第2話【杖作り1】

「さて。さっきの続きから始めるか」


 マリーが来る前に作業台の上に並べていた、杖の材料を一瞥する。

 今回使う素材はシラカンバという真っ白な樹皮を持つ木の枝と、火喰い鳥の尾羽。

 その他に触媒としての赤の輝石と、それぞれのなじみを良くするための俺特製の油脂。

 すでにシラカンバの枝に芯を通すための穴あけは済んでいるから、火喰い鳥の尾羽を穴に通すところから作業開始だ。


「何をしてるんですか?」

「あー、これは魔力を通すための芯を……って、おわ!?」


 無意識で返事をしたが、後ろから話しかけられ振り向き、驚きのあまり声を上げてしまった。


「マリー? 帰ったんじゃなかったのか?」


 さっき去っていったはずのマリーが後から覗き込むように立っていた。

 俺はこういうのに弱いんだ。

 お願いだから驚かさないでくれ。

 そんな心境など分かるはずもなく、大げさに驚いた俺が面白かったのか、マリーはクスクスと手を口に当てて笑っている。


「あはは。ごめんなさい。ちょっと伝え忘れたことがあったので、戻ってきたんです」

「伝え忘れたこと?」


 マリーはニコニコと笑いながら数度頷く。

 口調は丁寧だが、まだ十歳。

 子供らしい行動を見せるマリーに、子供のいない俺もほっこりした気持ちになる。


「はい! お母さんが、今日はがありそうなので、よろしく頼むって」

「ああ。なるほど。分かった。今日は夜まで店を開けておくよ」


 そう答えると、マリーは人差し指をあごに当てながら、何やら思案顔だ。


「ノーランドさん。お母さんの仕事って学校の先生じゃないんですか? 聞いても教えてくれなくて」

「ん? ああ。その、なんだ。バーバラがマリーに教えないなら、俺が答えるべきことじゃないな。もう少し大きくなったらバーバラがきちんと教えてくれるさ」

「むー! お母さんもノーランドさんも、子供扱いして酷いです!」

「あっはっは。そういう言葉が出る間は、間違いなく子供だよ。そしてそれは悪いことじゃない」

「ノーランドさんそういうなら、よしとします!」


 よく分からないが、マリーは納得してくれたようだ。

 バーバラの仕事は危険を伴うから、変な心配をかけないように秘密にしてあるんだろう。

 興味が別に移ったようで、マリーは目を輝かせながら机に並べた杖の材料を見つめる。


「杖を作ってるんですね! 作るところ、私も見てもいいですか!?」

「ああ。マリーは杖を実際に作るところ見るのは初めてだったか」

「はい! お話だけなら何度も!」

「魔術師にとって、杖はなくてはならない存在だ。杖のことを知ることは良いことだと俺は思う。マリーが見たいならいくらでも見るといい」

「いいんですか!? やったぁ!!」


 どんな魔術師でも杖なしに魔法は使えない。

 いや、正確に言えば不可能ではないのかもしれない。

 国境を脅かす魔獣の中には、魔法に近しい現象を操るやつだっている。

 ただ、効率が著しく悪いのだ。

 刃も持つ武器で切る方が、手刀で切ろうとするよりも簡単なの一緒。


「今から杖の主材のシラカンバの枝に、魔力の通り道である芯を入れるところだ。今回は火喰い鳥の尾羽だな」

「シラカンバ。真っ白で綺麗な枝ですね! 火喰い鳥ってことは、火属性ですか?」

「ああ。この枝も火属性の魔法を使うのに適した枝なんだ。この木の樹皮は燃えやすい。近くで魔法を使うときは延焼に気を付けるんだぞ」

「う……なんだか今日は、ノーランドさんに私が山火事を起こす犯人だと思われているような気がします……」


 マリーは眉根を寄せて抗議の表情を見せる。

 よくもまぁこんなに表情をころころと変えられるもんだと、感心してしまう。


「あっはっは。まぁ、実際魔術師が原因の山火事も少なくない。起こしたら自分が一番危険に晒されるんだ。知識を持つことは悪いことじゃない」

「そうなんですね。ノーランドさんがそう言うなら絶対覚えなきゃ」


 そう言いながらマリーはシラカンバの枝をまじまじと見つめた。

 マリーのことは小さい頃からよく知っているが、昔っからやけに物分かりがいい。

 俺が十歳の時なんかは周りに反発してたから、同じ歳でもこうも違うものかと思わされる。

 前にバーバラにそのことを言ったら、何故か爆笑されたけど。


「ところで、この枝に空いてる穴ってとっても小さいですよね? この羽根ってもっと大きいですけど、どうやって入れるんです?」

「あー、口で説明するよりも、見せた方が早いな。俺もこれを初めて見た時はびっくりしたもんだ。まずは尾羽をこの油脂に浸す」

「キラキラ光って綺麗ですね。これはなんの油なんですか?」

「それは企業秘密だ」

「えー!? ノーランドさんの意地悪!?」


 マリーは目を皿のように丸くしながら、大声を上げる。

 声色から楽しそうな感情が分かるから、本気でそう思っている訳じゃない。

 こういう反応が楽しくて、俺もついついくだらない冗談を言ってしまうのだが。


「あっはっは。まぁ、半分冗談で半分本当だ。杖作りの肝は、この油脂にあると言っても過言じゃないからな」

「ほぇー。じゃあ、本当に秘密なんですね」

「マリーに知られたからって困るもんじゃないさ。ただ、色んな物を混ぜてあるから説明が大変なだけだな。市販品もあるが、油脂も杖ごとに使い分けた方がいいから、都度俺が調合してるんだ」

「杖ごとに変えるんですね! ノーランドさんお手製の油ってどのくらい種類があるんです?」

「数えたこともないなぁ……今パッとレシピが思いつくやつだけで……百はくだらないな。試してみたってだけなら文字通り桁が違うが」

「百!?」


 さっきとは違った表情でマリーは再度大声を上げた。

 市販品として流通している数をマリーが知ってるわけもないはずだが、それでも百というのは大きな数字に思ったようだ。

 俺自身も全てを知っている訳じゃないが、簡単に手に入る市販品の油脂は十を少し超えるくらいだろう。

 しかしマリーに説明したように、杖作りには主材や芯も重要だが、それに応じた油脂も杖の性能に大きく影響する。

 俺が作りたい杖の実現には、必然的に油脂の最適化も必要だった。


「そろそろいいな。この浸した尾羽を主材の穴にこうやって……」

「え!? どうやったんですか!? 羽根が入っちゃった!?」

「不思議だろ? ちょっとコツがいるんだが、適切な油脂に浸して、穴に近付ける。これで芯が通るんだ」

「不思議です! 面白いです!」


 期待通りの反応を見せてくれるマリーに満足しながら、俺は次の工程の準備を始める。

 杖作りはまだ始まったばかりだ。

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