルっていう奴隷の女の子を知りませんか、歳はスイちゃんと同じぐらいで怒ると怖いんですけど、とってもかわいい子なんです。」


主観が入っているけど真面目な表情なのでなにも言わない。


ラナには悪いけど、俺は昨日この世界に来たばかりなのであの森とこの国しかしらない。


「すいません、わからないです。」


俺は誤魔化さず正直に答える。


「そうですよね、そんな偶然ないですよね。」


ラナが落ち込んでしまった。


「あ、すいません、リンさんとスイちゃんを見てたらリンさんみたいな人に買われたんだったらいいなーって思って。」


俺に気を使ってか、無理くり笑顔になって説明してくれる。


「なにかわかったら知らせます。」


この世界がどれだけの広さなのかはわからないけど、そんな少ない情報だけで、一人の亜人を見つけるなんてのは無理だとは思うけど、もしも見つかったら知らせるぐらいはしようと思う。


「ありがとうございます。」


ラナはまた頭を下げる。


「よし、私情を挟んですいません、登録を済ませるので受付に戻りましょう。」


ラナは気持ちを切り替えて受付に向かって歩いていった。


俺とスイはそれに続く。


その際なぜかスイが俺の腕に両腕を回して抱きついてきた。


(歩きづらいだろ。)


そうへ思ったが別に離す理由もないのでそのまま歩いていった。


「戻ってきたよ、結果を聞くまでもないけど、結果を聞かないと賭けが成立しないからいいな。」


俺達が広場に戻るとインカと他の冒険者が十人ぐらい集まっていた。


どうやら俺が試験に受かったかどうかで賭けをしているらしい。


ラナが無視して受付に戻った。


(いつもの光景なのか。)


俺も興味がないので受付に向かう。


広場でインカの声がした途端にスイは俺の腕から離れて後ろに隠れた。


「じゃあこの水晶に手をかざしてください、そうするとどういう原理か冒険証が出てくるので。」


ラナが机の下から占い用のサイズくらいの水晶を取り出した。


原理がわからないと言われて気になったから魔力の流れを見たが、よくわからなかった。


これがファンタジーでよくある魔道具と呼ばれるやつなのだと思う。


俺は魔力を封じるという拘束具や兵器と呼ばれたあれも、一応は魔力の流れを見たがよくわからなかった。


俺は人の魔力の流れしか理解出来ないらしい。


「おいおい、ちょっと待ってよ、なに冒険者登録しようとしてんの?」


俺が水晶に興味を抱いて見ていたら、後ろからインカがなにか言ってきた。


「試験に受かったから冒険者登録するのは当然では?」


ラナは無意識なのか煽り口調だ。


「嘘はやめなよ、受かる訳ないでしょ。」


インカが呆れたといった表情で首を振る。


俺はとりあえず手をかざしてみた。


「ほらなにも出ない、そうやって嘘ついて楽しい?」


手をかざした結果、なにも起こらなかった。


「あの人は。」


ラナが小さな声でそう言い、ため息をついた。


(そういうことね。)


「まぁいいや、結局試験は受からなかったんだし賭けは私達の勝ち、今回も金払ってけよ、博打打ち。」


インカはさっきの冒険者の集まりに戻って行って、口元以外をローブで隠した、多分女の人に声をかけた。


「いや、まだだよ。」


博打打ちと呼ばれた人はそう一言言って笑った。


と言っても口元が少し動いただけだが。


「なに言ってんだよ、もう金がないとかなら身売りでもして。」


「来た。」


インカが言い終わる前に博打打ちさんが口を開いた。


(ほんとだ。)


俺はさっき帰って来た方向を見る。


「さすがだな、あいつ以外に俺に気づくなんて。」


ギルド長がそんなことを言って俺の隣に立った。


「ギルド長、久しぶりだからって合格の印忘れないでくださいよ。」


ラナがギルド長にジト目を向けている。


少しかわいかった。


でも隣から視線を感じたので、とりあえず撫でておいた。


「すまん、ちょっと楽しかったから、でも二回目は酷いだろ、一撃なんて。」


ギルド長が俺に視線を向ける。


「早く帰りたかったんで、ちゃんと治したからいいでしょ、スイが。」


俺は早く帰りたいからと、一撃でギルド長の全身の骨を軽く砕いた。


魔力はとても便利で、腹部に一撃いれただけで全身に衝撃を与えることが出来た。


そしてそれをスイが怒りながら治していた。


「その子が、ありがとうな、でも気を失うなんて久しぶりだったぞ。」


ギルド長がスイを目線を合わせてお礼を言い、俺に視線を戻して言う。


ギルド長はでかい、とりあえず筋肉を詰めましたみたいな感じだ、身長は俺より十センチぐらい高い。


「そですか。」


「ちょっと待ってくださいよ。」


俺が素っ気なく返すと、また後ろからインカが近づいてきた。


「ギルド長までそんな嘘に手を貸すんですか?」


こいつはギルド長の前では猫かぶりしてるようで、ギル長とは言わないらしい。


「賭けか、くだらない、こいつは俺より強い、というかこの国で勝てる奴はいない。」


(大きく出過ぎだろ。)


俺は別に自分を強いとは思っていない、さっきだってギルド長は本気でやってなかっただろうし。


「だからそんな嘘を。」


「へー、そこの戦闘狂の筋肉ダルマにそこまで言わせるんだ。」


さっきの博打打ちさんが酷い言い方をする。


「うるさいぞカイト。」


「カイトって、東のギルド長と同じ名前じゃ。」


インカが顔をひきつらせる。


「ばらすなよ。」


そう言って博打打ちさん改めカイトがローブを脱いだ。


とても綺麗な顔立ちをしていた。


「やばい。」


インカが挙動不審になった。


おそらく粗相をしたのだと思う。


「レイテッド、お前のとこの受付はわざとなのか?質のいいのと悪いのを一緒にしてんのって。」


カイトがラナを指さしてからインカを指さした。


「というか、俺が闘技場をこもってるからだろうな、俺もどうしようか考えてはいたんだが、なにも思いつかなくて。」


「クビにすればいいだろ。」


「材料がなかったしな、いきなりクビだと言ったら色々と言われそうだし。」


インカなら、難癖を付けて留まるか、風評被害を広めたりとめんどくさいことをしそうだ。


「別に今更だろ、うちに負けてんだから。」


「それはどうかな、うちにも期待の新人が入ったから。」


ギルド長改めレイテッドが俺を見る。


「ルーより強いか?」


「強い、でもあいつの場合は単純な強さとか関係ないからな。」


(早く帰りたい。)


俺はこういう大人の長話が嫌いだ、そんなのは俺の要件を済ませてから勝手にやればいいと思う。


「ギルド長、その期待の新人さんが辞めちゃいますよ。」


ラナがそんな俺の気持ちを察してくれたのか、レイテッドに声をかける。


「それは困る、合格っと。」


レイテッドが俺の額にポケットから出したハンコのようなもので印を押した。


「じゃあ俺はこいつの処罰を決めるから、じゃあまた明日。」


レイテッドはそう言って、青ざめて固まっているインカを連れて言った。


「ギルド長って、あの受付の名前知らない感じですか?」


俺はラナにふと気になったので聞く。


「そういえば、名前を呼んだところは見たことないですね、そもそもあまりギルド長は名前を呼びませんし。」


ということは、インカはレイテッドに気に入られていないようだ。


「リンさん、じゃあお願いします。」


ラナが手で水晶を示す。


「はい。」


俺はもう一度水晶に手をかざす。


すると、水晶が光だし、一枚のカードのようなものが出てきた。


(そういえば俺の名前ってどうなるんだ?)


ファンタジーでは、こういうのには勝手に名前が書いてある。


俺のリンという名前は適当につけたから本名ではない。


どうなっているのかと見てみる。


『リン』


なぜか名前の欄にはリンと書かれていた、よかったが。


他には、登録ギルドにサンカラとここの名前が入っていて、ランクはAとなっている。


「Aじゃん。」


後ろからカイトが俺の冒険証を覗き込んできた。


「はい。」


「そんな警戒しなくてもいいよ、明日も来るんだよね、なら明日ちょっとお話しようよ。」


カイトが笑顔でそう告げる。


(美人の笑顔程怖いものないんだけどな。)


「ギルド長立ち会いの元なら。」


「んー、別にいいよ、じゃ。」


カイトはそれだけ言って立ち去って行った。


(台風かよ。)


「リンさんは、私が担当するんですからね。」


ラナがいきなりそんなことを言う。


「はい、わかってますよ?」


「ならよかったです、じゃあ買取ですよね。」


ラナが水晶を片付けながら言う。


「はい、とりあえずこれとこれで。」


俺は魔石とカニの一部を出した。


「!魔石ですか、すごい人なのは知ってましたけど、すごいですね。」


ラナの語彙力がなくなった。


「でも魔石なら国の方が高く買い取ってくれますよ?」


ルーサイトにはなにも言われなかったが、事実なのだろう。


(なにか企んでんだよな、絶対。)


俺がこの世界に来て一番信用できないのがルーサイトだ。


と言ってもまだそんなに人に会ってないけど。


「別にいいですよ、めんどくさいんで。」


最終的にはあいつらの元へ行くんだろうけど、紆余曲折させてやる。


「わかりました、こちらのカニはこれで全部ですか?」


「いやでかすぎてここじゃ出せないでしょ。」


俺が倒したカニは足一本でも人二人分はある。


だから今もカニの第一関節だけ出した。


「え?カニって大きくても人サイズですよね。」


「え?いやいやじゃあ出しますよ。」


俺はそう言ってカニの足を一本出した。


「嘘。」


ラナが言葉を失った。


周りにいた冒険者達もざわつき始めた。


「収納魔法に驚かなかった私を褒めてたのに、そんなの軽く超えてくるんですね。」


俺はこの世界の普通がわからないからなにに驚いているのかがわからない。


確かに前世でこんなカニがいたら驚くけど。


「で、買取してもらえます?」


「少し待ってください、初めてなのでちょっと頑張ります。」


ラナはそう言うと猛スピードでそろばんを打ち出した。


(アナログだな。)


「出ました。」


そして早い。


「まず魔石ですけど、大金貨二枚ですね。」


(高っ。)


銅貨で二千枚、銀貨で二百枚だ。


家が建つぐらいには貰えると言われたが、少し驚いた。


「そしてカニですけど、事例がないので私の独断と偏見なので正確かはわからないことだけ言っておきます。」


「はい。」


別にもうそんなに金はいらないと思いだしてるから、そんな些細なことはどうでもいい。


「金貨七枚です。」


(だから高いって。)


「理由は、カニの最高額が人サイズで金貨一枚なので、その倍以上の大きさということで金貨五枚で、そんな特別変異体がいるという情報を頂いたので更に金貨二枚です。」


「なるほど。」


とは言うが高すぎて少し戸惑っている。


「品質などでもっと高くなりますけど、ここだと難しいのでこの値段になります。」


「わかりました、お願いします。」


それでも正直高すぎるので買取を頼む。


「はい、でもすいません、ここに一度に出されてしまうと大変なので、この収納袋に入れてもらってもいいでしょうか。」


ラナはそう言って机の下から袋を取り出した。


「はい。」


俺はカニの足を一本だけ取ったので、他をまとめて袋に入れた。


「驚きません、驚きませんよ。」


ラナがなにか言っているが、俺は収納に勤しむ。


「ありがとうございます、ではこちらを。」


ラナはそう言ってトレーに九枚の硬貨を置いて出してきた。


(これが金貨と大金貨か。)


パッと見はコインゲームのコインみたいだ。


俺はそれを受け取り、収納魔法の中にしまった。


「ありがとうございます。」


「いえ、こちらこそです。」


俺がお礼を言うと、ラナが丁寧に頭を下げてきた。


「それでは。」


俺はそう言って冒険者ギルドを出た。


(疲れた。)


出るまででも大量の視線を浴びた。

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