第18話 とても滾る
(行ってしまった。)
スイという亜人の奴隷を連れた男の人がギルド長のいる闘技場へ行ってしまった。
本当だったら止めなければいけなかった。
ギルド長はいつも最初の一撃で挑戦者を倒してしまう。
不意打ちへの対処を見たいという理由らしいけど、それに対応出来た新人さんはいない。
ギルド長は手を抜いているとは言っているけど、新人さんはいつも大怪我をして帰ってくる。
大怪我をした新人さんはここを去ってしまう。
だから私は挑戦を止めなければいけなかった。
さっきインカさんが言った通りで、私がいつも押し切られるから、ギルド長の仕事が増えるし、新人さんが東の冒険者ギルドのライヒに流れてしまう。
(今回でクビかな。)
これまでで六人も新人さんをライヒに行かれてしまった。
ギルド長は「気にしなくていい。」って言ってくれたけど、さすがに…。
(死んじゃった訳じゃないよね。)
いつもならもう帰ってきているのに、帰ってこない。
ギルド長は手加減は下手だけど、さすがに殺したりはしないはずだ。
私が不安に思っていると、転送陣が浮かび上がってきた。
(帰ってきた。)
少し時間がかかったけど、これからが私の仕事だ、あの新人さんのメンタルケアをしなくてはいけない。
(よし。)
私は気合いを入れて新人さんが帰ってくるのを待つ。
「おかえりなさ、え?」
転送陣が光を放って消えたので、新人さんが帰ってきたと思い、お辞儀して迎えると、そこにはギルド長が立っていた。
「ギルド長、どうしたんですか?」
ギルド長は王からの命でトゥレイスの防衛に出る時以外は、基本的に闘技場から出てこない。
そのギルド長が外に出たので、不思議に思った。
「やっぱりラナか。」
(そういうことか。)
ギルド長は私にクビを言う為に出てきたのだと思う。
クビを今言うかどうか考えるのに少し時間がかかったのだろう。
「ギルド長、今までお世話になりました。」
私はギルド長に最後の言葉を告げて、ギルドの方へ歩き出す。
「何言ってんだ?辞めたいなら止めないけど、まだ待て。」
「え?」
ギルド長の言ったことの意味がわからなかったので、聞き返してしまった。
「いやな、ラナにボーナスをやろうかと、あいつを連れてきたことに対して。」
ギルド長が近づいてきて、いつもの仏頂面が笑顔になっていた。
「そうです、あの人はどうなったんですか?」
私のクビのことですっかり忘れていたが、さっきの新人さんが帰って来てない。
「ちょっと待ってもらってる、これから二回戦目やるから。」
ギルド長がすごい楽しそうだけど、言ってる意味はわからない。
「じゃあ結局、試験はどうなったんですか?」
「試験は合格、あいつはAランクからのスタートだ、ほんとはSにしたいけどルールはルールだからな。」
(合格?)
試験を合格になったということは、少なくともギルド長に攻撃を与えたということになる。
ギルド長の納得の基準は、不意打ちに対応して、ギルド長に攻撃を与えることだ。
ギルド長の試験は合格者が少なすぎるということで、ギルド長の独断と偏見で、不意打ちに対応出来た人はAからEまでで合格になることがあるらしい。
新人さんには内緒にはしているが。
それでも合格になった人はいないけど。
「信じられないみたいな顔してんな、でも事実だから、見るか?」
私が言葉に詰まっていると、ギルド長がモニタールームを指さした。
闘技場は安全面(ギルド長のやりすぎ)を考慮して、映像を記録している。
「見ます。」
私は即答してモニタールームに走る。
「よし、俺は二回戦しよ。」
ギルド長がまた転移陣に入って闘技場に戻った。
私はモニタールームに入って、あの人とギルド長の戦闘を映す。
(スイちゃんが酷い扱いあってないといいけど。)
そんな少しの不安をもちながら、意を決してモニターを見る。
「ここで負けたらCランクとかにならないんですか?」
俺が久しぶりに手応えのある奴と戦えると気分がよくなってきたところで、新人が冷めることを言い出した。
「駄目だな、手抜きをするなら即失格だからな。」
ほんとはCにしてもいいが、それでは俺が楽しめないし、依頼で手抜きをされる可能性も出てくるから失格をチラつかせる。
「いいか本気で来い、たとえ俺を殺してもお前は罪に問われることもないから。」
俺はあいつの本気が見れたら、殺されてもいい。
殺られる気もないが。
俺が言い終わってなにか考えてからノーモーションで俺の目の前に来て掌底をしてきた。
「早いな、でも。」
俺はその手を掴み後ろに投げ飛ばす。
「どした、不意打ちのやり返しか、でもそんなんじゃ俺には効かないぞ。」
新人が瓦礫を退けて立ち上がり今度は手のひらを向けてきた。
「今度は魔法か。」
俺は身体強化の魔法しか使えないから、遠距離から魔法を撃たれるのは結構めんどくさい。
ただ、めんどくさいだけで対処が出来ない訳ではない。
あいつがおそらくサンダーボールを繰り出そうとしている。
「無詠唱か、すごいな。」
この国でも無詠唱で魔法が使えるのは、盾の奴らぐらいだ。
「より滾る。」
サンダーボールが放たれたので、俺は近場の岩を壊れない程度に速さを乗せて蹴り飛ばす。
岩はサンダーボールとぶつかって相殺された。
「よし、次はなん?」
なにか違和感を感じた。
(なんだ、体が動かない。)
いきなり体が動かなくなった。
「なんだよこれ。」
いくら体を動かそうとしても動かない。
「教えましょうか?」
あいつはまだかなり遠くにいるはずなのにすぐ後ろから声が聞こえる。
「そういうことか。」
(俺は戦いが始まる前に負けていたらしいな。)
俺がさっきまで戦っていた新人は消えた。
「幻覚か、俺にそんなの効かないはずなんだけど、それだけレベルが違うってことか。」
俺はスキル『精神安定』で幻覚の類いが効かない。
それなのに俺が幻覚を見たということは、それだけあいつがすごいってことになる。
「正確には幻惑ですけど、ちなみに今ギルド長を止めてるのは、ただの魔力糸です。」
「マジかよ。」
質も変えてないただの魔力で俺の動きを止められるのは、ルーサイトにも出来ないはずだ。
あいつと手合わせしたのも十年以上前の話だから今はわからないけど。
「はっ。」
俺は身体強化を全力でかけて、魔力糸を切ろうとしたが出来なかった。
「俺の負けか、ほんとは俺に攻撃を当てるのがBの合格判定で、俺に足以外を地面につかせたらAなんだけど、完全に無力化はそれ以上だよな。」
こいつの実力ならSでも普通にやっていけそうだが、ならせる訳にもいかない。
Sランクの依頼はネームドや、龍種、固有種の依頼などもやる。
そしてそれが倒せなければ、盾に依頼がいく。
だが、ここ数年はSどころかAランクもいない。
東にはAが一人いるが、それでは人が足りないから最近は盾が魔獣や魔物を倒し、俺とライヒのギルド長でトゥレイスの防衛をしている。
だから本当はSにしてライヒのギルド長や盾の奴らにドヤりたいが、したところでこいつに全ての依頼がいくだけだからやめとく。
「先に言っときますけど、ここには長居しませんよ。」
「旅人か、だから俺に挑んできたのか。」
冒険証が身分証明の為に欲しいから冒険者になる奴はたまにいる。
こいつを手放すのは少し惜しいが、旅がこいつの目的なら俺に止める理由はない。
(止めたらほんとに殺されそうだし。)
「少しはいるんだろ、その間だけはちょっとめんどくさいことになってもよろしく頼みたい。」
「俺は実績があればそれでいいんですけど。」
ほんとに他の国に入る為の身分証が欲しいだけらしい、けどそれなら。
「わかった、実績が欲しいならいいのがあるぞ。」
実績集めを口実に、うちの評判を少しだけでも上げてもらうことにする。
「西の森にミノタウロスがいるっていう目撃情報があってな、それがAランクの依頼で最近入ってきたんだよ。」
うちにはAランクがいないからライヒに渡そうと思ったが、こいつなら頼める。
「別にいいですけど。」
(よし。)
「じゃあ、明日また頼む、後もう一戦頼む、今度は幻惑なしで。」
俺はこいつと普通に戦いたいので、頼む。
「嫌だと言ったら?」
「冒険証はあげられないかな、俺の独断と偏見で。」
「次は殺すかもしれないですよ。」
どうやら怒らせたようで、ものすごい殺気を浴びせられた。
「わかった、冒険証はあげるから戦ってください。」
こいつを怒らせるとほんとにやばそうなので、ふざけたことを言うのはやめる。
「わかりましたよ、さっさと終わらせましょう。」
「ちょっと待ってくれ、お前の名前教えてくれ、後お前を連れてきたのは多分ラナだろうからちょっと褒めに行ってくる。」
俺は気に入った奴しか名前を覚えない主義だから、最初に名前を聞かない。
でもこいつは気に入ったので名前を聞く。
「リン、早くしてくれ。」
「リンね、わかった少し待っててくれ。」
俺は転移陣のある場所に向かい、転移を始めた。
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