辺境暮らしの杖職人

黄舞@9/5新作発売

第1話【夢】

「ノーランドさん! 着火イグナイトが上手く発動しなくて! コツを教えてください!!」


 俺の店、ノーランド杖店に勢いよく入って来て早々、そんなことを叫んだのは、今年十歳になったばかりのマリーだった。

 マリーの手には、この間俺の店で買ったばかりの子供用の杖が握られている。

 おいおい、そんなに杖を振り回すなよ。

 どこかに強くぶつけでもしたら、また調整をしなくちゃならんくなるのに。

 そう思いながら、俺はボサついた黒髪をガシガシとかきながら、返事をする。


「マリー。自分専用の杖を手に入れて嬉しいのは分かるが、まずは落ち着け」

「はい! ノーランドさん! 落ち着きました! なので、コツを教えてください!!」


 身体の動きはとりあえず止まったので、良しとしよう。

 ただ、もうひとつ。

 マリーにきちんと言わなくちゃいけないことがある。


「あのなぁ。俺は杖職人。魔法は学校の授業でやってるだろ? コツが知りたかったら先生に聞きゃあいい」

「いいえ! 私はノーランドさんに聞いた方がいいと思います! お母さんもそう言ってました!」

「はぁ……あいつもあいつで教師としてのプライドはないのかよ……」


 マリーのキラキラした真っ直ぐな銀色の目に、俺は溜息をひとつ。

 国境に位置するイヴェの町。

 外敵の侵入を防ぐ要所のひとつではあるものの、人口自体はそう多くない。

 町の人々同士は知り合いが多く、学校で魔法学を教える教師であるバーバラ、マリーの母親も互いによく知った仲だ。

 マリーの目の色も、灰銀色の髪の色もバーバラと瓜二つ。

 活発で押しの強いのまでそっくりだ。

 幸い丁寧な言葉使いだけは、父親から受け継いだらしい。


「まぁ、いい。バーバラ公認なら、俺が教えても後から文句言われることもあるまい。念のため、裏の試杖場しじょうじょうでやるぞ」

「はい! やったぁ!」

「嬉しくても、杖を振り回すな。魔力を帯びてない杖は衝撃に脆い。大事なことだからな」

「魔力を帯びてない杖は衝撃に脆い! ですね!」


 試杖場に移動した俺は、早速マリーに着火イグナイトの発動を促す。

 正直なところ、この魔法は杖さえあれば簡単に発動できる、初歩の初歩だ。

 十歳になるまで杖を持ってはならないという決まりがあるから、マリーが魔法の練習を本格的に始めたのはつい最近。

 だとしても、上手く発動出来ないってのは信じがたい。

 何故なら、魔法の才能はほぼ両親から受け継がれる資質で決まる。

 そういう意味ではマリーは魔法の申し子みたいな両親を持つのだから。


「行きます!」


 マリーは真剣な顔つきで杖を少し離れた的に向かって詠唱を始めた。

 周囲には魔法の発動に応じた魔法陣が形成されていく。

 それを見た俺は慌てて、中止を叫んだが遅かった。


着火イグナイト!!」


 力ある言葉と共に、マリーの持つ杖の先から、勢いよく火炎が放射され、的を消し炭に変えた。

 どう見ても威力がおかしい。

 なるほど。ってのは逆の意味か。


「すいません……ノーランドさん。私、やっぱり上手くいかないみたいです……」

「あ、ああ。まぁ、その。なんだ。確かにコツを掴んだ方がいいな。マリーは」


 さっきの勢いがなくなり、途端にしょんぼりとしょげているマリーを見るのも忍びない。

 大体問題は分かったし、マリーならすぐに解決できるだろう。

 そして確かに高火力至上主義のバーバラよりも、この問題については教える役は俺のが合っている。


「マリー。いいか? よく見ておけよ。着火イグナイト

「わぁ。ノーランドさんのは、とっても勢いが弱くて、これなら色々と消し炭にしなくて済みますね!」


 俺の杖の先端に灯る小さな炎を見て、マリーは嬉しそうに言う。

 かなり複雑な気持ちになりながら、俺は発現させた火を消し、マリーがどうすればいいのか説明を始めた。


「なるほど! 魔法陣のここの部分が威力を調整する役割を持つわけですね!」

「ああ。普通は魔法を習ったばかりの子供にそんな調整なんて必要ないからな。調整の仕方もそれぞれの癖があるから、自分に合ったものを見つけないといかんし」

「それじゃあ、ここを言われた通りに修正して撃てばいいんですね? やってみます! 着火イグナイト! ……出来た!!」


 マリーの杖の先には先ほどとは打って変わって、文字通り着火に適したサイズの炎が揺らめいている。

 それでも俺よりもずっと大きいが。

 その場でぴょんぴょん飛び跳ねたり、杖を持ったまま奇妙な踊りを踊ったりと上手くいったのがよほど嬉しかったらしい。

 せめてその杖の先の火を消してから踊ってくれ。


「ありがとうございます! これなら火球ファイアーボールなんかもすぐに使えるようになりますかね!?」

「そうだな。マリーの杖は子供用の制限が付いてるから、俺が外すまで無理だな」

「え!? そんなの付いてたんですか!? なんで!?」

「マリーみたいな奴がいるからだろうなー」

「それってどういうことですかぁ」

「魔法を学ぶのはいいことだが、むやみやたらと強力な魔法を使うのは危ないってことだ。嫌だぞ? 裏の山が焼け野原になったら」

「う……」


 魔法を使うには杖が必要で、杖の耐久度を超えた魔法を使うことが出来ないというのは世間一般の常識。

 だが、俺の場合は、耐久度を下げずに特殊な手法で付与した制限で使えないようにしている。

 杖っていうのは使う本人との相性が大事で、消耗品にするには高すぎる。

 何より、俺が作った杖を壊されるなんて心穏やかになれないというのが大きな理由。

 すぐに壊れて新しいものを買い直してもらうよりも、調整や修理で長く使ってもらった方が、術者にとっても杖職人の俺にとっても嬉しいしな。


「まぁ、学校の許可が下りたら、認定証ってのをもらえるから、それを持って俺のところに来な。そしたら認められた部分まで制限を外してやるから」

「分かりました! どんどん外してすぐに王都にも名前を轟かすような魔術師になってみせます! それまで待っててくださいね!」

「おーおー。こんな辺境の地から、王都とはでかく出たな? しかし、何を待てって言うんだ?」

「それは……秘密です!! ノーランドさんには絶対秘密です!!」


 そう叫びながら走り去っていったマリーを眺めながら、俺は大きく息を吐き、積み上げてあった木箱に腰を下ろす。

 で魔法を使った反動ってやつだ。

 今でこそちょっとした眩暈めまいで済むが、初めて魔法を発動できた時は一日中寝込んでたっけ。


「さて……っと」


 俺は両手を太ももに当て踏ん張りを付け、重たい身体を木箱から放す。


「王都にも名前を轟かすような魔術師……か。こりゃ負けてなんないな」


 を語るマリーを嬉しく思いながら、俺はいつものように夢の実現に向けた杖の試作を始めた。

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